第18話 一息。

 手を洗ってる時、俺は加藤に訳わからないことを言われた。

 いつもポジティブだったはずの加藤が、ちょっと違う意味で疲れてるみたいだ。詳しいところまで知る由もなかったから、微笑む彼の背中を叩いてあげた。周りの人たちはそれぞれの悩みを抱えている。俺が言えるのは「何かあったら連絡して」くらい、それだけだった。


 揺れる電車の中、俺は疲れた雨宮と一緒に帰る。


 元々森岡が送ってあげるって言ったけど…、雨宮が「それは困ります。迷惑をかけたくないです」って言うから仕方がなかった。俺も雨宮が隣に住んでいることまで言う必要はなかったから、なんとも言えない状況だった。すると、スマホを見ていた加藤が「なら、柊が送ってやれ。どうせ、一緒に来た二人なら帰り道も一緒だ」と、そう話してから彼女と先に行ってしまった。


「雨宮…、寝てる?」


 先輩ばかりで緊張したんだろう…。

 俺の肩に頭を乗せた雨宮は、先からじっとして何も話さなかった。冷え切った空気、風邪を引くかもしれないから俺のジャケットを貸してあげたけど、スカートまでくるとは思わなかった。そしてさりげなく俺の膝に置いていた雨宮の手はジャケットの袖が長くて、いつの間にか萌え袖になってしまった。


 本当に小動物だよな…。雨宮は。


「うっ…!朝…?」

「まだ、電車の中だよ」

「……寝言、寝言です!」

「だよね。先もお肉食べたいとか言ってたし」

「へっ…?本当ですか…?恥ずかしい…」

「ウッソ」

「……」


 すぐ肩を殴られた。


「……痛い…、そろそろ到着だ。今日は楽しかったのか分からないけど、俺は雨宮と一緒にお花見してけっこう楽しかった」

「……うん?今日はまだ終わってないんです」

「何が?」

「今日、先輩の家に行ってもいいんですか…?」

「うち…?うん…」


 今日、夜に美香さんがくる予定だけど…。

 雨宮も来るのか…。どうしようか、それを考えながら家まで歩いていく時、俺は美香さんに送ったL○NEを確認した。


 柊「今日は…会いたいんです」

 美香「甘えん坊だよね。シュシュはー」

 柊「嫌だったら、来なくてもいいです」

 美香「行かない!」

 美香「ほら、びくっとしたでしょう?甘えん坊」

 柊「バカ」

 美香「今日は期待してもいいよー」

 柊「はい…?なんですか?」

 美香「!」


 うん…、どうしよう…。

 最近、俺の調子が変だから美香さんに会って抑えないといけない。美香さんがいないと、このペースを維持するのはできなかった。


 心の病は恐ろしい…。


「先輩…?」

「うん?」

「ダメですか…?」

「一応、予定が…」

「私と一緒にいてくれるって言いましたよね!」

「うん…」

「しかも、こんな遅い時間に約束なんて…。女ですか?」


 ある意味で正解だったから、怖くなってしまう。

 もうちょっとで俺たちが住んでいるマンションが出る。人のないこの道、俺は後ろからついてくる雨宮に声をかけてみた。


「じゃあ…、雨宮は俺と何がしたい…?こんな遅い時間に…」

「……」

「一応俺は女性に興味がいないって言ったけど…。男女二人だよ…?」

「……はい」

「確かに、俺たちは親しい関係かもしれない。でも、俺も一応男だから雨宮に変なことをするかもしれないよ…?」

「変なこと…」


 雨宮を脅かすつもりはないけど、こうしないと雨宮は俺から離れようとしないんだろう…。これからは普通の関係に戻る、もう人のことを深く考えるのはやめたい…。先もそう、あの時の雰囲気がとても苦手で、俺はその空気を全然読めなかった。


「私でよければ…、何をされてもいいから今日だけ一緒にいたいんです…」


 街路灯の下で俺に話す雨宮。


「どうしてだ…。そうするつもりはないけど、俺にそこまでこだわる理由はなんだ…?俺は雨宮と出会ったばかりじゃん…」

「私は…先輩のこと…」


 そこまで言った雨宮が涙を流していた。


「……何、いや…。雨宮どうした…」

「私は…先輩と一緒にいたい…、今日は先輩の誕生日でしょう?」

「……そうだったっけ?」

「どうして友達なのに、誰も祝ってあげないんですか…?」

「ごめん…、俺も知らなかった」


 ……そっか、今日俺の誕生日だったのか…?俺も知らなかった。


「……祝ってくれなくてもいいよ。どうせ、生まれた日に意味なんかないから」

「ダメです…。私が祝ってあげないと…一緒にいられないから…」


 これは…。


「……雨宮、もしかして俺のことが好きなのか?」

「……」


 しばらく二人の間に静寂が流れた。

 そして遠いところからこの二人を見つめていた美香がスマホをいじる。


「察してみてください…」

「……それが本当なのかどうか分からないんだけど、もし本当だったら諦めて…。雨宮はいい子だから俺みたいなクズに好きとか言っちゃダメだよ…」

「どうして…そんなことを言うんですか…」


 悲しそうな顔で俺に問いかける雨宮と目を合わせた時、ポケットの中からベルが鳴いていた。誰だ…。こんな時間に電話をかける人は…?


「……」

「電話に出てください…」

「ごめん…」


 美香さん…?美香さんがこんなタイミングで…?


「よっ、シュシュー」

「はい」

「今日はやはりダメだよね…?」

「ど、どうしてですか?」

「だって、あの子シュシュと一緒にいたいって言うじゃん…?」

「……そんな、じゃ今日は無理ですか?」

「ずっと…、シュシュに彼女じゃなきゃダメって言ってあげたけどね…。逃げるだけじゃ何も叶えないよ?私がそれを言う立場じゃないけど、あの子いい子に見えるから…ちょっとだけでもいいから一緒にいてあげたら?」


 何を話してるんですか…。美香さん、そんな話はやめてください…。

 とは言えなかった…。


「……私は…、もう知ってるんでしょう?」

「分かる。シュシュは甘えん坊だからね?明日、空いてるからそっちに行く…」

「はい…」

「そして、誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「そして、誕生日おめでとう…」

「えっ…?」

「これは海の分だよ」

「は、はい…」

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