第10話 二年生。−2
———1年C組。
今年、新入生の中にすごく可愛い女の子がいるって噂が2年生と3年生の間に広がっていた。ざわざわする1年C組の廊下、どんどん集まってくる2年生と3年生はあの女の子に声をかけようとしている。どんどん騒がしくなる廊下、その真ん中で顔を赤めている翔琉がぼーっとして噂の主を見つめていた。
「あの!連絡先教えてくれないか!」
「名前、名前だけでもいいから!」
「うわ…、めっちゃ可愛い…!」
うわ…、女の子一人にそこまで盛り上がるのか…?ある意味ですごいな…。
てか、こんなところに俺を送るのか…?見た目で30人くらい、あるいはそれ以上だと思うけど、まずはここを通れるかどうか分かんないな…。しかも、この中にいるんだろう…森岡のやつ。手を上げてくれたらいいけど…。
「あの!」
「ちょっと…、通ります…」
「君、名前は…?」
「通ります…」
この狭い廊下に、一体何人がいるんだ…。
そしてその中からウジウジしている森岡を見つけた俺は、すぐその背中を叩いた。
「痛っ、誰…!あ、柊!」
「お前、ここで何してんだ…」
「あっちにめっちゃ可愛い子がいるぞ…!見てみろ。あの時の…」
人で混んでいる廊下から、俺はつま先立ちをして向こうにいる女の子を眺めた。
あれ…?見間違え…?どこかで見たことがありそうな…。じゃなくて、雨宮じゃん…?森岡のやつ、今雨宮に会いに来たのか…?この前に会った時、うちの高校に来るって言われたから知っていたけど、本当に来たんだ…。
そして今は高林に告って振られた森岡の新しいターゲットになったんだ…。
やらない方がいいってそんなに話しても、俺の話なんか聞いてくれなかったからな…。今度は雨宮のことで相談しそう…、「こいつにいい彼女を作ってください神様」とか祈った方がいいかな。めっちゃ盛り上がっている森岡を見ると、なんか悲しくなってしまう。
「おい、戻ろう。どうせここにいてもあの子には全員同じ人だから」
「なんとかしてくれるのか!」
「どうして、そんな結論に至るんだ…?」
「加藤なら声をかけてくれるかもしれない」
「はあ…?加藤には彼女がいるからできないと思うけど?」
「どうしよう…。俺、あの子が好きなんだ…」
「はいはい、教室に戻るんだ…。どうせ今は何をしても無理だからさ」
そうやって翔琉の背中を押している柊を、教室の中で眺めていた。
「先輩たち…、すごい…。どうする茜ちゃん…?」
「……にぃちゃん…」
「茜ちゃん?」
消えていく柊の姿に、茜はすぐ席から立ち上がって教室を出る。
「どこ行くの?あ、茜ちゃん?」
「ウオォー!」
なんか、後ろから聞こえる声がさらに大きくなったような…。
「あの…!か、神里先輩!」
そして静まり返る廊下、俺は雨宮に呼ばれてしまった。
振り向いてないけど、見なくてもあの人たちの視線が俺に集まっていることは知っていた。ここはどうやって答えればいいんだ…?初日から学校内の人気者になってしまった雨宮に俺は何を言ったらいいんだ…?分からない、このプレッシャー怖い。
「……柊、お前呼ばれてるぞ?」
「……あ、分かってる」
「せ、先輩?」
「……森岡、先に戻れ。雨宮は俺に話がありそうだから…」
「あ、うん…」
そして俺は後ろにいる雨宮と目を合わせた。
それより雨宮の後ろにいるあの人たちのせいで緊張してしまう。俺を睨むあの視線は悪口を言ってるような気がした。こんな大勢の中で、雨宮はどうして俺を呼び止めたんだろう…。
「うん。どうした?雨宮」
「私…!この学校に来ました…!私…先輩に会いに来ました…!」
と、あの一言を聞いて、俺は後ろの人たちに殺されるかもしれない殺意を感じてしまった。
「おい、神里!お前は彼女いらないって言っただろう!」
「そうだ!そうだ!」
なんで俺に…。
「ちょっと…、雨宮ごめんね」
さりげなく彼女の手首を掴んで、この息苦しい場所から逃げ出してしまった。
走って、走って、俺たちが届いた場所はなぜか屋上だった。ここならみんなにバレないし、息を整えることもできるから。あんな状況で、俺の名前を呼ぶのか…。しかも、会いに来たってことはあいつらにしっかり聞こえたかもしれない。
教室に戻るのが怖いんですけど…。
「はぁ…、雨宮…」
「……ご、ごめんなさい」
なんとなく屋上まで連れてきたけど、ずっと掴んでいたせいか…、雨宮の手がすごく震えていた。あ、そんなつもりじゃなかったのに、俺が驚かせてしまったのか…。俯いていた雨宮は俺に手首を掴まれたまま、涙声で話していた。
「うぅ…」
怖かったのか、俺最低だよな。
女の子を泣かせてしまった。
「ごめんなさい…。神里先輩」
「いやいや…。俺怒ってないから泣かないで…雨宮」
「……変なことを言い出してすみません…」
「いい、それはもういい!」
「ごめんなさい…」
「いいから、まずはベンチに座ってくれない…?」
「はい…」
まぁ…、ゆっくり考えてみればそれも仕方がないことだと思う。
雨宮は人が多い場所が苦手だし、先みたいにしつこく声をかけるのも嫌いだからな…。俺はすぐ隣に住んでるからなんとなく慣れたと言えるけど、あいつらが一気に押し寄せられるのは無理だろう。こんなに小さい女の子に一体何をするんだ。
それでも先輩かよ…。
「ほら、もう泣かないで」
ポケットの中からハンカチを出して、雨宮の涙を拭いてあげた。
「本当に怒ってないんですか…?」
「怒ってないよ…。俺が雨宮に怒ってどうすんだよ…。ここで休憩をして、雨宮が落ち着いたら教室に戻ろう」
「はい…!」
「よしよし…」
でも、俺はどうして雨宮の頭を自然に撫でているのか…、それがよく分からなかった。
「あ、ごめん…。これ癖になってしまったのか…。注意する…」
「……や、やってもいいんです」
「でも、他の男に触れるのは雨宮も嫌でしょう?」
「私…先輩なら…、大丈夫です…」
「そ…っか…」
「はい…」
それからもうちょっとだけ雨宮の頭を撫でてあげたけど、この感覚、俺は知っていたような気がする。
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