第92話 俺と茜と、みんな。

 ———一年C組の廊下。


 ちらっ…。


「何してるんだ…。柊」

「いや…、なんと言うか…こっそり見たいって言うか…」

「変態か…?」

「うるさい!」


 話をかけることより、今度はこっちから覗きたかった。

 やり方がちょっといやらしいけど、先の仕返しとして…こっそり…、茜が何をしてるのか覗く。すると、そこには大声を出してみんなに明るい挨拶をするメイド服の茜がいた。この前に言った喫茶ってメイド喫茶だったのか、そばには同じメイド服を着てる上野もいる…。二人とも似合うな…。


「可愛いな…。美穂ちゃん」

「てか、お前なんでこっそり覗くんだ…?」

「いや〜。なんか…彼女がちゃんとやってるのか見たくてさ」

「同じってことか…変態だな」

「え…」


 そして教室の中にいる二人は、外から見つめている二人の気配に気づいてしまう。


「なんか…すごく見られてる。茜ちゃん…」

「そう…よね…」

「先のことで怒ってるのかな…?」

「え…、そんなことないよ!」


 二人で何か話してるし…。よく聞こえないけど、多分俺たちの話だろう…。

 教室の中を覗く俺を見て、茜がこっそり手を振る。ちょっと、あの格好は可愛すぎじゃないのかよ…。こっちを見て笑うだけなのに、なんで俺は緊張してしまうんだ。平常心、俺は…その…茜の迎えに来ただけだから…。


「……」


 手を振ってからどんどん近づいてくる茜の姿に顔を赤めてしまう。


「なんで入らないの…?」

「いや…。びっくりさせようとしたけど…」

「先から廊下で人たちがざわざわしてて、知ってたよ…」

「チッ…」

「それだけ?」

「うん…?」

「私に言いたいことはない…?」


 と、首を傾げる茜だけど…、C組の廊下には人が多いからな…。

 みんなの目がこっちに集まっているのが苦手だった。なんでそんなに見てるのか分からない…、それじゃ緊張してしまうんだろう…?


「むっ…!何も言わないなら帰ってもいいよ!」

「え…、可愛いよ。メイド服似合う…」

「そう!ぼーっとして何も言わないのは失礼だからね…?嬉しい…」

「はい…」


 その話に照れていたら、そばで俺を見ていた加藤がくすくすと笑う。


「なんだ〜。照れてんのかよ〜。柊」

「お前はうるさい…」

「照れてるの?柊先輩〜?」

「二人とも…」

「アハハハッ、ところで二人はいつ終わる?」

「えっと…、もうちょっとで終わります!」

「じゃあ、俺たちは外で待ってるからL○NEとかしてね」

「はい!」


 そう言ってから、外のベンチに座る二人。

 隣で空を眺めていた加藤が俺に声をかける。


「楽しいな〜」

「だよな」

「俺さ、今めっちゃ楽しいんだ…。みんなとこんな時間を過ごせることに感謝してる」

「いきなりなんだ?何かあったのか…?」

「いや…。なんって言うか。こんな時間を過ごせるのが不思議でさ。昔の俺なら、こんなこと…考えたこともなかったはずだ」

「美香さんのことか…?」

「いや。俺のこと」


 加藤は豊かな家庭で産まれたけどな…、それはドラマでよく見えるようなそんな家だった。頑固な父と母がいる家。俺が美香さんと一緒に過ごした日々の中で、彼女は俺に加藤の話をしてくれた。俺にできるのは加藤と仲良くするだけ、正直こんな凡人が友達だとしても、あんな偉い人たちに一言を言える立場ではなかった。


 加藤の悩みを言える勇気はなかったから…。


 俺とは違う悩みを抱えている加藤…、友達なのに…俺には何もできなかった。

 最近はけっこう明るくなってる…。俺は加藤が上野と幸せな高校生活を送ってほしかった。悩みができたら…、手伝って欲しいなら…なんでもする。だから、お前は今の時間を楽しんでほしい…とは、言えなかった…。難しいな…。


「毎日がハッピーさ」

「……よかったな?」

「うん。それと…お姉さんのことは…、また忘れてないのか?柊」

「そんなことはもう…、忘れた。心配しなくていいよ」

「そっか…、悪かった。結局、用意されたレールの上を走るのが加藤家だからさ」

「な、何かあったら言えよ…。友達だから」

「そうだよな。だから、今を楽しむ。それだけだ!」


 知っている。俺も…それ以上は言わないことにした。


「先輩!すみません…。時間がかかってしまって…」

「美穂ちゃん!全然!大丈夫!今から行こう行こう!」

「はい!」


 今ならいいよな…?

 そばには可愛い彼女もいるし、お前はできる。頑張れよ。


「柊くん?」


 手を繋ぐ茜が俺を呼んだ。


「うん?」

「行こう!私食べたいのがいっぱいだから…!」

「太るよ〜」

「むっ!」


 すぐ横腹をパンチで殴られた。


「ごめん…」

「全く…、マナーがないんです!」

「分かった…。分かった…」


 そう言えば、茜って…幼い頃には俺と夏祭りに行きたいって言ってたよな…。目の前に広がる文化祭の風景が、あの頃の夏祭りと似ていた。いろんなことを食べて、いろんな経験をしたのを思い出す。あの頃の俺もすごく楽しかったから…、まさかこんなことまで全部思い出せるとは思わなかった…。


 ざわめくこの場所はいつもと同じだけど、今だけはちょっと違う。

 茜もそれを思い出したのか、目をキラキラしている彼女は微笑んでいた。


「甘いのが食べたい!柊くん!」

「行こう〜」

「行く行く!」


 あの頃と同じ顔…、懐かしいな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る