困ったことに、呪われた美少年が私に愛を囁くんですが

夕山晴

第1話 アルバとリオ

 アルバは胸を高鳴らせた。

 にやけそうになる顔を必死に抑えて、けれどその対象からは目を逸らさない。


「アルバ、こんなにお願いしてるのに?」

「ええ。だめよ」


 つん、と顎を上げて、アルバはそのお願いを払いのける。

 それを叶えるには、アルバのプライドが許さなかった。

 アルバの向かい、しゅんと頭を垂れるリオは、アルバの白いエプロンを掴んだまま離さない。その姿はとてもかわいい。


「じゃあ、いつになったら僕と恋人になってくれる?」


 美少年の上目遣いに心を鷲掴みにされたアルバだったが、毅然とした態度を貫き通した。


「リオ、何回も言うけどね。私はあなたと恋人にはなれないの」

「どうして? こんなに好きなのに?」


 目が潰れるかと思った。

 風に靡く銀の髪、覗く耳からは垂れるしずく型のピアス。その鮮やかな青の宝石は、両眼と同じ色。

 美しい色を持ち、綺麗な顔立ちのリオは、アルバの心のオアシスである。


 が、こてん、と首を傾げるさまは、いっそ毒。


「……何回言われても駄目なものは駄目。私は二十一歳で、貴方は九歳……まだ子供なの。恋人にはなれないわ」


 いい歳をした大人が、綺麗な少年にご執心、なんて噂を立てられようものなら、もうこの街では生きていけないわ。


 もう何度思ったかもわからない。リオを拒絶する理由を今日もまた頭に思い浮かべた。


 アルバはこの街で治療師をしている。

 子供のリオを邪な眼差しで見ていたなどと言われれば、治療師としての信頼は地に落ちる。

 かわいいものはかわいいし、綺麗なものは綺麗だが、それで特別扱いはしない。一線を引いておくことが大事なのだ。


「アルバっていつもそう言うよね。おもしろくないなあ」

「面白くなくて結構よ。ほんとに、大人をからかうのもいい加減にしなさいね。もっと違うことで遊びなさい」


 諭すアルバにリオは不貞腐れたように頬を膨らませた。

 その姿もとても可愛らしいものだ。もし自分が同じ年頃であれば、リオからの求愛は頬を染めて喜んでいたに違いない。

 しばらく膨らんだ頬を眺めていたが、何かに気づいたリオが自身の頭を指差し始めた。あっという間に、作られた頬はしぼんでしまう。


「ああ、アルバ。少ししゃがんでくれる? ここ、花びらがついてる」


 後ろで編んだ髪を指しているのだろう、アルバは膝を折った。リオの身長では、立ったアルバの髪に手が届かない。


 取ってくれようとしてくれているのね。何だかんだ言うけど、優しい子よね。


 大人しく従ったアルバの低くなった頭を、無造作に正面から抱えるように、リオは花びらへと手を伸ばす。

 アルバの目の前にはリオのシャツのボタン。


 う、わ。美少年からのハグだわ。これ。

 アルバは瞬時に思考を停止させ、世間体を守ることにした。


「取れたよ」


 そう言ってアルバから離れる瞬間、リオの目と合う。

 停止させた思考が徐々に動き出したところで、リオの口の端が上がった。

 戸惑いのなかスローモーションに映るリオの手に顎を取られたかと思えば、耳元でちゅ、と音が鳴る。

 頬を掠めていったのがリオの唇だと判断できたのは、リオが完全にアルバから離れて舌を出しているのを見た時だ。


「リオ!」

「アルバ、僕のこと好きになった?」

「~~~~ならないわ」

「残念だなあ」


 リオは悪戯小僧のように走って逃げていった。

 足を動かすたびに元気に揺れる銀の髪はきらきらと輝いていて、アルバは片頬を押さえつつ、見送るのだ。

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