19:また日常。
第87話 そばには。
じっとしてこっちを見つめる茜に、なぜか言葉が出てこなかった。
ちょっと緊張してしまう。確かに、今日は学校をサボってきたはず…、もしかして茜も学校をサボったのか…。目の前の茜は怒ってる顔をして、何も言わずに俺と目を合わせていた。
時間はもはや夜になっていた。
なんとなく駅まで歩いているけど、なぜかこの静寂怖いな…。
「どうやって俺の居場所が分かった?誰にも言わなかったはず…」
「……なんで私の連絡、全部無視したの?」
「え…、ちょっと事情があって…」
「はっきり言ってよ!私は今柊くんに聞いてるから…」
何も言わずに来ちゃったから、さすがに怒るよね…。
「私…、心配してるのよ…。また取られるのは嫌だから、ずっと心配して…心配して…」
「なんで、取られると思う?茜とは別れるないよ…?」
「でも、実家に行ったのはカナンちゃんに会うためでしょう?」
「……まぁ、会うって言うか。すでに会ったって言うか…」
まずは茜を安心させるために、今まであったことを話してあげた。
俺がずっと感じていたことや忘れていたことまで、そして今日ここに来た理由も。
「はい。これ…」
最後はお母さんからもらった手紙を渡した。
震えている手で手紙を読んでいた茜は、その内容に涙を流してしまう。その反応を見ると、本当に知らなかったみたいだ。静かに泣いている涙を拭いてあげたら、待っていたようにすぐ抱きついてくる。ちょっと力入りすぎじゃないのか、と言いたかったけどな…。どうやら茜なりに緊張していたかもしれない。
「私…、カナンちゃんにまた取られたくなかったから…心配してたの。でも、カナンちゃん、そんなに体が悪かったの…?」
「うん…」
「少しだけ…譲る…」
「手紙に書いている通り、カナンはそうだったかもしれない」
「……ごめん、私何も知らなかった」
「大丈夫だよ。俺も思い出せなかったから、ここまで来たんだ」
「カナンちゃんにはずっと嫌われていると思ってた…」
「ごめん。ちゃんと言ってあげられなくて」
「ううん…。私こそ…ここまで来ちゃってごめんね。は、早く行こう!」
多分、俺の居場所は加藤が教えてあげたんだろう。
今日は初めて手を繋ぐような気がした。そして「今日の分までちゃんともらわないといけない!」って言いながら俺と腕を組む茜、先とは違って明るい顔をしていた。忘れたことはなんとなく思い出したけど、それでもカナンとあんなことをやった事実は消えなかった。こんな俺が茜みたいな女の子と、この関係を続けてもいいのか…?
電車の中でずっと…、カナンのことを考えていた。
「柊くん?」
「……」
「柊くん!」
「あっ、うん…。どうした?」
「もう…、何を考えてたの?」
「いや…。別に」
「先…、言ってたよね?」
隣に座っている茜が俺の肩に頭を乗せる。
「うん?何を?」
「思い出したって…」
「うん。そうよ」
「じゃあ…、私と一緒に過ごした時間も思い出したの…?」
「……もちろん」
なぜか、顔を赤めて俺から目を逸らす茜だった。
どうしたんだろう…。
「今日は…お兄ちゃんと一緒に寝るから…」
「そうしよう…」
それから何も言わず、俺たちの家に帰ってきた。
今日はちょっと長い一日だったような気がする。体も精神も疲れて…、それでもずっと思い出せなかった記憶を取り戻したからそれでいいと思っていた。写真の中に写っていた俺たちは、そんなに明るい顔で笑っていたのに…もう会えないとはな…。
「柊くん…!」
「うん?」
玄関で俺を呼んだ茜はすごい勢いで襲ってきた。
「ど、どうした…?えっ?茜?」
「柊くんは…私の彼氏だよね?」
「そ、そうだけど…?」
「ずっと、茜の彼氏になってくれるよね…?」
「うん。そうだけど、どうした?いきなり…ちょっと怖いけど?」
いや…、めっちゃ怖いんですけど…?
まだ家に電気もつけてないのに、茜が襲ってくるとは思わなかった。倒れている俺の胸に柔らかい何かが触れてるような気がする…。暗くてよく見えないけど…、多分茜の胸だろう…。
いけない、茜の姿からカナンが見えてくる…。
「こんなこと…、言いたくなかったけどね!あの…私のこと、食べて…」
「ちょっとそれは…」
「嫌なの?」
「嫌って言うか…、俺さ…。ちょっと怖いけど…?」
「何が?」
「茜とやるのが…」
「だから、嫌ってこと…?」
見えないけど、顔が近い…。そして体もくっついてるから、目を逸らしても感じられるこの感触にはどうしようもなかった。カナンとそんなことをやらかした俺が茜とやってもいいのか…?お母さんは大丈夫って言ってくれたけど、そこまで知っているのかは分からない。とりあえず、俺は自分の妹といやらしいことをやったからな…。
「……」
美香さんとやった時は何も感じられなかったのに、茜とやるのを想像したら心が痛くなるんだ…。頭の中が複雑になって、なぜかあの頃の二人が重なって見える。
「ねえ…、私…柊くんのこと大好きだからね…?私の初めてを食べて、ちゃんと食べて…ずっと私のそばにいて。どこにも行かないで…、柊くんの居場所はここだから」
その言い方も、振る舞いもカナンと似ていたから…。
話しづらいんだ…。
「お願いだから…、なんとか言って」
「ごめん…」
「……」
でも、今からずっと一緒にいる人だから…、もう昔のことに囚われたくなかった…。
ここは俺も勇気を出して、向かい合うべき…。
「ちょっと遅かったよね。返事が…」
「うん?」
「やる。俺も好きだよ…」
最低な俺でも、茜は好きって言ってくれるんだ…。
そう答えてから、何も見えない玄関で茜とキスをした。
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