第13話 悩み。−2

 この前に来た時は引っ越ししてきたばかりでボックスしかなかったけど、今は女の子が住んでいる家って感じがした。そしてムードがあるランプの光が居間の中を照らして、夜のカフェみたいな雰囲気がする。ちょっと薄暗いけど、俺もこの雰囲気は好きだったから何も言わず雨宮と食卓の前に座った。


「雨宮、料理上手い…」

「美味しい…ですか?」

「うん…!ありがとう」

「嬉しい…、私が作った弁当を食べてくれて…嬉しいです…」

「俺も嬉しいよ。可愛い後輩が美味しいご飯を作ってくれて…」


 そして黙々と食べている雨宮の頭を撫でてあげた。

 向こうも俺と同じハンバーグを食べていたから、俺はなんとなく雨宮の口角についているソースに気づいてしまった。特に引っかかることもないから、親指で口角のソースを拭いてあげたけど、俺にびっくりする雨宮を見て俺もびくっとしてしまう。


「な、な…なんで、すか…?」

「あ、いや…。ソースがついてるから…」

「は、はい…。あの…、ありがとうございます…」

「いや、教えてあげた方がよかったかもしれない」

「……」


 いきなり静寂が流れる。


「先輩は…、他の女の子にもこんなことをするんですか…?」

「こんなこと…?」

「あの…、先みたいにソースを拭いてあげたり…、可愛いとか話してあげたり…」

「へえ…、雨宮はそれが気になるんだ…。どうしようかな…、聞きたい?」


 微笑む顔で雨宮を見つめる。


「からかわないでください…。あの、困る質問だったら答えなくてもいいんです」


 ちょっと拗ねてる顔をしてるな…。

 俺から目を逸らして、ぶつぶつ言っている雨宮はと似ているような気がした。


「しないよ。雨宮にだけ、俺は他の女子にそんなことは言わない。親しい女子もないから…」

「じゃあ…、どうして私にそんなことをしてくれるんですか…?先輩って女の子に興味ないって…」

「うん…、雨宮可愛いからね…?なんとなく…」

「先輩はそんなところが嫌なんです…!」

「へえ、怒られちゃった…。雨宮もたまには怒るんだ…」


 目の前でみそ汁の飲んでいるその姿を見て、俺は美香さんと過ごした時とは違う感情を感じる。美香さんは存在そのものが麻薬、つらい記憶や状態などを一気に治して抑えるような人だったら、雨宮はゆっくりそれを癒す感じだった。


 一緒にいる時はちょっと…、楽って感じ…本当に休んでるみたいな感じ。

 俺にそんなことを言う資格はないけど、なんとなくそう思ってしまった。


「先輩…?」

「うん?」

「食べ終わりました?」

「あ、うん。ごちそうさまでした!」

「はい!」


 席から立ち上がって食べた弁当と皿をキッチンに持って行くつもりだったけど、前にいる雨宮にすぐ取られてしまった。


「いいえ。私がやりますから…」

「えっ?いいよ…。これくらいはできる…」

「ダメ…。私がやってもいいですから…」

「そう…?もらうだけじゃ…、気が済まないからね」


 そう言った俺に、食卓を拭いていた雨宮が照れる声で話す。


「じゃあ…、あの…、1時間…」

「1時間…?」

「1時間くらい…私に使ってください…」

「いいけど…、何かやりたいことでもある?」


 雨宮はすぐ俺の手首を掴んで、自分の部屋に連れて行った。


「えっ…?ちょ、ちょっと!」


 いきなり女子の部屋に連れて行くから…まさかあれをするのか、と思ってしまった。口では言えないけど、いやらしいことを思い出してごめんね…。雨宮。


「先輩とゆっくり話がしたいんです…」


 その話に森岡のことを思い出してしまう。


「あ、いいよ。そして俺も雨宮に言いたいことがあるから…」

「はい…?」

「いや、やっぱりいいか…」

「なんですか…?」

「一緒にお花見をしようって言いたかったけど、やはりダメだと思って…」

「一緒に行きたいんです…!」


 即答…。


「え…、でも2年の先輩たちはともかく3年の先輩たちもいるから雨宮一人じゃ無理だよね…?」

「あの、神里先輩も行きますよね…?」

「そうだけど…?」

「じゃあ、私も行きます…!先輩が行くって言うなら私も行きます…!」

「ちなみに、俺と一緒じゃなくてもいいよね…?」

「えっ…?」

「あのさ…、俺の友達が雨宮のことが好きになったらしい…」


 一応雨宮に話してみたけど…、こんなことを言ってもいいのか…?

 なんか心配になってしまう。


「私ですか?」

「うん…」

「……先輩の友達が私を…」

「ダメだったら、ダメって言ってもいい…」

「さくら…、先輩と一緒に見たい…。でも、私は先輩以外の人を考えたことないから…。ないから…、よく分かりません」

「だよね…?知らない人とすぐ仲良くなるのは無理だから…」

「そんな意味じゃないのに…」

「うん…?なんって…?」

「いいえ…。なんでもないです!ちょっと考えてみますので待ってくれませんか?」

「いいよ…。ありがとう」


 どうやら余計な話を口に出したかもしれない。

 床に座ってベッドの方に寄りかかる雨宮がこっちを見る。薄暗い部屋の中に置いている一つのランプ、ここにいるのが美香さんだったらすぐ襲ってくる雰囲気だった。そしてそばに座っていた雨宮は自分の膝を抱えて、前にあるテーブルをじっと見つめていた。


「……」


 静寂が流れて、時計の音がチックチックと聞こえる雨宮の部屋。

 床に手を置いてちょっと目を閉じてみたら、さりげなく手を重ねる茜が変な声を出していた。


「……ひゃっ…!」


 俺と手を重ねたことを意識してさっと手を引いたのか…。


「あの、これは…!すみません…。私も床に手を置くだけ…で…!わ、わざとじゃないんです…」

「うん…?えっ、何…?」


 やはり雨宮は可愛い、森岡が好きになるのも仕方がないことだよな…。そして部屋が薄暗いからよく見えなかったけど、俺はちょっと赤くなっている雨宮の耳に気づいてしまった。

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