18:アビス。

第83話 首輪。

「お兄ちゃん。おはよう…」


 それから毎朝…、耳元から聞こえるカナンの声に目が覚める日常が始まった。

 完全に俺を独り占めしているカナンに、今朝も半裸で起きる。これはカナンの「愛」なのか…、この部屋に入った後は食事や生理現象以外には出られなかった。まるで犬に教育をさせる主人みたいな態度、俺はカナンの話に従ういいワンちゃんになっていた。


 今日も朝からキスをするカナンの体を抱きしめてあげた。


「フーン、最近のお兄ちゃんは素直で好きだよ…。もう反抗期は終わったよね?」

「……」

「答えて」

「うん…」

「好き…、お兄ちゃん…大好き…」


 カナンはいつもご褒美って言いながら見えないところに自分の跡を残していた。


「今日も早く帰ってきて…、カナン待ってるからね…?」

「うん…。心配しないで…」


 俺だけが我慢すれば、いいんだよな…?

 カナンは体が悪いから…、俺がちゃんと看病しないと…。俺がちゃんと…、そのそばにいてあげないと…、でも…その間に俺の体が疲れてしまった。精神も疲れて、たまには食べたご飯を吐き出す時もあった。カナンにすごいストレスを受けて、どうしようもなかったから…学校だけが唯一の逃げ場だった。


「……あの神里くん、好き…だよ」

「ご、ごめん…。僕は…彼女なんかいらないから…」


 そのうち同じクラスの女の子に告られて、俺はまたトイレで吐いてしまった。

 好きと言う言葉を一番多く使っていたのがカナンだったから、その言葉が聞こえるたび、学習された恐怖が俺の体を襲う。俺は自分の妹といやらしいことを毎日やっているゴミだったから、誰とも付き合えないんだよ…。


 どうしてこうなったのか…、俺にもカナンの話を断るチャンスがあった。

 でも、そのチャンスってカナンも知っていたから…、カナンは俺が絶対断らないように手を打っておいた。俺の内面にある一番弱いところをカナンはすでに知っていたから…。そばにいてあげるって話したけど、もう耐えるのも限界で…俺はカナンの前で「こんなことはもうやめよう」と言い放った。


 すると、その瞬間を待っていたようにカナンは俺に首輪をつける。

 俺が絶対逃げられないように…、言葉だけで俺の心を壊してしまった。


「お兄ちゃんは私がどうなってもいいの…?」

「なんの話…?」

「私、どんどん弱くなってるから…。お兄ちゃんがいないと死ぬかもしれない」

「何変なことを言ってるんだ…。ちゃんと病院に行ってるんだろ!」


 少し慌てていた。


「行ってるけど…、体がどんどん悪くなっているから…」

「……」

「私に時間はあんまりないからね…?」

「何を…、話してるんだ。やめてよ。やめてよ…!」

「私はお兄ちゃんと幸せになりたかっただけなのに…、お兄ちゃん…私のこと嫌い?」

「やめてよ。もう何も言わないで…」

「お兄ちゃん…、私がこのまま死んでもいいの…?」


 その話にもう亡くなったお母さんの姿を思い出してしまう。ここまで頑張っていたのに、またお母さんのことを思い出してしまった…。嫌だった。そんなこと嫌だった。どうしても忘れたかった…。大切な人が亡くなるのはもう嫌だったから…、涙を流しながら目の前にいるカナンと手を繋いだ。


「ごめん…。もう言わないで…、そんなの…言わないで頼むから…」

「私、お兄ちゃんが好きだから…。ずっとずっと私のそばにいてほしい…」

「分かった。死ぬなんて言わないでよ…」

「ごめん…。お兄ちゃんに嫌なことを思い出させて、ごめん…。私が悪かった…」

「……」


 ずっといいことをしようとした。

 嫌なことは思い出したくなかったから、学校でも、家でも…俺は頑張って何かしようとした。それだけなのに、ずっと友達だと思っていた茜も俺のことを忘れたし…。築き上げた関係が少しずつ崩れていくような気がした。


「カナンが悪かった。お兄ちゃん…こっち来て、私が慰めてあげるから…」

「……」


 カナンは俺のことが好きなのか…?分からない。

 妹と…、キスなんて…そんな馬鹿なことを俺たちをさりげなくやっている。あのさ、カナンの服を脱がした時は本当に嫌だったよ…。俺は自分の妹を大切にしたかったのに、どうしてカナンはそう簡単に俺の前で脱ぐ…?たとえ、血が繋がっていない関係だとしても…、俺たちは家族だったから俺は…そんなカナンと…。


 もう頭が回らない…。


「……好き、お兄ちゃんのこと大好きだから…。私だけを見て…」

「……」

「楽しいことばかり考えて…、気持ちいいことをしようね?」

「……カナンちゃん」

「私はお兄ちゃんのものだから、お兄ちゃんも私のものでしょう?」

「うん…」

「好き…。お兄ちゃん…早く学校行かないと遅刻しちゃうよ…?」

「うん…」


 学校に行っても、精神的に疲れてしまって…すぐ机に伏せるだけだった。

 こんな関係を続けるのは良くないのに、頭で知っていてもカナンには上手く言えなかった。伝えられないこと。元々友達なんていなかったから…、誰にも言えない悩みはこんな感じなのか…。息苦しい…こんな吐き出しそうな状況で、俺にできるのは何もなかった。


「……」


 そしてまた夏が来る…。

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