第15話 笑顔

 綾乃さんが部屋を出ていく気配がして俺は目を覚ました。

 たまに眠れない夜があるのか、深夜に出歩いてるのは把握していた。

 まあ綾乃さんのことだから非行に走っているわけではなさそうだ。たぶんコンビニにつまみでも買いに行ったのだろう。


 一度目が覚めたら中々眠れない体質なので、綾乃さんが帰ってくるまで待つことにした。


 およそ二十分くらいで綾乃さんは帰ってきた。

 部屋のドアを開けて入ってくる綾乃さんは起きている俺を見て苦笑いする。


「ごめん、出ていく時に起こしちゃったかしら」

「もともと眠りが浅いほうで慣れてるから大丈夫。それよりも、こんな夜中にどこに行ってたんだ?」

「コンビニよ。そこで旧友に会ったから少し話をしていたの」

「綾乃さんの旧友か……宮守さんが中学の頃の同級生だったらしいけど」

「ええ。今夜は高校の頃……私がこの町を離れる直前まで関わりがあった人と再会してね」


 その旧友は小鳥遊妃愛さんというらしい。

 なんだかアニメキャラみたいな名前だな。


「ひよりんはヒキニートで暇っぽいから、そのうち連れてきて一緒に遊ぼうかと思ってるの」

「へえ、いいんじゃないか。俺も綾乃さんも暇だし、似たもの同士で遊ぶのは楽しいかもな」

「ふふ、そうね」


 綾乃さんは微笑んだ。

 しかし、すぐに表情が変わって何か気にしているように俺から視線を逸らす。


「どうしたんだ?」

「いや……ハルくんは私の笑顔のこと、どう思ってる?」

「笑顔? 別に普通だと思うけど」

「いつものゲラ笑いじゃなくて、アイドルやってる時の笑顔はどう?」

「うーん……それも普通かな。もちろん魅力的だとは感じてるけど」

「媚びを売ってるように思わないのかしら」


 どうやら綾乃さんは自分の笑顔について疑問を持っているようだ。

 今までこんな質問をされたことはなかったので、もしかしたら旧友の妃愛さんに何か言われたのかもしれない。


 俺は少し考えた後、自分の素直な気持ちを伝えた。


「媚びを売ってるかどうかで考えると、売ってるんじゃないか? そりゃアイドルだし媚びを売るのが当たり前だと思うけど」

「そう……卑しい女だとは思わない? 不特定多数の他人に作り笑いを浮かべてるなんて」

「今更だな。アイドルってそういうものじゃないのか」


 アイドルは偶像と呼ばれるだけあって、ファンの理想であるために作り笑いもするし恋人の存在も伏せる。それを卑しいと思うかは人それぞれだろう。俺は別に気にならない。


「まあ、俺だけに本当の笑顔を見せてくれれば、それでいいよ」

「言うようになったわねぇ。なんだか昔のハルくんに戻ってきてない?」

「はは……そうかもな」


 綾乃さんと再会して、俺も少しずつ変わっていってるのだろうか。

 そうだとしたら、昔の俺に戻れるかな。

 向こう見ずで理想ばかり追いかけていて、何でもできるような万能感だけで突き進んでいた俺に。


「ハルくんにそう言ってもらえて気が楽になったわ。このお礼は筆下ろししてあげることでいいかしら?」

「いや、それは……まあ綾乃さんがそうしたいのなら……」

「ふふ、期待しててね。そのうち押し倒して童貞を奪っちゃうから」


 身を屈めて俺を覗き込むような体勢でウインクする綾乃さん。

 彼女の蠱惑的な仕草と、ふわりと香る甘い匂いにドキドキする。

 綾乃さんは冗談は言っても嘘はつかない。だから、そのうち本当に押し倒してくれるのだろう。


 ……薬局でコンドーム買っておいたほうがいいかもな。


「そろそろ寝直しましょう。私はともかく、ハルくんは明日も学校があるんだから」

「そうだな」


 明かりを消してベッドに入り込む。

 綾乃さんが爆速で眠りについた気配を感じて、俺も目を閉じるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る