第2話 出会い その1
リオとの出会いはほんの三ヶ月前。
それは、土砂降りの夜のことだった。
治療師の仕事もひと段落し、これから夕食を、という時間帯だった。
けたたましいドアを叩く音に驚きながら、慌てて急患を受け入れた。
泥と血と雨にまみれた大人の男一人に、少年が一人。
運ばれてきた二人に意識はなかった。
「何があったの!?」
アルバの問いに応えてくれたのは、二人を運び込んでくれた男の一人──アルバをここに住ませてくれるように世話を焼いてくれたナトリである。
「この雨で土砂崩れが起きた。ちょうど通りかかった馬車が下敷きになってな!」
その馬車に乗っていた人間ということね。
簡単に状況を把握して、綺麗なシーツの上に二人を下ろしてもらう。
「治せるか?」
「……たぶん。やるだけやってみるわ」
アルバの治療師としての力はなんとも微妙で、どんな怪我でも病気でも三分の二までは回復させられるのだが、全快にはできないのである。
それでも回復魔法を使える人間は限られるため、この街では重宝されている。
アルバは自身の魔力を練り上げ、瀕死の彼らに分け与える。緑色に淡く光る魔力は、アルバと患者二人を包んだ。
「……っ!はあ」
魔力消費が激しい。
それだけ大きな怪我だということだ。
アルバはゆっくりと魔力を流し込みながら、患者の身体に負担にならない程度の速度で回復させていく。
それが終わればあとは患者の体力次第だ。
傷口を洗うことと汗を拭うこと、そして祈ることしかできない。
熱にうなされた二人が目を覚ましたのは、運び込まれてから二日経った日。
「ここ、は……」
「! 目が覚めたのね! ここは診療所よ」
ぼやける視界だろうに、見慣れない場所にいち早く反応したのは傷が深かった大人の男の方だった。
「っ、リオ様は!?」
慌てて見回した先に寝込む少年を見つけ、彼は安堵したように大きく息を吐く。
わーお、『様』付けよ。貴族かしら。
心配で夜も眠れなかったというわけではないけれど、それなりに緊迫感はあったのだ。目を覚ましたことで荷が軽くなったアルバはようやく二人を観察し始めた。
泥で薄汚れ、破れてもいたが、どちらも上等な生地で作られた衣服に身を包んでいた。まして馬車が巻き込まれたと聞いて、連れてこられたのがこの二人だけ。馬車なんて費用のかかるものをたった二人が乗るために利用するなど金持ちがすることだ。
「大丈夫よ。その子は先程少し目を覚ましたの。またすぐに眠ってしまったけれど」
「あなたが?」
助けてくれたのか、という視線にアルバは眉尻を下げて笑った。
「まあ。私は治療師ですから。運び込まれた貴方がたを治癒しただけで。私はそれが仕事ですので。運び込んでくれた方にお礼をお願いします。けっこう危なかったですよ」
男は納得したように大きく頷いた。
「それでも助けていただいて、本当に感謝しております。私はともかく、リオ様は……」
「ああ、いいの。詳しい話は聞きたくないわ。誰でも言いたくないことあるでしょう? 私は詳細は聞かない主義なのよ。ただ怪我が治って元気に帰っていってほしいだけ。もちろん治療費はいただきますけど」
言いにくそうに顔をしかめてまでする話になんて一切興味がない。
あっけらかんと言い放つアルバに男は「そうですか。治療費はもちろん、いくらでも」と言う。
やはり金持ちらしい。無事に目が覚めて本当によかった。
だってお金持ちを死なせたなんて、どんな罰があるかわからないじゃない。
アルバは想像して、内心震える。
アルバの人生の目標は、お金に困らず、平和に生きて、できれば長生きすることだ。
そんな人生を謳歌するには、適度に稼いで、叩かれない程度に目立たず、ほどほどに楽しむ。
そこには罰なんて受ける余裕はないのである。
「目覚めたばかりですから、もう少し安静にして、あと二、三日すれば退院しても大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。あの、すみませんが、トリをお借りしても?」
「あら、もちろん。今連れてくるわ」
アルバのトリは綺麗な青色。
鳥型の、伝書鳩のような役割を果たす道具だ。本物の鳩とは違い、届けたい先を思い浮かべれば道に迷うこともなく手紙を届けられる。
男は書きつけたメモをトリに括り、窓の外へ放つ。青色のトリは羽を広げて青い空へ飛んでいった。
「お家へ連絡ですか?」
「……ええ。さすがに三日も連絡がなければ心配されているでしょうし、もしかしたら捜索隊が出ているかもしれません。無事だということがわかれば、おおごとにはならないでしょうから」
すでに遅いかもしれませんけれどね、と男は乾いた笑みを浮かべた。
「私はカールと申します。治療師さんのお名前をお聞きしても?」
「ええ。アルバよ」
「……アルバさん。リオ様を助けていただき、本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げればよいのか。後日必ず改めてお礼させてください」
かしこまって何を言い出すかと思えば、カールは頭を下げはじめた。
「だから、さっきも言ったでしょ、仕事ですから。それよりまだ健康体ではないんですから、早く横になってくださいね」
カールは大人しくベッドに寝転ぶ。
少し目を閉じれば、あっという間に寝息が聞こえはじめた。体力も回復していないのだ、当然である。
アルバは次に目を覚ました時に口にできそうな食事の準備に取りかかった。
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