第19話 一息。−2

 どこから見てるんだろう…、雨宮と二人にいるのを美香さんにバレてしまった。

 まぁ…、美香さんだからバレても心に引っかかることはない…。でも、なんって言うかこの虚しい気分をどうにかしたかった。


 電話を切った後、俺は美香さんが来ないってことに不安を感じてしまう。

 誰かに頼らないと…、心が崩れそうになるからか、だからって雨宮にあんなことを頼むのもできないんだろう。こんな小さい子にいやらしいことをさせたくなかった。


 俺は弱いから、他人に頼らないと…すぐ崩れてしまう。

 嫌なことは思い出したくないから、だから美香さん以外の人には言いたくない…。加藤ならこんな俺を理解してくれると思うけど、友達に迷惑をかけたくなかった。俺たちはそんな関係になってる。それぞれの秘密を隠して、笑顔で向き合う日々が続いていた。


「先輩…?電話は…」

「今日は…約束ないかも…、雨宮と二人でゆっくり過ごせるかもしれない」

「ほ、本当ですか!」

「うん…。一緒にいよう」

「やったー!」


 その笑顔に癒されるだけでいいと思ってる。


 ドアを開けて家に入る時、ニコニコしている雨宮が先に電気をつけた。もうスイッチの場所まで知ってるのか、雨宮…本当に楽しそうな顔をしてる…。てか、お花見の時よりも明るい笑顔をうちで作るのかよ…。


「やっぱり先輩の家は一番好き…!」

「そう…?普通じゃないのか?加藤のやつはいつも普通だからさ。お前の家は面白くない!って言うから…」

「私には世界一楽しい場所です!」

「バカ…、夕飯は何にする?うち、食材がないからデリバリーでいい?」

「はーい!」


 アプリで注文した後、雨宮が自分の家からカバンを持ってきた。


「先輩とこれみたい…!」


 ノートパソコンに映し出されている文字は「黒い屋敷の幽霊」、いわゆるホラー映画だった。最近、動画配信アプリが流行ってるから…加藤にも言われたことがある映画タイトルだった。俺は見たことないけど、雨宮がすごく見たがるから居間のテーブルで映画を見ることにした。


 そして注文した夕飯が届いて、俺たちは映画を見ながらゆっくり食べる。


「この映画めっちゃ怖いって言われました」

「フン…、そうなんだ」

「ホラー映画は初めてで!ワクワク…!」


 夜なのにテンション高いな…、雨宮。


「このオムライス、美味しい…。先輩も食べてみてください!」

「えっ…、俺はいいよ。量が多いから…」

「あーんしてください」

「……あ、あーん」


 後輩にご飯を食べさせてもらう先輩か…、ちょっと恥ずかしいな。

 そして俺は映画より、すぐそばに座ってもぐもぐと食べる雨宮の横顔を見ながら夕飯を食べていた。どうしてこの子はこんなに目をキラキラしてるのか、どうして俺と一緒にいたいって言うのか、そんなことばかり考えたらいつの間にか完食してしまう。


「はっ…!」


 あるシーンにびっくりした雨宮が持っていたスプーンを落とす。


「ほら…、食べながら映画を見るからこうなるんだよ」


 スカートの上に落ちたケチャップ、俺は染められる前におしぼりでスカートを拭いてあげた。確かに、ミニスカートだよな…。女の子の太ももまでしっかり見えて…、これじゃパンツも見えそうだったからちょっとやばい。


「すみません…」

「大丈夫。ほら、あーんして最後の一口よ」

「あーん」


 もぐっ。


「嬉しい…!」

「何が…?」

「先輩があーんしてくれて、嬉しい!」

「バーカ」


 テーブルはソファに囲まれてるから、俺たちはソファに寄りかかって映画を見ていた。そして怖いシーンが出るたび、声を上げながら俺にくっつく雨宮を見て俺もびくっとしてしまう。


「怖い…、先輩」

「びっくりした…」


 そして薄暗い部屋の中から光るスマホの光に、雨宮はすぐ電源を切る。

 先のはL○NEの通知じゃなかったのか、けっこう多かったよな…?でも雨宮に大事なことなら電源を切らないし、気にしなくてもいいとことだった。


 と、思ってる時、大きい音とともに主人公が倒れて映画はなぜかそこで終わる。


「うわ…、ワンはこれで終わりか…。ツーもけっこうやられる…かも…、雨宮?」


 プルプル震えている雨宮が俺の腕を抱きしめていた。


「どうした…?怖い?」

「全然!むしろ平気です…!」

「じゃあ、離してくれない…?電気つけるから」

「このまま…じっとしたい…。今日、約束したでしょう?」

「そろそろ、雨宮も家に帰らないとね…?時間が遅くなったから…」

「まだ24時までは時間があります…!私には今日丸一日、先輩を所有する権利があります!」

「何それ…」


 夜の10時半、後輩と二人っきりの家。

 そして何を言っても俺を離してくれない雨宮、この状況をどうしたらいいんだ…。くっついてる時に感じられる香水の香りと雨宮の体に、つい美香さんのことを思い出してしまった。こんなことよくないのに、モヤモヤする気持ちとこの家の雰囲気に心が崩れてしまう。


「早く…帰って…。もう遅いから」


 そう、俺はこんな姿を他人に見せたくないんだ…。それが雨宮だとしても…。


「いや…、今日帰ったら怖くて寝られない…」

「……」

「だから…、先輩の部屋で一緒に寝よう…。そうじゃないと、私はここで動かない…」

「ダメだよ…。雨宮、男の前でそんなことを言うのはよくない」

「知らない…。明日まで、先輩のそばにいたい…。へ、変なことなら…や、や、やってもいいんです…!怖くない…、私は怖くないんです…!」

「……」


 そう言いながら俺の腕をぎゅっと抱きしめる。

 この子をどうにかしてくださいよ…。神様…。

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