第14話 【綾乃視点】ヒキニートひよりん
妃愛を公園にまで連れていき、ベンチに二人で腰掛ける。
少し距離を取って隣に座る妃愛。やはり緊張しているようで、視線がこっちを向いたり逸れたりと落ち着きがない。
「そう焦らないで。取って食ったりはしないから」
「綾乃ちゃんの言葉は信用できません……」
「妃愛は私のことが嫌いだったのかしら?」
「嫌いというより危険人物です……貞操的な意味で」
「そういう意味でひよりんを食べちゃうのもいいわね」
「ひいぃ……!」
妃愛の身体を舐めるように見ると怯えられる。
冗談はともかく、妃愛には聞きたいことがある。高校一年生の時に一緒のクラスだったが、接点はそれだけで、私は今の彼女を知らない。
まずは妃愛の今を知りたかったので質問してみる。
「今はなにしてるの? 高一の時は不登校だったけど」
「……なにもしてません」
「そうなんだ。働いたり大学に行ったりは?」
「……働いてもないし大学にも行ってません」
「つまりニートってことね」
「はい」
結局、妃愛は高校を中退してニートになったらしい。
中退したのが高二の頃なので、三年近く部屋に籠もってヒキニート生活を続けているのだとか。
生活費は親に任せっきりで申し訳ないと妃愛は溜め息交じりで語った。
「ひよりんの現状は分かったわ。ニートってことは暇ってことよね?」
「いえ暇じゃないです」
「さっきなにもしてないって言ってたじゃない」
「確かになにもしてませんけど、暇じゃないと言っておけば綾乃ちゃんが嫌なことを言わないでくれるかなと……」
「無駄な保険だったわね。仮に暇じゃなくても嫌なことを言うわ」
「ひぇぇん……!」
私がなにを言い出すかビクビクと身構える妃愛。
そんな彼女の手を取り、にっこり笑顔で私は告げた。
「今から私の家で遊びましょう!」
「嫌です!」
「どうして?」
「嫌なものは嫌です、もうほっといてください!」
妃愛は手を振り払おうと力を込める。
しかし私の手が、がっちりと彼女の華奢な手を掴んで離さない。
なぜか妃愛のことが気になって仕方がない。ここで逃がせば、たぶん部屋から引きこもって二度と出てこないような気がするので、この手を絶対に離すもんか。
私は妃愛の揺れる瞳を見つめて言う。
「相変わらず人が怖いのね」
「……そんなことありません」
「怖くないなら、私がそばにいても怯えなくて済むじゃない」
「……べつに怯えてません」
「いや怯えてるわよ。今のひよりん、肉食獣に追い詰められた小動物みたいな感じよ」
「みたいな感じじゃなくて、そのものだと思うのですが!」
あわあわしながらも言い返してくる辺り、昔よりも気が強くなったみたいで嬉しい。あの頃の妃愛は人間恐怖症が極まっており、私と一緒にいても怯えるだけだった。
私と妃愛は家が近所であり、不登校である妃愛のために私がプリントを届けに行っていた。最初はプリントを受け取ったらササっと家の中に逃げていく妃愛だったが、私がアプローチを仕掛けると徐々に玄関まで入れてくれるようになった。
なぜアプローチしたのかというと、妃愛の容姿が好みでお近づきになりたかったという邪な考えからだ。当時は両親の離婚を知って気落ちしていた時期だったので、もしかしたら私を受け入れてくれる人を求めていたのかもしれない。
といっても、妃愛が私を受け入れてくれることはなかったのだけれど。
私と妃愛は、たまに玄関で少しだけ会話する程度の浅い関係性に過ぎなかった。
やがて両親の離婚が正式に決まり、私は妃愛に別れの言葉も告げず、お母さんに付き添って町を離れたのだった。
「ま、今夜は遅いしいいわ。ひよりんの家は知ってるし、そのうち遊びに行くわね」
「絶対に来ないでください」
「つれないわねぇ。そんなに旧友と遊ぶのが嫌なの?」
「綾乃ちゃんは友達でもなんでもありません。アイドルなんて気持ち悪いです」
「気持ち悪い!?」
「たくさんの一般人に向けてつまらない笑顔を向けてるのが気持ち悪いです」
妃愛はアイドルの笑顔をつまらないと表現した。
つまらない、か。
確かに面白くはないかも。
「私って笑顔は得意なのよね。ひよりんも私の天真爛漫スマイルを向けられたら陥落すると思うわ」
「……はぁ」
心底呆れたように溜め息を吐き出した妃愛は、吐き捨てるように言った。
「そんな下らない笑顔に感激する落伍者なんていませんよ……」
「……そうなの?」
「アイドルの笑顔なんて、その他大勢に向けた大安売りのものじゃないですか。私みたいなダメ人間が良いなって思う笑顔は、苦しみを堪えながらも必死に頬を歪ませるような、ダメだけど美しい笑顔です」
妃愛は私を横目で見ながら、最後にぽつりと呟いた。
「昔の綾乃ちゃんは、そういうダメな笑顔の持ち主だったのですけどね」
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