第30話 茜のこと。−2

「俺はあの二人に無視されたんだ…。何をやっても上手く行かない俺を見て、あの二人は楽しんでいたんだ…。あいつらは持っているから、持っていない俺がどれだけ足掻いても無駄ってことを…すでに知ってたんだ…」

「……」


 何を言っているのか分からない…、なぜそこまで怒るのか分からない…。

 今はただお兄ちゃんが来て欲しいだけ、森岡先輩は怖いから早く来て欲しかった。私も…森岡先輩がこんな人だったら、ついてくるんじゃなかった…。なんでいつも私だけ、こんな目に遭うの…?近くにいても離れているようで、とても寂しい…。


 お兄ちゃん…。


「雨宮!」

「茜ちゃん!」

「茜ちゃん…!」


 屋上の扉を開ける音とともに加藤先輩と美穂ちゃん、そしてお兄ちゃんの声が聞こえた。私を見つけたお兄ちゃんがこっちに歩いてくる時、先まで怒っていた森岡先輩が立ち塞がる。この先輩が何を考えているのかよく分からなくなってきた。


 そしてちらっと私と目を合わせたお兄ちゃんが森岡先輩に声を上げる。


「なんだ…。森岡、どけ!」

「お前も、加藤も…、全部嫌だ。クッソ、いつもそんな風に…」

「変なことを言うな。どけ、森岡」

「俺は…、ただお前らみたいな幸せな時間を過ごしたかっただけだ!どうして、いつもこうなるんだ…。全部持ってるんだろう…?お前らは!」

「お前の話はもう聞きたくないから…、どけ」

「……」


 この口論が続ければ、あの二人が殴り合うかもしれない一触即発の状況だった。

 お兄ちゃんがすごく怒っていて、後ろにいる加藤先輩がそれを止めようとしている。私と目を合わせた時には心配している目だったはずなのに、今は森岡先輩にすごく怒っている目だった。私はまたお兄ちゃんに心配をかけてしまったのかな…。


「やめろ、柊」

「……チッ」


 止める海に舌を打つ翔琉、彼は何も言えずに屋上を出た。


「雨宮…、なんであいつについてきたんだ…」

「ごめんなさい…。私はただ…はっきり言おうと…」


 涙が止まらなくて困る。結局、私一人じゃ何もできない…この状況が嫌だった。


「でも、よく我慢した…。よしよし…」


 それでも、お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。

 昔のように暖かいその手で私の頭を撫でてくれた…。私はあの頃からずっと変わっていない、ただ一つだけ…、お兄ちゃんに愛されたいことだけをずっと考えていた。とても嬉しい、今こうやって私の涙を拭いてくるお兄ちゃんが…私の頬を触るこの手がとても好きだった。


「……美穂ちゃん」

「はい?」

「ここは二人っきりにした方がいいと思う。俺たちは戻ろう」

「……そっちな方がいいと思います」

「そうよな」


 そうやってこっそり屋上から出た二人と物陰の下に座っている柊と茜。


「泣き虫雨宮」

「泣き虫じゃない…!」

「いつも泣いてるじゃん…、俺がいないところで」

「えっ…、でも、怖いから…」

「ちゃんと…L○NEを送ったから、それを見てすぐ雨宮のクラスに行ったんだ」

「へへ…、やはり柊くん…優しい」


 やはり二人っきりが一番気持ちいい、そして私は床に置いているお兄ちゃんの手に私の手をこっそり重ねた。すごくドキドキしたけど、心の底には虚しい感情が残っている。どうしたらお兄ちゃんが昔のことを思い出せるのか、待ち焦がれていた私はその方法が知りたかった。


「ごめん…。雨宮、俺がはっきり言っておくべきだった…」

「ううん…。大丈夫、柊くん」

「俺のせいで、あいつが…」

「でもね!私柊くんが来てくれてすごく嬉しかったよ!私のヒーローみたい!昔もそうだったから…、お兄ちゃん…」


 そしてその言葉を口に出してしまった。


「うん…?お兄ちゃんって…雨宮にお兄ちゃんもいたのか…」

「ううん…。柊くんのこと…」

「俺?俺は…よく分からない…」

「やはりそうだよね?分からないもんね?」


 やはりダメだった。


 そのまま何も言わずに空を眺めていた。

 すぐそばにお兄ちゃんがいて、私はさりげなく彼の肩に寄りかかる。今はこれだけでいいかもしれない。いつか、私がお兄ちゃんと付き合うその日が来たらいいな…。それを想像するだけで、先までの不安がなくなってしまう。それほど、私はお兄ちゃんのことが大好きだった。一人しかいない、私の大切な人…ずっとこうしたい…。


「学校でも甘えてくるよね?雨宮」

「……柊くんが遅いんだから、これくらいはやってもいいんです!」

「堂々だな」

「それが私の魅力なんです!」

「そうかもね?雨宮は可愛いから」

「……い、いきなり入ってくるのは禁止…!」

「へえ…、先からこっそり手を繋いで俺に寄りかかる雨宮は?」

「私はやっても問題ありません!でも、柊くんは注意してください!」

「じゃあ…、俺も戻る」

「え!もうちょっとだけ、一緒にいようよ…」

「フッ、分かった」


 なんか私がやられた気がするけど、もっといてくれるって言うから別に気にしなかった。それより、そばにいるお兄ちゃんから感じられるこの温もりと匂いが好き。


「柊くん、明日楽しみだよね?」

「そうだよね?雨宮と二人のデートだから」

「……デ、デート…」

「もちろん、俺はデートなんかやったことないからね?ちょっと慌てるかもしれない」

「わ、私に任せて!リードするから!」

「そう?やはり雨宮は何をしても可愛いね」

「……」


 そう言いながら私の頭を撫でるお兄ちゃん。

 そしてもう我慢できなくなった私は、その横顔を見てからすぐお兄ちゃんに抱きついてしまう。

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