6 カーテンコール

「戦勝記念のお祝い? それをこの街で?」

 不死の魔物アンデッドの進攻と、それに続く黒幕サンダルの魔王化による死闘から何やかんやで一週間余りのち。

 幸いにして今回はセレスも丸一日寝込んだだけで復活したので、三人共すっかり体調は元通りに戻っている。

 あれから不死の大魔導士リッチが再び襲って来る気配はない。

 迷宮と繋がった坑道の奥深くは人為的に引き起こされた崩落で塞がれたので、新たに岩喰い蟲ロックイーターが使役されるようなことがない限り心配には及ばないだろう。

 事件を引き起こしたサンダルの裏付け調査は着々と進められているものの、特に新事実の発見には至っていないようだ。不在となった商人ギルド長の座は、臨時の代行が務めているが、近々正式に任命される見通しとのこと。

 そして俺達はというと、今日はパーティー全員でハンマーフェローの冒険者ギルドに顔を出していた。

「はい。今から一週間後に執り行われることが正式に決まりました」

 ギルド長室の応接ソファーで向き合った職員のお姉さんが、にこやかな笑顔でそう告げる。

「しかし、亡くなった方も大勢いますし、街の被害も甚大だというのに、追悼式というならともかく、お祝いは不謹慎ではありませんか?」

 俺は思い付いたことを言ってみる。

「確かにそうした反対意見はありました。ですが、これは主に対外向けにハンマーフェローの健在ぶりをアピールする狙いもあるのです」

 真顔になったお姉さんが、裏事情を打ち明けた。

 そういうことなら確かに戦勝祝いというのも頷ける。

 恐らく周辺国からは復興支援にかこつけた様々な内政干渉圧力が掛かっているだろうから、それを撥ね付ける意味でも必要不可欠なことなのだろう。

 一応、犠牲者の追悼式もその中に組み込まれるそうだ。

「ついてはセレスさん達にも是非とも式典への参加をお願いしたいと、参事会から冒険者ギルドを通じて要請が届いています。冒険者ギルド長からも個人的に頼むよう申し付かりました」

 当のブルターノ氏は、今日のところは不在のようだ。さすがに後始末やら復旧事業やらに忙しくて、のんびりと腰を押し付けてはいられないらしい。

 しかし、少しばかり困ったことではある。

 実を言うと、銃を手に入れるというハンマーフェローに来た当初の目的は粗方済ませたとして、そろそろ次の目的地目指し旅立とうかと考えていたところなのだ。これ以上居座っても当面、銃の改良に大きな進展は望めそうにない故。

 そのことはセレスとミアも了承済みである。

 そもそも初めの予定より随分と長居しているのだ。本来ならとっくに王都に到着していてもおかしくはない日数が経過している。

 結局、その場での返事は保留にして、少し考えさせて欲しいとお茶を濁した。恐らくは要請に応じて留まることになるだろう。別段、急ぐ旅路でもないしね。


 ギルド長室を辞した俺達は、一階の受付に向かう。

 襲撃からは一週間以上経っているので、冒険者達もぼつぼつと日常の依頼に戻りつつある。事件で溜まりに溜まった定例の業務をこなさなければ、あちらこちらで支障が出かねない現状なのだ。

 もっとも午後のこの時間帯ではほとんどの冒険者が出払っており、たまたま依頼を受け損なったとみえる顔馴染みの何人かと雑談を交わす程度で、全体的にロビーは閑散としていた。

 ガルドやスヴェンの姿も今はここにはない。

 ちなみに今回の騒動での活躍によりスヴェンは念願だった黄金級への昇格はほぼ決定的だそうだ。申請して正式に決まればハンマーフェローで四人目の黄金級冒険者の誕生ということになる。

 気の早いことに彼は早速、『魔王殺しの貴公子』なる二つ名の候補を挙げていたが、魔王を討ち斃したのは彼一人の功績ではないので、たぶん浸透することはないだろう。せいぜい『魔王殺しの手伝い』とかにならないよう祈った方が良いと思う。

 なお、一部で俺の通り名を『魔弾使いの女神』に定着させようという動きがあったものの、全力で拒否しておいた。一刻も早く忘れ去られて欲しい。頼むからそうなってくれ。

 他にも翡翠級以下の何名かの昇級は確実らしいが、残念ながら現黄金級冒険者が真銀ミスリル級や皇鋼アダマンタイト級に叙せられることはないそうである。

 理由としてはあくまで皆で協力し合っての成果であり、個々で突出した実績を上げたわけではないからとのこと。一人で魔王を足止めするくらいでないと無理っぽい。

 そんなことができそうなのは俺が知る限りでは鋼鉄王だけだが、果たして世界には他にもいるのだろうか?

 俺とミアにも内々に昇級の可能性は示唆されたが、俺の場合は一応所属がまだクーベルタン支部であることと、どうせ王都に行けばそちらに所属を移すことになるだろうから、ミアを含めてそれからでも遅くはないと先延ばしにしている。


「ミア、復讐やめる。あんな風になりたくない。父や母も喜ばない」

 一連の騒動を経た中で得た数少ない朗報の一つが、そんな風にミアが言い出したことだ。似たような境遇のサンダルが辿った末路を見て、彼女なりに思うところがあったのだろう。

 ただし、魔王となったサンダルがずっと自分の意思で行動していたかは疑問だ。きっかけは確かに本気で復讐する気だったかも知れないが、いつの間にか魔族に心まで支配されて、止める機会を逸していたとも考えられなくはないからである。

 復讐は何も生まない、などと大上段に言い切るつもりはないが、三十年もの間、復讐だけを糧に生きるのはそれなりに過酷な道のりだったのではないだろうか。

 何にせよ、ミアが復讐心を捨てられたのなら喜ばしい限りだ。

 その点だけは奴に感謝するとしよう。

 俺は頭を振って、思考を目の前の現実に切り替えた。

 今は三人で集まり、ギリルの工房にて今後のことを話し合っている最中だ。工房の主であるギリルは、用事があるとかでどこかに出掛けている。

「それじゃあ、戦勝祝いの翌日に出発ということでいいわね?」

 そう言ってセレスが確認を求めてきたので、俺は首肯する。

 結局、俺達は出発を戦勝祝いが済むまで持ち越すことにしたのだ。

 まあ、引き留められた主たる理由はセレスにあるだろうから、俺やミアは気楽に祭り見物を愉しめば良いだろう。

 ミアも大掛かりな行事を見るのは初めてとのことなので、「ん、愉しみ」と今から本番が待ち遠しそうだ。

 そんな風に思っていたらセレスが呆れたように口にした。

「何を言ってるのよ。あなた達だって当日はあちらこちらに引っ張り回されるに決まってるじゃない。覚悟しておくことね」

「へっ? 何で?」

「何でって、自分が何をしたか憶えてないの?」

 憶えていないことはないのだが、大部分は内緒にしていることのはずだ。この場にはそれを知る三人しかいないので、改めてセレスがその事実を述べる。

「伝説の鋼鉄王を味方につけて、不死の大魔導士リッチを追い返したのよ。魔王に対してだって、止めを刺すきっかけを作ったのはユウキなんだし、そんな人を放って置くわけがないでしょ」

「でも鋼鉄王は自ら支配を打ち破ったことになっているし、不死の大魔導士リッチはその鋼鉄王が退けたことにしたじゃない。魔王に関しては街の人全員で斃したようなものだし、私は単に届けられた魔弾を撃っただけなのに」

「だとしてもよ」

 セレスに言わせると、公になっている活躍だけでも俺やミアは充分注目に値する存在らしかった。黄金級冒険者と肩を並べて戦う者として普通ではあり得ないほど低ランクである上、グレランもどきやWASPワスプナイフは目立つので、ある意味当然かも知れない。

「はぁ」

 俺はげんなりした顔で溜め息を吐く。魔眼のこともあるので、なるべくならひっそりとしていたいのだ。

「今回は諦めなさい。どうせ翌日には居なくなるんだし、そうなればすぐに忘れられるわよ。この街も催しが済んだらそれどころじゃなくなるでしょうしね」

 セレスの言う通りに違いない。早急に復興して名目だけでなく、実際的にも問題が無くなったことを外部に示さなければならないためだ。

 この戦いで大切な人を亡くした遺族からすれば、悲しむ時間すら満足に与えられないことになるが、ハンマーフェローを取り巻く微妙な情勢を考えると、やむを得ない話だろう。

「ところでユウキ。そう言えばあなた、鋼鉄王から何か貰っていなかった?」

 一瞬、沈みかけた空気を振り払うかのように、セレスが話題を変えた。

「ああ、これね。ただの指輪みたいなんだけど……」

 俺は懐から形がツイスト状になっている以外に一見すると何の飾り気もない、くすんだシルバーに見えるリングを取り出した。

「まだ身に着けてなかったの? どうして?」

 セレスが指摘したように、受け取ったは良いものの、サンダルとの一戦でも嵌めることなく、ここまでずっと持ち続けているだけだった。

「だって装飾品の類いは、手に入れても安易に身に着けるなって教えてくれたのはセレスじゃない」

 冒険の最中に装備品を見つけることは、さほど珍しくはない。大抵は先客の冒険者が落とした遺留品などだが、中には罠ということもあり得る。特に指輪や腕輪、首飾りといった装飾品は、呪いが掛かっている場合も多く、不用意に装備しないよう注意されていたのだ。

 通常は物品の鑑定スキルを持つ神官や魔術師に、それなりの金額を払って危険性がないことを確認してから売るなり自分で使うなりする。

 ただし、品定めしても鑑定料の方が高く付く場合がほとんどなので、そのまま二束三文で売り払うことも少なくない。厄介なのは見た目と秘めた価値が一致しないことだ。凝った造りだからと鑑定したものの、ただのアクセサリーだったり、逆に平凡そうに見えた品が貴重なマジックアイテムだったりするので、一種の宝くじめいた運試しの要素になっている。

 そのため、中には「お試し屋」と呼ばれる職業まで存在するそうだ。基本的に生活に困窮した者がやる汚れ仕事で、要するに得体の知れない品を僅かな金と引き換えに身体を張って試すことらしい。

 場合によっては身に着けただけで死に至る呪いもあるので、まさに貧乏と無知に付け込んだ醜い商売と言える。

 無論、そんなことを頼む気にはなれない。

 だが、正式に鑑定して万一、とんでもない品で騒ぎになっても困る。かの英雄の持ち物だけに、あながち大袈裟とは言えないのがもどかしい。だから、どうするか迷っていたのだ。

「普通は警戒すべきことだけど、鋼鉄王がくれた物なら大丈夫でしょ」

 お気軽にセレスはそう言う。

〈うーん、まあ、確かに鋼鉄王が俺を陥れる理由はないけどさ〉

 状況から言って、お礼代わりにくれたことは間違いないだろう。

〈セレスもああ言っていることだし、一丁試してみるか〉

 伝説の英雄が身に着けていた物だけあって、どんな凄い効果があるのかセレスは興味津々といった表情だ。これで只の思い出の品だったことを考えると、がっかりした反応を見るのがちょっと怖い。

 ミアはあまり関心がないようで、窓の外を通る辻馬車を眺めている。

「じゃあ、やるわよ」

 そう言うと、俺は思い切って右手の中指に指輪を通した。

 やや大きめな感触だったが、根元まで押し込んだ途端、吸い付くように指にピッタリと納まる感じがした。

 次の瞬間、頭の中でファンファーレ──が鳴り響くことはなく、特に体調に変化も訪れずにあっさりと装着できた。

 何だ、こんなものか、と思った矢先、周囲の物音や景色が遠ざかる錯覚を覚える。通りを行き交う人々の話し声も、あの日以来常にどこかで続けられている工事の喧騒も、目の前で覗き込むセレスの見慣れた美少女顔も、まるでスクリーンを隔てた映画の中の出来事のようだ。

 一瞬、勘違いかと思う。

 辺りが静寂に満たされる中、性別を感じさせない妙に明瞭な声で頭に届く、その言葉。


『──初めまして、新たなるマスター。これより私はあなたの物です』


《ハンマーフェロー編 完》

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