5 決戦! 城塞都市

 魔王と化したサンダルに対し最後まで足掻くと決め、その直後にルンダール氏が檄を飛ばした。四半刻足止めせよ、と。

 俺達はそれに従い、奴をこの場に踏み止まらせている。

 あれからどれほどの時間が経過したのだろう? いつの間にか辺りは宵闇に包まれている。街灯代わりに焚かれた篝火の明るさだけが頼りだ。

 確実に四半刻以上は経ったと思われるが、体感時間なので当てにはならないかも知れない。

 慣れ親しんだ単位で表現したら僅か三十分とはいえ、全力で戦い続ければそれなりに疲労は溜まる。まして斃せる目処が立たない現状では、精神的な負担も大きい。

 それでもここまで大きな犠牲を出さずにやってこられたのは、やはりセレスを始めとする黄金級冒険者達の奮闘ぶりによるものだ。

 だが、それも限界に近付きつつあった。

「準備とやらはまだか?」

 ゴドフリートが折れた大剣を振り回しつつ、そう叫ぶ。

「幾ら何でも働き過ぎと言うものよ」

 大盾使いのダリオが、ここまでの連戦をそのように評してぼやく。

「さすがにこのままだと厳しいのぉ」

 ガルドまで弱音とも取れる発言をして、市内の中心部を振り返った。

「危ないッ!」

 その時、ガルドを狙ってサンダルの棘付き尻尾の攻撃が襲いかかる。その前にセレスが警告と共に割り込んで、何とか事なきを得た。

「すまんかったな、お嬢。おかげで助かったわい」

「疲労が溜まってみんな注意力が落ちてきているのよ」

 セレスとガルドが息を吐きながら、そんな会話を交わす。

 俺はと言えば通常弾を使い切ってしまったので、今は何もできずに前衛陣の戦いを見守るのみだ。

 そこへようやく、部下からの報告を受け取ったルンダール氏が新たな指令を発した。

「皆の者、待たせたな。準備は整った。奴を大通りへ誘導するぞ。正面の者達は道を開けよ」

 その言葉を聞いて、今まで真正面で戦っていたセレス達が徐々に後退を始める。それに釣られるように魔王サンダルも動き出した。

 先の不死の魔物アンデッドとの戦いで無残に荒れ果て、あちらこちらがひび割れたり、めくれ上がったりした石畳の大路。

 そこへ巨大な体躯を揺らして、サンダルが足を踏み入れる。一歩ごとにバキバキとまだ無事だった足許の石板が割れる音と砂塵を舞い上げながら、大通り同士が交差する広い四つ角へと近付いていく。

 その中央に到達した時、ルンダール氏が四方に合図を送った。

「今だ。やれ!」

 途端に建物の影に隠れていた冒険者や義勇兵らが仕込んでいた鎖を引き始める。

 大の大人が両手で抱え込まなければ持てないほどの巨大な鎖は、土を被すようにして地面に隠されており、引っ張られて順に姿を現すと、向かう先は魔王サンダルの足許まで伸びていた。

 その輪っかになった先端が奴の足首を捉える。同様に逆の足も向かい側の義勇兵達が引く鎖に絡み取られた。

 さらに別の鎖が現れて、サンダルの胴を次々と締め付ける。その数は十本近くに上るようだ。

 身動きを封じられたサンダルが力任せに鎖を引き千切ろうとするが、それを見てルンダール氏が自信たっぷりに宣言した。

「その鎖はこの街の職人が日々丹精を込めて造り上げている物よ。やすやすと切れたりせんわ。ワシら鍛冶職人のプライドが詰まった縛鎖、逃れられるものならやってみるが良い」

 あれは重い建材などを持ち上げるため用のものらしい。恐らく只の鋼鉄製ではなく、ファンタジー素材の合金が用いられているのだろう。

〈これが準備していた対抗策か〉

 そう思ったが、ルンダール氏の指示はそれだけに留まらなかった。

「ちょうど良い位置だ。皆の者、アレを引け!」

 その掛け声をきっかけに、別の鎖が交差点を斜めに横切るように空中へと持ち上がる。ただし、その端が繋がっているのはサンダルにではなく、大通りの横にそびえ立つレンガ造りの建物上部だ。

 魔王となったサンダルの身長よりもさらに高いその塔のような構造物は、ハンマーフェローで最大の規模を誇る高炉と聞き及んでいた。予め土台に細工でも施されていたのか、それがルンダール氏の合図で惜しげもなく引き倒され、大量の瓦礫が溶けた金属と混じってサンダルに圧し掛かる。

「サンダル──いや、魔王よ、思い知ったか。これがワシら流の戦い方だ。お主を斃すためなら高炉の一つや二つ、失っても惜しくはない。戦いが済んだらすぐに再建して見せようぞ」

 ルンダール氏はそう言うが、無茶をする人達にも程がある。

 下手をすれば、この街が独立自治を維持する上で欠かすことのできない生産力に大打撃を与えかねないのだ。

 そうでなくとも貴重な建物であることに変わりはあるまい。

 俺は呆れ果ててその光景を見守った。

 ただ確かにそれなりの効果はあったようで、濛々と土煙と蒸気が上がる中、崩れた建物に半ば埋まりながら、サンダルが苦悶の唸り声を上げる。さすがの魔王でも全身を鎖に縛られた挙句、足許のほとんどが瓦礫の下敷きになっていては容易に抜け出せない模様だ。

 それでも尚、抵抗を続け、僅かに緩んだ鎖の一本を掴むと強引に振り回した。

 その勢いに負けて鎖に取り付いていた大部分の者が払い落とされる。

 運悪く手を放すのが遅れた何人かは、そのまま鎖ごと付近の建物の壁に叩き付けられた。

 しかし、それに怯むことなく、声が掛かる。

「もっと人数を増やせ! 手の空いている者は協力しろ! 奴を自由にするな!」

 それに応えるように、鎖には冒険者や義勇兵ばかりでなく、付近の住民までが駆け付けサンダルを繋ぎ止めようとする。

 そしてこのチャンスを逃すまいと、セレス達前衛陣が一斉に躍りかかった。

「魔王、覚悟せよ!」

「ぬぉおおおお、行けぇえええ!」

「喰らえ、獣王真空斬!」

 中でもゴドフリートが何やら必殺技名めいたものを叫んで斬りかかっていたが、俺には単なる袈裟斬りにしか見えなかったのは言わずしておこう。

 だが、奴の瘴気の防壁は簡単には破られてくれないようだ。

 手をこまねいて見ているしかできない俺は、歯噛みする。

 そこに場違いな声が響き渡った。

「おーい、ユウキよ。良い物を持ってきてやったぞい」

「ギリルさん!」

 声の方を振り向くと、ギリルが片手を振りながらやって来る。

「危ない。下がって!」

 呑気な足取りで戦場に近寄ろうとするギリルを両手で制して、その場に踏み止まらせる。幸いなことに、すぐにドリルらが追いつき彼を抑えた。

「ええい、離せ。勘違いするでない。ワシはユウキに届け物をしようとしただけじゃ。ホレ、これを使ってみよ」

 ギリルが手に持った何かを頭上に掲げてみせた。どうやらグレランもどきの弾らしい。

「ミア、お願い。受け取って来て」

 俺は傍にいたミアにそう頼む。

 頷いたミアが、足場の悪さをものともしない軽快なステップでギリルの方へ駆けて行く。グレネード弾を受け取って、あっという間に戻って来た。

「急場しのぎで造った物だから一発しか用意できなんだ。役に立つかわからんが、試してみるがええ」

 そう言い残してギリルは、ドリル達に腕を引かれどこかへ連れ去られて行った。

 手にした弾丸は黒色に塗られた、これまでに見たことのない種類の物だ。中にどんな効果が及ぶ魔石が封じられているのかは見当が付かない。

〈どうする? ギリルを信用して使ってみるべきか?〉

 失敗すればサンダルに力を与え、再び自由にしかねない。

 かといって、今のままでは決定力に欠け、止めを刺すには至らなそうだ。

〈こうなったらままよ。成るように成れだ〉

 俺は意を決して、受け取った魔弾をグレランもどき試作二号機に装填する。

 狙いは魔眼で視ても瘴気で覆われた全身が真っ黒なため、適当に瓦礫から覗く上半身の中心に向ける。

〈頼む。何かしらの意味があってくれ〉

 そう祈りながら引き金を引いた。

 放たれた魔弾は狙いに寸分違わず命中し、乾いた破裂音を立てる。

 と同時に対レーダー用デコイであるチャフを連想させる黒い鱗粉状のものがばら撒かれ、その一粒一粒に吸い込まれる形で奴を取り巻く瘴気が薄れていく。

〈あれは……闇石か!〉

 どうやらギリルが急ごしらえした魔弾は、闇石を詰めた物だったようだ。そういえば闇石には魔力を吸収する性質があるみたいな話をしていたような──。

〈瘴気も魔力の一種なら取り除けると考えたってわけだ〉

 恐らく、この状況では魔法はもちろん、他の魔弾も使えなくなるはずで普通なら自分の首を絞めかねないが、奴に関しては元々通用しなかったので障害にはなるまい。

 瘴気が晴れたおかげで、サンダルの弱点もはっきりと〝視〟える。

「魔王から瘴気が消えたぞ。今だ。前衛陣は全力で仕留めに掛かれ!」

 ブルターノ氏の号令の下、ガルド達を中心とする上位冒険者が積み上がった瓦礫を足場にして、弱った魔王に一気に止めを刺そうと挑みかかる。

 彼らは一様に、如何にもな弱点に見えるサンダルの元の姿をした上半身を狙うが、実はそれはダミーだ。サンダル自身も本能的にか庇うふりをして見せているので、騙されるのも無理からぬことと言えるだろう。

 本当の弱点は別にある。そこに一番魔力の流れが集まっていた。

「セレス、狙うは奴の右肩よ。スパイク状の突起物のすぐ下が急所になっているわ」

 こっそりと引き留めていたセレスに、魔王の心臓らしきものの位置を告げる。

サンダルを斃して来て・・・・・・・・・・

 最後にそのように言って、彼女を送り出した。

 そこからの行動は手早く、セレスは一気に瓦礫の山を駆け上がると、一瞬で奴の眼前へと迫る。

 その勢いに不吉なものでも感じ取ったか、サンダルは他の冒険者達に対するダミーを庇う素振りを止め、全力でセレスを潰しにかかる。

 常人なら目で追うのもやっとだったであろう両腕から繰り出された凄まじい拳撃をセレスは華麗な跳躍で避けた。だが、空中へも奴の背後から伸びた棘付き尻尾が向かい、迎撃を試みる。

 しかし、その攻撃は知らぬ間にセレスに追従していたミアが防いで、後背の憂いがなくなった彼女は躊躇することなく、サンダルに突進して行った。

「──※&ッ*%」

 肩口に深々と突き刺さったセレスの愛剣を見ながら、サンダルが断末魔の呻きを洩らす。無念の嘆きとも後悔の懺悔とも取れる響きだった。

 やがて、皆が見守る前で奴は動きを止めて、その巨体は経年劣化したコンクリート塀がボロボロと剥がれ落ちるように崩壊していく。どういうわけか元の上半身だけは風化せずにそのまま残っていた。

 憑りついていたはずの魔族は、姿を現すこともなくサンダルの死と共に消滅したようだ。闇石弾を撃ち込んだ際、一瞬黒い影みたいなものが見えた気がするので、もしかしたらその影響だったのかも知れない。

 最期は意外と呆気ない幕切れだったが、これも大勢の人間が諦めずに踏み止まったことと、幾つかの幸運が重なった結果と捉えれば納得できよう。

 望んで苦労する自虐趣味は持たないので、この終わり方に文句はない。

「本当にこれで決着したと思っていいのよね?」

 セレスが俺の傍らに来て、疲労が色濃く滲んだ声で訊いた。

「そのはずよ。私もこれ以上の残業は遠慮しておくわ。後の心配は要らないから、ゆっくり休んでいいわよ」

「そうね。そうさせて貰おうかしら。もう立っているのもやっとで……」

 そう言いながら足許をふらつかせて、俺にしだれかかる。こんな姿のセレスを見るのは珍しい。

 まあ、今くらいは好きにさせてやろう。たぶん、この後しばらくは寝込むことになるだろうから。

 俺も帰ったら当分は惰眠を貪るつもりだ。街の復興など課題は山積みだろうが知ったことではない。

 たぶん、ミアを始め他のみんなも同じ気分に違いない。

 誰が何と言おうと──断じてそうしてくれよう、と。

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