第3話 同棲生活のお誘い

「もしかしたらフられるんじゃないかと思ったけど、ハルくんが告白を受け入れてくれて良かったわ~」

「なんだかんだ言って俺は綾乃さんに逆らえないからな……」

「ふふ、そういう弟分っぽいところも好きよ」


 俺たちは付き合うことになったわけだが、具体的に何をしていくのか。

 女性とお付き合いするのなんて初めてだから、さっぱり分からない。

 

 年上の綾乃さんにリードしてもらえたらな……なんて思っていたら、綾乃さんが腰に腕を回してきた。


「さっそく恋人らしいこと、しちゃう?」


 耳元で魅惑的な言葉を囁かれ、頭がぞくりとする。

 細くて長い綺麗な指で下腹辺りを撫でられ、不覚にも変な声が出てしまった。


「するわけないだろ、親父がいるんだぞ!」

「じゃあ二人きりならいいのね?」

「まあ二人きりなら……恋人だし……」


 でも俺が綾乃さんとそういうことをしてもいいのだろうか。

 冴えない男子高校生が国民的アイドルとイチャつくなんて、ファンの方々に刺殺されてもおかしくない。


 とりあえず下腹がじんじんしてきたので、これ以上好き勝手にされないよう綾乃さんの腕から脱出する。


「ま、今は今後のことを話し合うのが先ね」

「そうしてくれ……って、何か話すことがあるのか?」

「ええ。ハルくんには私と同棲してもらおうと考えてるんだけど」

「同棲!?」


 恋人になったその日のうちに同棲の話を持ちかけてくるなんて、積極的すぎやしないか。まだ心の準備も何もできてないぞ。


「ここの近くのマンションを借りたんだけど、結構広いのよね。一人だと寂しいし、彼氏と一緒に住みたいなって」

「そ、そうなのか……というか、地元暮らしに戻るんだな」

「アイドル活動を休止しちゃったからね。実家に戻るのも面白くないし、これからは好きな人と二人だけのラブルームで暮らしたいのよ」


 ラブルームって言うとラブホテルみたいで卑猥だな。

 天宮綾乃がアイドルをやめて彼氏と同棲。仮にゴシップ記者にでもバレたら大変なことになりそうだ。


 とはいえ、俺個人としては断る理由も特にないんだよな……綾乃さんと一緒にいたいのは事実だし。


「まずは親父と母さんに相談して――」

「すでに私から同棲の話は済ませてあるわ。元春さんも冬日さんも快く賛成してくれたわよ」

「おかしいな……なんで当事者の一人である俺がハブられて話が進んでるんだ」

「こうでもしないとハルくんの踏ん切りがつかないでしょ?」


 またウィンクする綾乃さん。

 昔と同じように手玉に取られている感がすごい。

 逆らったとしても綾乃さんに敵う気がしないので、いっそ流されるだけ流されることにした。


「同棲生活を始めるなら準備しないとな。本とかPCを持っていきたいんだけど、いいかな?」

「もちろん。部屋は広いから好きなだけ持っていくといいわ」


 綾乃さんのマンションに持っていく荷物を整理する。

 ひとまずは俺の生命線と言っても過言ではない小説とノートPCをリュックに詰める。本当はメインで使ってるデスクトップPCも持っていきたかったが、デカいし重いので後日親父に運んでもらうとしよう。


 必要最低限の物だけを詰めたリュックを背に部屋を出る。

 同棲の件を知っている親父は俺を車に乗せてくれた。綾乃さんはマンションの場所をナビしてくれるようで、ヘルメットをかぶってバイクに跨る。


「さあ、私とハルくんの愛の巣にレッツゴーよ!」


 バイクを発進させる綾乃さんはノリノリといった様子。

 それだけ俺と同棲することが嬉しかったのだろうか。

 あるいは別の理由があるのかもしれないが、綾乃さんが楽しそうならいいか。


「あの娘、アイドルやってる時よりも生き生きしてるかもな」

「親父は何度か綾乃さんと顔を合わせてたんだっけ」

「ああ、うちの事務所のアイドルが綾乃ちゃんと面識あってな。俺もたまに会って挨拶することがあった」

「アイドル活動休止の理由は知らされてないのか?」

「知らないな。興味があるなら本人に聞いてみろ」


 親父が車を走らせる。

 しばらく助手席で流れる見慣れた風景を眺め、俺が通う高校を通り過ぎて十分ほど進んだ先に綾乃さんが暮らすマンションがあった。


 近くのコンビニで車を降りた俺は親父と別れ、綾乃さんと一緒にマンションに入る。俺たちの住む部屋は一フロア一住戸であり、最上階のメチャクチャ広い部屋に足を踏み入れた俺はビビってしまう。


「すげぇ……さすがはトップアイドルの部屋だ」

「広いし外の風景は素敵だし、良い部屋でしょ?」

「確かに……良い景色だな」


 これまた広いバルコニーから見える街はジオラマみたいだ。

 市民たちの憩いの場所である水前寺江津湖公園も見渡せる。

 しばらく夕暮れ色に染まる巨大な湖を見ていると、綾乃さんが腰に腕を回してきて、耳元に吐息を吹きかけられる。


「騒音対策もばっちりだから、いくら喘ぎ声を出しても大丈夫よ?」

「あ、喘ぎ声って……」

「ハルくんは女をかせるのと女に啼かされるの、どっちが好みかしら?」

「ああもう、からかうのはやめてくれ綾乃さん!」


 隙あらばエロい誘惑をしてくる綾乃さんに声を荒げる。

 昔はこんな人じゃなかったのに、一体どんな心変わりがあってこうなったんだ……。


「ま、ハルくんとじゃれ合うのは程々にして、夕食前にシャワーでも浴びてきましょうか」


 髪を結んでいたゴムを解きポニーテールからロングヘアーに変わった綾乃さんは浴室に向かった。俺は綾乃さんがシャワーを浴び終わるまで、持ってきた荷物を部屋に配置することにした。

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