6:難しい関係。
第26話 その恋は応援できない。
美香さんが消えたあの日から俺はずっと考えていた。
どうしてそんなことを言ったのか…、美香さんが悩んでいたことが知りたかった。俺は家を出る時の、その悲しい表情を…、いまだに覚えている。そう言った後、美香さんからの連絡はなくなってしまった。そんなこと…知っていたけど、本当にしないとは思わなかったから…、ちょっと嫌だった。
「柊くん…?」
今はそんなことを考える時じゃないけど、どうやら俺の中に彼女の存在が大きかったかもしれない。正直、あの時の美香さんはもう戻れないように見えた…。
「柊くん!」
「あっ!うん…」
「何、ぼーっとしてんの?」
「何も…」
「フン…、そっか?」
「てか、雨宮はなんで何気なくここで朝ご飯食べてるんだ…」
「えっ…!でも、おかずは私が作ったし…、二人で食べるのがもっと美味しいでしょう!」
「それはそうだけど…」
美香さんが消えてたあの日、うちの郵便箱には一つの鍵が置いていた。
それは出会った後、俺が彼女に渡したうちのスペアキーだった。美香さんが欲しいならいつでもいいって自由に入れるように俺が直接渡してあげたんだ。その鍵を見て、俺は確信してしまう。もう美香さんは戻って来ないことを…、そしてこれからの俺はまた一人になるってことを…。
「また!ぼーっとしてる!それは悪い癖だよ!」
「あっ…、ごめん」
「ご、ごめん…!しゅ…柊くん。泣いてる?」
「俺が…?泣いてないけど…?」
「ほら…」
頬を伝う涙を拭いてくれた雨宮が、微笑む顔をして俺の頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫…。何かあったの?ごめん…、私が悪かった…」
「ありが…とう。いや、雨宮のせいじゃない…」
情けない、後輩の前で泣くなんて…。
これから一人で、捩れたこの道を歩いていくことになる。…分かっている、分かっているけど…、美香さんにもそれなりに重要なことがあるんだろう…。それでも体に染み付いた彼女の匂いと温もりのせいで、美香さんを思い出してしまうんだ。
「……柊!」
むしろそっちの方がいいかもしれない…。
嫌な記憶の上に美香さんで上書きするんだから…、忘れられるように…。
「うん…」
「今日は柊くんとハニーモール行きたい!」
「ハニーモール?」
「うん!最近できた大型ショッピングモールだよ!」
「俺…、ショッピングあんまり好きじゃないから、そんなことは友達と一緒に行った方がいいと思うけど?」
「柊くんと一緒に行きたい〜」
今日は金曜日だから明日に行こうってことだよな…。ちょうどいい…。
引きこもりの俺に予定なんかないけど、たまには二人でショッピングをするのも悪くないと思って、さりげなく「オッケー」と答えた。すると、この状況を待っていたように、ポケットの中からL○NEの音が鳴る。
翔琉「柊、加藤のやつ連絡できないけど?何かあった?」
柊「確認する」
そしてすぐ加藤にL○NEを送った。
柊「生きてるのかー」
海「うん。生きてるよー」
柊「なんだ。森岡が連絡できないって先L○NE来たぞ?」
海「そっか、返事したくないから…」
柊「了解。適当に言っておく」
海「ありがとう…」
加藤も彼女と別れた日から少しずつ変わっていく。
言い方も振る舞いも大人しくなったって言うか…、俺が知っていた前の加藤はもういないようだ。もちろん、前の加藤も無理やりそのイメージを作ったけど、それでも無駄だったことか…。そんな加藤に俺が言えるのは、特になかった。
柊「忙しいかもな…。俺のL○NEも返事がない」
翔琉「そっか…」
翔琉「てか、今週どー?茜ちゃんに暇なのか聞いてくれない?俺のL○NEはほとんど見ないから…」
それは当然だろう…。そんなことを送る人に返事をしたくないのが普通だろう…?こいつはまだ何が間違っているのかを分かっていない、それが森岡の悪いところだ。自分の感情だけを優先し、他人のことを理解しようとしない。
「私の前で誰とL○NEしてる?」
「あ…、友達かな?」
「私の前で誰とL○NEしてる!」
なんで二度聞くんだ…。
「友達…って言っただろう…」
「女?」
「残念ですが、男です。雨宮さん」
「そう?ならいい」
やっぱりそれが気になってたのか。
今はこうやって話しているけど、俺たちはまだ付き合っていない、ただ学校の先輩と後輩だ。あるいはちょっと親しい男女関係、それ以上ではなかった。家がすぐ隣だから毎日ご飯を食べて学校に行く、こうやって普通に二人きりの時間が増えてるだけだった。
俺は彼女に対して他の感情は抱いていなかった。
「あの、雨宮」
「うん?」
「森岡のことはちゃんと断ったよな?」
「ま、まだ…」
「L○NEの返事ないから、今週暇なのかって聞いてるんだけど…」
「あの先輩…には…」
ちょっと躊躇する雨宮の頭を撫でてあげた。
雨宮は嫌なことを言う子じゃないから、相手のことを気遣っている。
「いい言ってみ」
「あ、あの…正直、興味ないんです…。あの先輩には…」
俯く雨宮が小さい声で話す。
「だよな…、分かった」
「怒らないの?」
「別に?なんで雨宮の意見に俺が怒らなきゃならないんだ…?それは雨宮のこと、それを聞いただけで十分だから」
「うん…!分かった!あれ、柊くんあんまり食べないね…!食べ終わるまで私がそばにくっつくー!」
「いいって…!ちょっと…!」
茶碗を持って俺のそばにくる雨宮。
くっつく時に触れ合う肩とその横顔から見られる笑顔に、俺は微笑んでいた。もしかして、これが普通ってことか…?でも、俺はまだ分からなかった。
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