第8話 二人きり。

 お兄ちゃんは探している人を週末に探した方がいいって言ったけど、私はもうあの人を見つけた。あの人は神里柊、私はずっとお兄ちゃんを探していた…。いまだに持っているこの写真は幼い頃、私とカナンちゃんとお兄ちゃんが3人で撮った写真。


「……お兄ちゃん」


 他の写真はもう残っていないから、私はこの写真だけ大切にしていた。

 家のことで引っ越ししたあの日、私はお兄ちゃんと別れてしまった。その後、私一人でお兄ちゃんに会いにきたけど、もうお兄ちゃんはその場所にいなかった。高校を遠い地域に選んで今は一人暮らしをしていると、あの時の神里さんが言ってくれた。


 だから私もお兄ちゃんがいる地域に来ちゃった…。

 でも、お兄ちゃんは私のことを思い出せないよね…。


「そう…言えば、お兄ちゃんの学生証…。ぶつかった時に渡さなかった…」


 ベッドに座ってお兄ちゃんの学生証を見つめる。


 生年月日も顔も…私が知っているお兄ちゃんだった。

 昔は黒髪だったのに、今はちょっと怖い…。でも、その優しい声と頭を撫でてくれる時の笑顔は昔と同じだったから…、お兄ちゃんから目を逸らさない。撫でられるたび、昔のことを思い出してしまう私の心がドキドキしていた。


「……この写真は黒髪、こっちの方がもっと似合うのに」


 まだ時間があるから…、返さないと…!

 と、決めたはずなのに、当日は恥ずかしくて結局明日の11時に家を出る。


「じゃあ、また来るからねー」

「はいはい…」


 その時、玄関である女性の声が聞こえて躊躇してしまった。ちょっと成熟した女性の声、そして小さいけど…、その女性に答える声はお兄ちゃんの声だった。マンションの廊下に響くヒールの音、ちらっとドアを開けてあの女性の後ろ姿を見た。


 あの綺麗な女性はお兄ちゃんの彼女…?

 すごくいい香りがするし、その華奢な姿にいじけてしまう。やはりお兄ちゃんはあんな女性が好みかな…?私は背も低いし、あんまり可愛くないし…。今ならお兄ちゃんが私を女として見られないかもしれない。


「……それは嫌だ」


 そのまま玄関で15分待ってから、再び勇気を出してベルを押した。


「はいー。また何か忘れたんですか?」

「おはようございます…」

「あれ?雨宮?おはよう!」


 お兄ちゃんの体から先の女性と同じ香りがする。


「あの、この前に高校を見学する時に…。この学生証を拾いました…」

「あ、本当だ…。ありがとう…、雨宮が拾ってくれたんだ…」

「はい…。あの、私はこれで…」

「あ!待って!雨宮、アイスとか好き?」

「は、はい!」


 パジャマの姿もカッコいい…、あれ私が着ていたパジャマ…!

 なんでもないのに、それを見てドキッとしてしまう。お兄ちゃんは本当に大人になったような気がした。昔は私と同じくらいだったけど、今はすごく高くて…ジャンプしてもダメっぽい。


「あ、ごめん…。パジャマ姿で…先まで寝てたからね」

「はい…」


 先まで…、寝てた…って…、あ、あの女性と…ね、寝てた…?

 居間にあるテーブルの前に座って、私はお兄ちゃんが来る前までソワソワしていた。もし、彼女がいたら…やはり私みたいなチビはあの人の相手にならないよね…。


 二人、寝てた…。寝てた…って…。


「よかった。雨宮が来てくれて、俺一人じゃ食べ切れないから…」

「は、はい…!」

「あれ?雨宮、今日デートでもある?」

「デートですか?」

「うん。だって今日すごく可愛い格好してるじゃん…」

「……」


 お兄ちゃんのことを意識しすぎて…、つい…。


「いいえ…。ちょっと一人で出かけようかなと思って…」

「フンー、そうなんだ。チョコミント、メロン、抹茶、イチゴ!何食べる?」

「チョコミントでお願いします!」

「へえー、チョコミント好きなんだ…。俺もチョコミント好きだけど、一緒だ」

「じゃ…!他の…」

「いやいや、大丈夫。あげるから気にしなくてもいい、一緒に食べてくれるだけで嬉しいから」


 優しい…。でも、私のことはやはり思い出せないんだ…。

 約束…、したのに…。だから今、こうやって会いに来たのに…、お兄ちゃんは嘘つき…。幼い頃にした約束だったから忘れても仕方がないけど、私のことまで忘れちゃったのはショックだった。こんなにカッコいいのに、私の手が届かないところにいる。


「それ、美味しい?」

「は、はい!」

「よかったね」

「……」


 なんかちょっと寒くなってきた…。アイス、食べすぎたかな…。でも、お兄ちゃんがくれたアイスだから…全部食べないと…。


 少し震える手でアイスを食べていたら、お兄ちゃんが私に上着をかけてくれた。


「寒いんでしょう?うち、居間には暖房ができないから…。エアコンを部屋に設置して…。ちなみに、コタツはめんどくさいから捨てちゃった…、なんかごめん…」


 暖かい…。


「なんですか…。それ…フフフッ」

「どうせ、一人暮らしだからね?めんどくさいのはいらないって捨てちゃった!」

「それは怠慢です…!」

「うわ…、雨宮に一言言われたー」

「あっ、すみません…」

「いや、今のが自然で可愛いよ」


 やはり、お兄ちゃんは優しくていい人…。

 あれを言うのはもうちょっと待ってみようかな…。少しずつでもいいからお兄ちゃんが私のことを思い出してほしい、そして今は彼女もいるから余計なことはしたくなかった。こうやって二人でいるのも…、あの人には失礼かもしれない。

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