第2話 国民的アイドルに告白された
綾乃さんは俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと動かす。
「大きくなったわね~! 少しお父さんに似てきたんじゃない?」
笑顔で俺の頭を撫でる綾乃さん。
突然の来訪に頭が回らないので、綾乃さんの言葉に頷くことしかできない。
困惑する俺に気づいたのか、頭を撫でるのをやめた綾乃さんは、豊満な胸を抱えるように腕を組んで再びウィンク。
「とりあえず上がらせてくれない? あなたの両親とも挨拶したいし」
「分かった……」
ようやく絞り出せた小さな声に綾乃さんは笑う。
「なーに緊張してんのよ! 愛しのお姉さんが戻ってきたんだから、はしゃいで喜びなさい!」
無邪気な笑顔でバシバシ背中を叩かれる。
緊張してるのは確かだし、はしゃいで喜ぶほど子供でもない。
今や国民的アイドルになった綾乃さんと、どう接していいのか分からなかった。
ひとまず綾乃さんを家に入れたら、親父がリビングから出てくる。
「綾乃ちゃん、早かったな」
「ハルくんに会えるのが楽しみでバイクかっとばしてきたからね。冬日さんは仕事?」
「そうだ。夕方には帰ってくる。うちの息子のどこが良いのか分からんが、精々よくしてやってくれ」
「そのつもりよ」
なんか勝手に親父と綾乃さんの間で話が進んでいる。
どうやら親父は綾乃さんが戻ってくることを知っていたみたいだ。
「話があるからハルくん借りるわね? さあ、行きましょうハルくん」
「ちょっと、綾乃さん……」
綾乃さんに手を取られて引っ張られる。
俺の自室を覚えてくれていた綾乃さんはドアを開け放ち、簡素な部屋内を見回した。
「物が少なくて男の子の部屋って感じね~。あ、私のデビューアルバム発見!」
気兼ねなく部屋に入った綾乃さんは、物珍しそうに本棚やデスクトップPCを見た後、丸テーブルの前に正座して俺を手招きする。
「話があるから、ハルくんも座って」
「は、はい」
おどおどと綾乃さんの前に座り、丸テーブルを挟んで現役トップアイドルと対面した。綾乃さんは相変わらず無邪気な笑顔を浮かべて快活な声で言う。
「私が地元に戻ってきたのはハルくんに会うためよ」
「どうして俺に?」
「昔の約束を果たしに。私が都会に引っ越す前に言ったことを覚えてる?」
「まさか、結婚の約束のことか?」
「正解! ちゃんと覚えてくれていたのね、嬉しいわ」
綾乃さんは腕を伸ばし、またもや俺の頭を撫でる。
五年前、家庭の事情で都会に引っ越すことになった綾乃さんは、別れの日に俺と一つの約束を交わしてくれた。
それは、もう一度会えたら結婚すること。
綾乃さんのほうからプロポーズしてくれたので、めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。中学二年生ぐらいまでは、いつ綾乃さんが戻ってきてくれるか楽しみで仕方なかった。
しかし、高校生になった今では、綾乃さんと結婚するなんて叶うわけがないと諦めていた。さして取り柄もない普通の男子高校生が、今を賑わせる国民的アイドルと添い遂げるなど、そんなモテないオタクの妄想みたいなことは現実じゃ有り得ない。
そう、有り得ない……はずだったのだが。
「私が結婚の約束を本気にしていたなんて信じられないって顔ね。ずっと一途にハルくんを想っていたのに、悲しいわ」
ぐすぐすと鼻を鳴らし、目元を手で覆う綾乃さん。
まさか泣くなんて思わなかったので、慌てて綾乃さんを慰める。
「俺もずっと綾乃さんを想ってたから! 泣かないでくれ!」
「ええ、泣かないわ。言質は取れたからね!」
悲しげな表情を一瞬で元の勝ち気な表情に戻し、悪戯した子供みたいに笑う綾乃さんに俺は騙されたのだと悟る。若手女優の中でも一流の演技力を駆使して泣き真似するなんてズルい。
「私たちは相思相愛ってことが分かったわけだし、さっそくハルくんに告白しようかしら」
「告白って……」
「あの頃ははっきりと伝えられなかったからね」
こほんと咳払いした綾乃さんは、俺の目を真っ直ぐに見つめ、言った。
「好きよ、ハルくん。もう一度、あの頃のように一緒にいたいわ」
「それは……俺も綾乃さんと一緒にいれるなら、いたいけど」
「なにか問題でもあるの?」
「問題だらけかと……普通の男子高校生の俺なんかがアイドルの綾乃さんと親密な関係になるなんて、おこがましいし」
「なーにくだらないこと言ってんのよ、もっと自信を持ちなさい!」
立ち上がった綾乃さんにガッチリ肩をホールドされ、真摯な目を向けられる。
「一緒にいたいという気持ちに立場なんか関係ないわ。私はどんなイケメンや金持ちのおじさんよりもハルくんと添い遂げたいって思ったの」
「どうしてなんだ……俺なんかのどこが」
「はっきりとは分からない。たぶんフィーリング」
フィーリングで将来の相手を決めてもいいのか。
マイペースな綾乃さんらしくもあるけど。
「いきなり結婚なんて無理だとは私も思うし、お付き合いから始めない?」
「それは彼氏と彼女になるってことか」
「そう。五年間も離れてたんだし、まずは今のお互いのことを知るべきよ」
「それなら、いいかな……」
結局は綾乃さんに押し切られてしまう俺であった。
そういえば、昔もこんな風に彼女の勢いに押されることがあったな。
普段は年上のお姉さんぶるくせに、自分の意見を押し通したい時だけワガママな子供みたいで……だけど、そんなところが可愛くて好きだった。
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