第29話 茜のこと。
私は臆病だから、周りの人が声を上げるだけでびくっとしてしまう。
いつも緊張して自分のことを上手く伝えないのがもはや癖になっちゃったから、先輩たちと話すのが苦手だった。もちろん、クラスの中でも私は話をかけたりしない。それだけなのに、私はいつの間にかみんなに「高嶺の花」と言われていた。
「茜ちゃん…!二年の先輩たちに囲まれたって…」
「美穂ちゃん…」
教室に戻ってきて席に座ると、中学時代の友達
そんな美穂の姿を見るたび、私は昔のお兄ちゃんを思い出してしまう。
あの頃のお兄ちゃんはいつも私を…、守ってくれたのに。どうして今は忘れてしまったのかな…。長い時間を待っていたけど、やはりお兄ちゃんは私のことを思い出せなかった。そして私は褪せた写真の中にいるもう一人の女の子を思い出す。
「……」
「……ちゃん!」
「……」
「茜ちゃん!」
「う、うん…!」
カナンちゃん…。
「茜ちゃんはなんの用で先輩たちがいるところに行ったの…?」
「……柊先輩に会いに行っただけ」
「柊…、先輩…柊、柊なら…!神里先輩のこと?」
「そうよ」
「えー!茜ちゃん神里先輩を知ってる?」
急に声を上げる美穂ちゃんにこくりと頷く。
「へえ…、あの先輩かー。最近、茜ちゃんと付き合ってるんじゃないのかって噂があるよ。知ってる?」
「……私知らない…」
実は知っていたけど、強いて無視していた。
お兄ちゃんに迷惑だし、お兄ちゃんは私のことを好きじゃないから…、ただ普通の後輩に見られているかもね。一緒に寝た時もお兄ちゃんは私を抱きしめたりしなかった。彼女っぽいことを全部やってみたけど、お兄ちゃんにはただの妹…それくらいかもしれない。私には魅力がないのかな…、どうすればお兄ちゃんに愛されるの…?
「だからそこに行ったんだ…。そう言えば、確かにこの前だよね?二年生の先輩がここに来たけど、茜ちゃん知ってる?」
「柊先輩なの?」
「いや…、ちょっと…焦ってるって言うか…。茜ちゃんを探してたの。確かに名前が森岡先輩だったっけ?」
「……そ、そう?」
先輩のことをブロックしたけど、森岡先輩は知らないから仕方がなかった。
私には好きな人がいる。それは昔からずっと好きだった人だから、私は諦めない。諦めたくない…、やっと会えたお兄ちゃんと別れたくなかった。
体の距離も、そして心の距離も…。
「あの先輩しつこいよね?」
「う、うん…」
「茜ちゃんがはっきり言わないからこうなるんだよ…。次は私が言ってあげようか!」
「でも、先輩だから…」
「だよね。それより、茜ちゃん!今週空いてる?」
「今週、私約束があるから…ごめん」
「誰?男…?」
びくっ。
「やっぱり男だー!早く話してー!誰とデートするの?」
「……デートじゃない。普通に出かけるだけだからね…?柊先輩と」
「……そこまで!二人仲がいいね!羨ましい…、あの先輩はカッコいいから茜ちゃんとお似合いだよ!」
「う、うん…」
「私も神里先輩が…」
美穂ちゃんと話している時、クラスの中にいたある男子が私に声をかける。
「あの、雨宮さん?二年の先輩が呼んでます」
「あ、ありがとうございます…」
そしてちらっと扉の方を見たら、なぜか森岡先輩が私に手を振っていた。これをお兄ちゃんに言っておいた方がいいのかな…、私はあの先輩が苦手だ。いつも自分の意見を私に押し付けてるから…、L○NEも自分が聞きたいことだけ聞いてくるし。何を話しても私に相応しい男になりたいって、そんなことばかり言っているから…。
「も、森岡先輩…?どうしてここに?」
「ちょっと話してもいい?ここは見る目が多いから、屋上はどう?」
「は、はい。分かりました」
今度はお兄ちゃんの名前ではなく、私がはっきり言うことにした。私にはもう好きな人がいるから、先輩がもし私にそんな気持ちを抱いているなら諦めてくださいって…そう言うのよ。茜…、他人に頼らず…自分の口ではっきり言うのよ…。
そのまま先輩と二人で屋上に向かう。
そしてスマホをいじりながらちらっと森岡先輩の横顔を見た。何かを考えているようなその顔に、私は不安を感じる。何も起こらないって分かっていても、ちょっと不安だった。男と二人にいるのはお兄ちゃんだけで十分…、他の男と一緒にいるのは怖い。
「あのさ、茜ちゃんは…」
屋上の扉を閉じて先輩が口を開けた。
「はい」
「もしかして柊と付き合ってる…?」
「いいえ…。付き合っていません…」
「そう…?やはり、俺…直接この気持ちを伝えたくて…」
「あの、ちょ、ちょっと待ってください!先輩」
「……」
「先輩がこれから何を言うのかは分からないんですけど…、その前にこれだけ言っておきます。わ、私には好きな人がいるので…、それだけ…先に行っておきます」
「……どうして、いつもこうなるんだ」
「はい…?」
「俺も、俺も…。ただ彼女が欲しかっただけなのに、どうして…俺に好きって言ってくれないんだ…どうしてだ!」
そんなこと私も分からない、人の心は難しいから…。
「もしかして、あの相手は柊なのか…?」
「……言いたくないんです」
「あいつに相談してたのに、あの二人が返事をしてくれないのは俺を騙したってこと…?どうして…?友達じゃなかったのか…」
「せ、先輩…?」
なんか、調子が変だ…。
「結局、叶えない俺のことを嘲笑って…無視して…」
「柊先輩と加藤先輩は決して森岡先輩のことをそんな風に思ってないはずです…」
「うるさい…!お前も結局同じだ…!雨宮!」
昔からそうだった。
私は男が大きい声を出すのが怖かったから、いつもその声に怯えて体が固まってしまう。もう昔のことなのに、まだ怖く感じられるのはやはりトラウマになっていることだった。
馬鹿馬鹿しいけど、こんな状況なのに私はお兄ちゃんしか思い出せない…。
「……同じだ…!」
その怒りに耐えられなかった翔琉が床に捨てられたジュース缶を茜の方に蹴る。
「……ぁ…っ」
いきなり飛んでくる缶にびっくりして、茜がその場で座り込む。
「なんでだ…?」
怖い…、殴らないで…私が全部悪いから殴らないで…、ごめんなさい…。
ごめんなさい…、ごめんなさい…。お兄ちゃん…、助けて…。お兄ちゃん…。
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