第20話 一息。−3
「……」
今、俺の家で女の子がシャワーを浴びている。
もちろん、別々だけど…。なんかこれはよくないって気がする、このままじゃ俺が雨宮に距離を置くってことは水の泡になってしまう。俺って、いつの間にこうなってしまったんだ…。普通の関係に戻りたい…積極的だけの人はいらないから。
そして美香さんの話、それがなんの意味だったのかいまだに理解できないままだ。
「俺は…」
静かな居間の中、聞こえるのは雨宮がシャワーを浴びる時の音だけ。
ソファに座って美香さんにL○NEを送ろうとしたけど、今日は避けられているみたいですぐ諦めてしまった。俺は一体何がしたいんだろう…。雨宮のことを送ってあげた方がよかったのに、俺はそうしなかった。
自分のことがよく分からなくなってきた…。
「せ、先輩…!シャワーを浴びてもいいですよ!」
「あっ、うん…」
雨宮の匂いがするこの狭い空間で、俺もシャワーを浴びる。
一緒に寝ようって、同じ部屋って…、女の子がそんなことを言うのかよ…。美香さんでもないのに、俺が他の人と寝られるわけないだろう…。しかも、相手は雨宮だ。
やはりごめん…雨宮には悪いけど、俺のことが怖くなるんだとしても強制的に距離を置く必要がある。
そうしよう…。
「……」
寝る準備を済ませて、ベッドから俺を待っていた雨宮が笑みを浮かべる。
「先輩!へへ…」
「雨宮、一緒に寝たいって…本気か…?」
「は、はい…」
「その話がどう言う意味なのか、知ってるんだよね…?」
「……」
「俺は雨宮に出るチャンスをあげた。でも、いらないって言ったのは雨宮だよ…」
「せ、先輩…?」
ベッドに座ってる雨宮に近づいて、彼女を壁の方に押し付ける。
「……あの、あの…ちょっと怖いです…」
「なんで…?」
「先輩が近い…」
「目を閉じて、すぐ終わらせてあげるから…」
「何をするんですか…」
「何って…、あれに決まってるんでしょう…?」
「……」
服越しに感じられるブラのホックを外して、俺は体を近寄せる。
びっくりして胸を隠す雨宮が慌てる顔で俺と目を合わせた。ちょっと怯えてるような気がしたけど、俺にやめる気はない…雨宮には悪いと思ってる。先輩…、いやその前に人間として失格だ。でも、これで俺たちの関係は終わり…。
二度と、俺に近づかないで雨宮茜。
「……先輩、やめて…」
両腕を掴まれた雨宮が顔を赤めて涙を流している。
「じゃあ、最後だ。家に帰って…、そして二度と俺に関わらないことを約束して…」
「何それ…、先輩と別れたくない…」
「やるか、消えるか…。選んで」
言い方が悪いってことは知ってる。
それを言われた雨宮の涙が止まらず、パジャマのズボンに涙が落ちていた。ぼとぼと…、その音とともに雨宮の唇が震えている。俺は何を言い出したんだ…?でも、全部雨宮のために言ってるんだから、これくらい我慢しないといけない。
「せめて…」
「うん?」
「せめて、好きって言って…茜のこと、好きって言ってよ…!私は好きな人とやりたい…」
やめろ…、そんな話…言わないでくれ…。
———私はお兄ちゃんが好きだから、お兄ちゃんも私が好きになるのよ。
———私の初めては、お兄ちゃんが…、————————でしょう?
途切れた記憶、微かに見えるあの子のシルエット…。
もう耐えられない…。
「もういい、帰れ…。そして二度と俺に関わるな…!」
もうダメだった。怖い、この記憶を思い出すのは怖い…。
美香さん…、どうにかして…どうにかして…、どうにかしてください…!
「……私、先輩のこと好きです」
「……何を」
「先輩は昔のことを忘れたかもしれませんけど、私には昨日のように鮮明に浮かびます…」
「何を…言ってるんだ…」
「もう泣かないでください…。私が先輩のこと支えてあげますので…」
そう言った雨宮はその小さい手で俺の涙を拭いてくれた。
「私は…、ただ先輩が私のことを思い出してほしくて…ここまで来たのに…。でも、先輩がやりたいって言うなら…私脱ぎます…。好きにしても…いいんです」
「いや…、ごめん。俺が悪かった…」
「……なんで震えてます…?」
「いや…、なんでもない。なんでもないから…」
そのまま俺を抱きしめる雨宮に、目を閉じた。
自分も震えてるくせに、強がっている…。いまだに分からない、どうして雨宮はここまでするんだろう。昔の話はなんだ…?そんなに俺のことを気遣うなんて、おかしい…本当におかしいことだった。
「落ち着かない時はこうしてあげます…」
「ごめん…。雨宮、俺が悪かった…。先のは…、ごめん…」
「いいえ。いいです…、気にしないから…!えーっと、魔法をかけてあげます!悲しい時や苦しい時に…、よく効きます!」
「うん…?」
「目、目!閉じて…!」
「……」
目の前に座ってる雨宮が先に目を閉じた。なんだろう…。
「と、閉じた…?」
「うん…」
「私がオッケーって言う前まで開けちゃダメ…」
「うん…」
真っ黒で何も見えない…。しばらくじっとしていたら俺の唇に変な感触が感じられる。これは…、指…?ちゃう…、俺は指よりもっと柔らかい何かと触れ合っていた。そして先より体がもっと近づいてるような気がする…。魔法って…これか…?
「オッケー!です!」
「……ど、どうした…?雨宮、顔真っ赤だよ…?」
「な…、なんでもないです…。ど、どー!よく効くよね!」
照れながら自分の唇を触る雨宮に気づいた。
先のは唇だったってことを…。
「バカ…、何をするんだ…」
「それ以上、言わないでください…」
「どうして?」
「私のファーストキスだから…」
「……おい、そんなことは好きな人と…」
と、俺の話も終わってないのに、雨宮が自分の方に俺を引っ張った。
「うるさい…。11時55分!まだ、私のもの!おやすみ…!」
「……お、おやすみ…」
とか言って、俺たちの長かった夜が終わりを告げる。
こんな小さい女の子に俺は何をしようとしたんだ…。雨宮はそのままで十分なのに、どんどん弱くなる俺が悪いんだ。そして目の前ですやすやと寝ている彼女を見つめて、俺もゆっくり目を閉じた。
馬鹿馬鹿しいけど、こんなのも悪くないと思ってしまう…。
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