王都来訪編Ⅰ 出立の章

1 戦勝祭

「戦勝祭って何をするかと思えば、要するに飲んで喰って大騒ぎしているだけじゃない」

 俺は大勢の人波でごった返す修復されたばかりの表通りを歩きながら、周囲の喧騒に負けない大声で隣のセレスに話しかけた。

「あら、午前中はパレードや追悼式があったでしょ。祭り事なんて大体どこでもこんなものよ」

 セレスが言うパレードとは、幌を外し飾り立てられた何台もの大型馬車を連ねて、市中を練り歩く派手な催し物のことだ。馬車にはルンダール氏やブルターノ氏らこの街の重鎮達を筆頭に、戦いに功績のあった冒険者や市民の代表らが乗り込んだ。

 常に最前線で戦い続けたセレスが他の黄金級冒険者共々先頭近くの馬車に据えられたのは当然としても、他パーティーのメンバーを差し置いて俺やミアまで同乗させたのは少々評価が行き過ぎていると思わないでもない。

 俺としてはなるべく目立たずにいるのに懸命だったが、ミアは沿道から掛けられる声援に照れながらも喜んでいたので、まあ良しとしよう。

 その後、場所を坑道入口付近の広場に移して、戦没者の追悼式典が行われた。全体としては華やかな祝祭色が強い行事とはいえ、ここだけは周囲に遮音効果のある魔法が張られたらしく厳かな雰囲気の中、各々が亡くなった人に思いを馳せている姿は異世界と言えども俺が知る弔いの風景と何ら変わりない。

 幸い俺の知り合いに亡くなった人はいなかったので、ここでは少し離れた場所から様子を見守るだけに留めた。元の世界に居た頃は一切信じなかったが、転生や魂だけの乗り移りがあるなら、死後の世界や生まれ変わりがあってもおかしくはない。是非、そうであって欲しい。

 その後は夏祭りの縁日のような賑わいがあちらこちらで繰り広げられる。

 ただし、出ている屋台の大半が、酒を饗する店だというのが如何にもドワーフを中心とする都市国家らしい。

「何しろ、ドワーフ秘蔵の特撰火酒が飲めるのは、祝いの席だけじゃからの」

 そう言ったのは、途中で合流した変り者の鍛冶師であるギリルだ。朝から飲んでご満悦な様子。

「いつもは出さないの?」

 俺は何気なく訊いてみる。

「酒好きのドワーフに普段からあんな度数の高いお酒を飲ませたら、仕事にならなくなるもの」

 ギリルに代わって答えたのは、表通りに『妖精の園』という異世界キャバクラを構える女性オーナーのカミラさんだ。目を離すとすぐに羽目を外すギリルのお目付け役として同行しているのだろう。

 彼女はハルピュイアと呼ばれる珍しい有翼人種だが、残念ながら今は外出用ケープの下に肝心の翼は隠れてしまっている。

「それもそうか。あんな水代わりに飲んでたんじゃね」

 彼らドワーフ族がお茶のようにして日常的に喉を潤すのは火酒と呼ばれる彼ら独自の製法に基づく酒精だ。さすがに昼日中に飲む分はアルコール度数が低く抑えられているようだが、それでも日本酒くらいの高さはある。

 もっともその程度で酔うようではドワーフと言えないらしい。彼らが酔うつもりなら、最低でもウォッカ並の度数が必要だそうだ。

 ところが最高品質とされる特撰ともなればアルコール度数は恐ろしく高いものの、その旨さから仕事をさぼってでも隠れて飲んでしまう輩が後を絶たなくなった。

 そのことに窮したハンマーフェローの為政者達が、特別な振舞いの場以外で出すことを禁止する代わりに、提供する際はすべて無料としたことから、祭りになればあるだけ飲み干す勢いで消費される幻の名酒になったのだという。

「というわけで、ワシはまだまだ飲み足りん。お主らに付き合っていては他の者に全部飲まれてしまう恐れがあるわい。従ってここらで別れるとしよう。カミラも無理に付き合う必要はないぞい」

 どうやら俺達と離れたがっているというより、監視役のカミラさんから逃れたいみたいだ。

「いいえ。私は無理なんてしてないわよ。どうせ今日は店の子達も祭りに出払っていて営業にならないですし、最後までとことん付き合うわ」

 そう言われてギリルが「絶望」という二文字を額に張り付けたような表情で、カミラさんに腕を引かれ、雑踏に消えて行った。あの二人は借金があっても無くても関係性は大して変わらないようだ。

 さて、大半が酒を出す出店とは言ってもドワーフ族だけが祭りの主役というわけではない。当然、普通の屋台だってある。

 そんなわけで俺達三人は、思い思いに屋台を巡って好きな物を愉しむことにした。

 さすがにリンゴ飴やら焼きそばやら元の世界で屋台と言えばの定番メニューは無かったものの、それに代わってフリカンデル風のソーセージやピクルドエッグに似た卵の加工品など異世界ならではの珍しい屋台飯に舌鼓を打つ。

〈これって、タコ焼き屋とかやったら儲かるんじゃないか〉

 ふと俺はそんなことを思い付く。

 小麦はこの世界にも当たり前にあるし、タコはまだ見たことはないが、海産物はたまに売っているので、探せばそのものズバリは無理でも似たような食材は見つかるだろう。タコ焼き器くらいなら、ドワーフの鍛冶職人でなくとも作るのは造作もあるまい。

〈問題は出汁か……〉

 やはり、本格的なタコ焼きを目指すなら、個人的に和風出汁は欠かせないと思う。

〈昆布出汁なら海藻で何とかなりそうだが、魚介の和風出汁となると簡単にはいきそうにないな。一から鰹節を作るなんて気が遠くなりそうだ〉

 鰹節の正確な作り方を心得ているわけではないが、本格的な物だと完成するまでに半年程はかかると言うし、家庭で手作りした話はほとんど聞かれないので、素人が手出しするには相当ハードルが高いに違いない。

〈モルディブフィッシュくらいなら、俺でも作れるだろうか?〉

 モルディブフィッシュとはスリランカやインド洋のモルディブに伝わる伝統食品で、カツオやマグロなどの魚を乾燥させた、鰹節に似た調味料の一種だ。ただし、鰹節が製造工程でカビ付けするのに対して、モルディブフィッシュは乾燥させるだけに留まる。使い方も出汁を取るのではなく、砕いて直接料理に投入するそうだ。

 味の方は食べたことがないので、何とも言えない。

〈いや、そもそもタコ焼き屋をやるつもりなんてないんだけどさ〉

 機会があれば試してみたいという程度だ。

「あの辺りは土産物を売っている一角みたいね。ちょっと覗いて行かない?」

 そんなことを考えていると、隣に並んだセレスが思い付いたように言った。

 俺やミアの手を引いて彼女が連れて行った先では、細かな細工を施した様々なアクセサリー類が売られている。迷宮出のアイテムと違いすべてこの街で手作りされた物なので、身に着けて呪われるということもない安心の品だ。

「やあ、お嬢さん方。良ければ見て行ってくれないか。安くしとくよ」

 店主のおばさんが気さくに声を掛けてくる。よくよく考えたら、今日の祭りの賑わいは大半が住民によるものだから、こうした観光客向けの店はあまり見向きされないのかも知れない。

 店の品揃えは基本的に銀製品が中心のようだが、一部には金や真銀ミスリルを使った物もあって、そうした商品は値段が段違いなので見間違えようがなかった。

 セレスはウキウキと嬉しそうな態度でミアに髪飾りを選んでやっている。二週間程前の魔王と戦った冒険者と同一人物とはとても思えない。

 こういうところは貴族の令嬢と言えども、やはり年頃の娘なんだと感じる。

「ユウキも何か選んだら? 私がプレゼントするわよ。これなんか、どう?」

 そう言って、ついでに俺にも何か可愛らしいアイテムを渡そうとするが、すでに指輪があるからと必死に拒んで、その場から逃げ出した。

 セレスには悪いが、中身がアラフォーのおっさんとしてはさすがに冒険に役に立たないお洒落小物を身に纏う気にはなれない。

 とはいえ、これでも随分と女の子らしさには気を遣うようになったのだ。

 食べ方やら座り方やらセレスに散々注意されてきたおかげとも言える。

 一応、外見的には日本の十七歳の女子高生、小南優希であるから彼女に恥をかかせない上でもやむを得ない。

 それにしても彼女の意識は今どうしているのだろう?

 もしやと思い、何か知っていそうな相手に訊ねてみたが、手掛かりらしきものは一切得られなかった。

 俺は自分の右手に視線を落とす。もう一人のユウキの行方を訊ねた相手──そこに嵌まる指輪を見て、先日の一件を思い出していた。

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