7:縮まる距離。
第31話 美香さんがいなくなってから。
明日は雨宮とデートか…。美香さん以外の人とは何もしたくないって、そう思ってたのに、美香さんがいなくなってからこの気持ちをどうすればいいのか俺自身もよく分からなくなってきた。再び、あの暗闇の中に歩いていくような気がする。
なぜ、俺は普通の恋ができないんだろう…。
日が暮れた外の景色を眺めながら一人で呟いていた。俺は人間関係が壊れてしまったことに未練はないけど、どんどん苦しくなるこの気持ちをどうにかしたかった。薄暗い家の中で俺は何もしていない、この居間は美香さんと出会う前の景色と同じだった。嫌なことを思い出していた俺は少し憂鬱なこの気分をどうにかしたくて、静かな居間の中に音楽を流してみた。
「……なんで悲しい曲ばかりだ」
ソファに座って音楽を聴きながら、スマホの中にある美香さんの写真を削除する。
「やっぱり…、こうやっておいた方がいいかもしれない」
ふと、雨宮が俺をお兄ちゃんって呼んだことを思い出してしまう。
雨宮は俺のことを知っていたような…そんな言い方だった。でも、俺はどうして雨宮のことを思い出せないんだろう…。心に引っかかるのがあったら、それはたまに俺が思い出すトラウマみたいな声だった。俺をお兄ちゃんと呼ぶ、ある女の子の声。
でも、雨宮とは違う声だったから別の人だと思う…。
「よく分からないな…。ご飯でも作ろうか?」
ソファから立ち上がってキッチンに向かう時、誰かドアにノックをする音が聞こえた。日が暮れた時間なのに、雨宮が向こうで俺を待っている。どうして…?
「こんばんは!柊くん!」
「雨宮…?こんな時間に何を…?」
そこには夕飯のおかずを見せびらかす雨宮が微笑んでいた。
森岡のせいで、落ち込んでいるんじゃないかと思ったら意外と元気でよかった。しかも、俺のために料理までするなんて…いつもの雨宮でほっとする。
「私が作ったおかずを柊くんに食べさせたいから…、学校から帰ってすぐ作ったけど…時間がけっこうかかっちゃってね…」
「気遣わなくてもいいのに…」
「私が作ってあげたいの!」
「うん…、そうだよね?それより、なんでこんな時間にカバンを…?」
「私、今日は先輩の家に泊まります!」
何この状況は…?
「雨宮、すぐ隣が家なのにどうしてうちに泊まるんだ…」
「明日のためです!私は朝から寝る時まで柊くんを見たいんです!」
狂気…?ちょっと怖いけど、はっきり「嫌」って言えないから家に入れてあげた。
まぁ…。一応帰ってきたから私服に着替えたと思うけど、なんですぐ隣の家に来るのにオシャレしてるんだ…?女心はよく分からない、しかも短いから目をどこに置けばいいのか分からなくなるんだろう…。ちょっと男もいるってことを自覚しろ…。
「今日もパジャマ貸してくれるよね?」
「うん。洗濯しておいたから…」
「夕飯は…?」
「まだ食べてない、今から食べるつもりだった」
「私、居間でテレビ見るからちゃんと食べてね?」
「うん」
美香さんがいなくなってからうちには他の客が訪れた。
雨宮は同じ学校の後輩で明るい女の子で、いつも俺におかずを作ってくれるんだ。引っ越ししてきて家もすぐ隣だからいつでも会える距離、連絡先も交換して何かあったらすぐ助けてあげられる距離。でも、彼女はうちで泊まるって話をよく口に出す。
雨宮は俺が夕飯を食べる時に、こっそりテレビを見て勉強したり休んだりする。
「おかず美味しい…?今日はから揚げを作ってみたから…」
「うん。雨宮、料理上手だから全部美味いよ」
「そ、そう?よかったー」
今は美香さんの代わりに雨宮が来てくれるけど、これも今だけだろう。
「あーん」
「なんで…あーんするんだ」
「食べさせてよ。柊くん」
「夕飯は?」
「食べたよ」
「待って、新しいフォークを持ってくるから…」
「それで食べさせてもいいよ。あーん」
「……」
なんで俺はこの子を見て、美香さんを思い出してしまうんだろう…。クッソ、もうここにはいない人なのに、会いたくなる…。それは体だけの関係ではなく、俺の痛みを慰めてくれた美香さんの存在が懐かしくなったからだ。
「……美味しい」
ぼとぼと…。
「どうしたの…!柊くん!ご、ごめん…。もう食べないから…泣かないで!」
「えっ…?ごめん。俺、ちょっと今日は変だよな…」
「なんか悲しいことでもあった?」
「いや…、なんでもない。むしろ雨宮が来てくれて嬉しいよ…」
「じゃあ、泣かないで…私も勉強はここまでして…!うん!一緒に寝よっか!」
「うん…。先に寝て、俺は顔を洗ってから寝床を作る…」
「寝床なんていらないよ。どうせ、一緒に寝るつもりだから…」
またさりげなく男を刺激する。
「ねえ。そんなことをさりげなく言う雨宮を…、俺が食べたらどうする…?」
食卓の前に立っている雨宮の両手を掴んでみたら、びくっとしてすぐ俺から目を逸らす。無防備な姿をして脇が見えるように万歳している雨宮は、真っ赤な顔で目を閉じていた。ちょっとからかうつもりだったけど、少し震えている手と真っ赤になった顔を見て俺は何も言えず、雨宮の頭を撫でてあげた。
「ごめん…。そんなことしないから…、怖がらなくてもいいよ」
「……柊くんはバカ」
「怒られた…」
「女の子にはもっと優しくしてよ…」
「俺に雨宮以外の女子はないからね。よく分からないよー」
「だから柊くんはマナーがない…!」
やはり、雨宮は可愛いな…。
———私は…?私はどー?可愛いでしょう…?
ふと、聞こえるあの子の声。
「……」
消えない声が頭の中に響いているけど、強いてそれを無視する…。
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