普通の男子高校生、国民的アイドルの彼氏になって養われる
夜見真音
第1話 国民的アイドルの活動休止
人は高校生にもなると自分の限界を知る。
子供の頃の、自分はなんでもできるという万能感は彼方に消え失せ、才能のなさを自覚して保守的になる。
なにか新しいことにチャレンジする気力もなく、ただ惰性に日々を過ごす。それが俺、佐倉春希のつまらない人生だった。
今日も朝に起きて、学校に行く準備を始める。
顔を洗って髪を整えてリビングに行けば、親父がスマホを弄りながらコーヒーを飲んでいた。
「起きたか春希。今日も冴えないツラしてるな」
「それが自分の子供に言う台詞かよ」
親父はハハ、と笑ってスマホから顔を上げた。
渋い顔つきと肉食獣染みたツリ目が俺を見る。元俳優の親父は若い頃から相当モテていたらしく、美人看護師の母さんに一目惚れされて数年の交際の後に結婚した。我が親ながらリア充にも程がある。
「今日は仕事休みなのか?」
「ああ、若手アイドルの育成も一段落ついてな。今後は余裕を持った生活ができる」
親父は俳優引退後に芸能事務所を立ち上げた。
そんなに大規模な事務所ではないが、若手アイドルの育成に尽力しており、親父の事務所から有名になったアイドルも少なくはない。
再びスマホに視線を落とした親父は、どうやら芸能界の情報サイトを眺めているみたいだ。
「これは結構なビッグニュースだな」
「アイドルの不祥事でも起こったのか?」
「不祥事ではないが……朝のニュースでも公開されているだろう」
親父がテレビをつけると、ニュースキャスターが今月のホットなトピックを読み上げるところだった。
“人気アイドルの天宮綾乃、突然の活動休止”
「綾乃さんが……」
今を賑わせるアイドル、天宮綾乃。
抜群の容姿とスタイルの良さを持ち、アーティストや女優としても活躍中。高校生から芸能界に入り、わずか三年でトップに上りつめた稀代の天才アイドル。今年の女性アイドル大賞でも堂々の最優秀賞を取って世間の注目を集めている。
そんな人気者の彼女がアイドルの活動をやめるなんて……。
「芸能界も華々しいことばかりじゃないからな。綾乃ちゃんも思うところがあったんだろう」
親父は冷静に分析し、マグカップを呷る。
綾乃さんとは家族同士の付き合いがあり、小学生の頃にお世話になった。綾乃さんが都会に引っ越してからは会う機会もなく、五年が経過している。
アイドルになった綾乃さんの晴れ姿は俺もテレビや雑誌で十分見ており、だからこそ突然の活動休止が信じられない。特に不祥事を起こしたわけでもなく、重い病気にかかったという発表もない。ただ無期限の活動休止という事実だけが報道されていた。
「そろそろ学校に行け、遅刻するぞ」
「そうだな……」
綾乃さんの件は気になるが、俺には無関係だ。
今となっては俺と綾乃さんに接点はないのだから。
朝食を済ませて家を出る。
何事もなく登校を済ませ、教室に入った。
自分の席につくと、隣の席で金髪の女子が友達と話していた。
「あやのんが活動休止なんてマジでショックすぎるよ~! そんな素振り全然なかったのに~!」
「そうだね。アイドル大賞を受賞したばかりだったのに」
金髪ギャルである藤原有咲さんが泣きべそをかきグスグスと鼻を鳴らす。その前でクールに佇むのは黒色のミディアムヘアを目元にまで伸ばした柳流歌さん。
二人は毎日一緒に話しており、仲良しであることがクラスでも周知されていた。
俺は藤原さんと柳さんの声を耳にしながら、鞄から小説を取り出して読み始める。ホームルームが始まるまで暇なので、こんな時は読書に限る。
「こんな絶好調の時期に休止はマジでもったいないって! 佐倉くんもそう思うよね!?」
「え……」
いきなり話を振られて驚いてしまう。
藤原さんは俺に詰め寄ってきた。
女子特有の甘い香りが漂い、俺なんかが吸い込むのは申し訳ない気がしたので一瞬だけ呼吸を止めてしまう。
「やめなって有咲。佐倉くんが驚いてるでしょ」
柳さんが藤原さんの肩を掴んで引き寄せる。
そして慰めるように藤原さんを抱きしめながら、柳さんは穏やかな表情で言う。
「読書の邪魔しちゃってごめんね、佐倉くん」
「いや、いいよ」
俺は問題ないという旨を告げて本に視線を戻す。
しばらく藤原さんと柳さんは綾乃さんについて語っていたが、先生が教室に現れたので自分の席についた。
いつもの授業、いつもの学校生活を終えて放課後になった。
俺は真っ直ぐ家に帰宅し、自室のベッドでスマホを弄る。
綾乃さんのことが気になって調べてみたが、休止の理由はネット民でさえも推測できず、困惑だけがSNSや情報サイトに広がっていた。
スマホを枕元に置いて息をつく。
その時、耳にバイクのエンジン音が流れ込んできた。
バイクは俺の家の前で止まったようだ。恐らく配達人か誰かだろう。インターホンの音がなったので、部屋を出て玄関に向かう。
「はーい、佐倉です……って、え?」
玄関のドアを開いた瞬間に俺は声を止めてしまう。
目の前にいたのは、サングラスをかけた茶髪ポニーテールの女性。
コートを着こなした長身の女性はサングラス越しでも美人であることが分かる。その整った顔は俺もテレビや雑誌で見慣れていて、驚きのあまり声を上げてしまった。
「あ、綾乃さん!?」
「久しぶりね、ハルくん。愛しのお姉さんが戻ってきたわよ」
サングラスを外してウィンクする美人お姉さんは、間違いなくトップアイドルの天宮綾乃さんだった。
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