第17話 さび。

 桜木の下、俺は先輩と舞い落ちるさくらを見つめながらぼーっとしていた。

 25分くらい経ったのか、さすがに何も期待できない短い時間だよな。しかも、俺は雨宮に嘘をついて席を外してしまった…。遠いところを眺めてぼーっとしていた時、俺は森岡や先輩がどうしてそこまでこだわるのか、に対して考えていた。


「……」


 ジュースを飲みながら後ろの桜木に寄りかかる。


「そろそろ、戻ろうか…?」

「はい。そうしましょう」


 一度だけ、誰かとお花見をしたことがあった。それは確かに幼い頃の記憶、近くに住んでる友達と一緒に舞い散るさくらを見た思い出。どうして今こんなことを思い出したんだろう…?余計なことは思い出さなくてもいいのに、どうして俺は…また…。


「どうしたの?」

「いいえ…。なんでもないです」


 余計なことは…、いらない。このまま…、このままでいいんだ…。

 俺には美香さんがいるから、大丈夫…。絶対あの時には戻りたくない…、美香さんが俺を救ってくれた。あの暗闇の中から、俺を救ってくれたんだ…。


「よっ、どこまで行ったのかよー」

「いや…、ちょっと歩き回っただけ」

「お腹空いちゃった〜」


 みんながお昼を食べている時、そばに座っていた雨宮が俺の横腹をつねる。


「……」

「ジュースを買うだけなのに、戻ってくるのが遅いです…」

「ごめん…。なんか先輩といろいろ話があって…」

「……やはり、先輩はマナーがないんです!」

「ちゃんと食べてから話して…!食べるかつねるか、一つだけ…!」

「嫌です…!これは私が先輩に与える罰なんですー」

「ひどい…」

「へへ…」


 よかった…、雨宮…怒ってないんだ…。


「フン!先輩はやはりマナーがないんです!」

「……」


 と、言ってるけど、このバカはまた口角にソースを…。それより、おにぎりをどう食べたら頬に米粒がついてしまうんだ。この前にもそうだったけど、これが雨宮の魅力って言えばいいか…。こう言うところが可愛いんだよな…。


 俺は笑いを我慢して、雨宮の口角をハンカチで拭いてあげた。すると、びくっとしてこっちを見つめる顔がいたずらしたいほど可愛いくて、森岡の気持ちがなんとなく分かりそうだった。


「もう高校生でしょう…?」

「……っ、自分でやり…ます」

「頬についてる米粒は後で食べる予定ですか…?雨宮さんー」

「もう…!からかわないでください…」

「フフッ」


 やっぱり雨宮を見ていると癒されるよな…。

 頬を膨らませてこっちを睨むその顔に、俺は笑みを浮かべてしまった。そしていきなり吹いてくる強い風、その風とともにさくらの花が飛んできて、そっと雨宮の頭に降りた。この状況は昔にもあったような…、そうでもないような気がした。


 ……少しだけ、曖昧な記憶を思い出してしまう。


 そして風が吹いてきた時にスカートを掴む雨宮を見て、俺はすぐ着ていたジャケットを彼女の脚にかけてあげた。


「……ありがとうございます。先輩」

「なんでこんなに短いスカートを着た…?」

「……やはり、私には似合わないんですか…?」

「いや、何着ても可愛いからミニスカートじゃなくてもいいってことだよ」

「ちゅ…注意してください…!エッチな発言はやめてください!」

「え…、はいはい。その前に頭のさくらからどうにかして〜」

「……いつの間にか、頭にさくらの花が…!」


 楽しそうに話している二人を見て、前に座っていた海が声をかける。


「柊と茜ちゃんイチャイチャしてる…」

「えっ…?」

「はい…?」

「ほら、二人お似合いだ」

「……」


 海の話に顔を赤めた茜は、そのまま俯いて柊のジャケットを掴む。


「後輩をからかうな。加藤」

「痛っ…!」

「……」


 そして海の頭を叩く柊を見て、少し距離感を感じる翔琉がため息をつく。自分だけ、その中に入れないような感覚。そこまで理解しようとしたけど、先から柊と茜に変な質問をする海を見て翔琉は不満を抱いていた。


「ねねー、茜ちゃん照れてる?」

「い、いいえ…!照れてません!」

「お前…、人の話を聞け…!」

「ごめん、ごめんー!なんか茜ちゃんの反応が可愛いからさ」

「だから、お前はダメなんだ…」

「先輩も同じです…」

「えっ…?ひどいよ…肩を持ったのに」

「先輩はいつもいやらしいことばかりしてますから…!」

「アハハハッ、やっぱり二人はお似合いだー」


 何変なことを言ってるんだ…。加藤、どうしたんだ…?

 今日は森岡もいる…、どうしてそんな話をさりげなく吐き出してるんだ…?こいつ、わざとこんなことをしてるのか…?いや、そうする理由なんて…ないだろう。


 それからこの中に流れていた雰囲気が少しずつ変わっていく。


「はあ…、みんなとお花見楽しいな…」

「お前はいやらしいことばかりしてただろう…」

「へえ…。俺も先輩と仲良く、こっそり、え…うん!」

「……」


 俺が先輩と席を外した時に一体何が起こったんだ…。先から森岡も黙り込んで何も言わないし、この変な雰囲気に心配ばかりしていたらいつの間にかお花見が終わってしまった。先輩たちと話をして、加藤も雨宮と話をして…、それからみんなで話をしていたけど…、なんだろう…。この曖昧な雰囲気は…?


 よく分からない…。

 そしてお別れの時間が迫ってくる。


「今日はこれで帰ろうか?」

「時間も遅くなったし…、そろそろ帰ろう。みんな」

「はい」

「その前にちょっと手を洗ってきます」

「あ、柊!俺も行く」


 席を片付けて、俺は加藤とトイレに向かった。


「楽しかった?柊」

「うん…」

「そっか…」

「どうした?」

「ちょっと…、疲れたかもしれない…」

「早く帰ろうよ…。今日は誘ってくれてありがとう」

「うん…」

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