3 会議は踊る その一

 翌日になってハンマーフェローの中心にある尖塔のそびえ立つ立派な建物に出向いた。

 ここで本日、緊急に参事会が開かれるからだ。

 出席したのは俺とセレスの二人だけ。既にミアも元気になっていたが、呼ばれなかったことを幸いに留守番させることにした。

 口下手な彼女が居ても役には立たないだろうしね。

 参事会が開催される議場は、中央に各ギルド長が鎮座する席が向き合うように等間隔で配置され、その周囲をぐるりと円状に取り囲む形で傍聴者の座席が並ぶという様式になっていた。

 外側の傍聴席の輪にはドリルの姿も見える。ここにはハンマーフォローの名だたる職人や大手商会の代表などが顔を揃えるという。もちろん、ギリルはその中に入っていなかった。

 俺達が坐る場所は議場の正面に設けられた職人ギルド長が着く議長席の向かい側、商人ギルド長と冒険者ギルド長が並ぶ間のすぐ後ろに用意されていた。当然、目立つことこの上ない。

 ただ、今回はクーベルタン市の審議会と違って何かの嫌疑が掛けられているわけではないため気楽とは言えるが、会社員時代からこの手の会議が苦手だった俺は始まる前から早く終わって欲しいと思っていた、というのはここだけの話だ。

 会議の主役となる各ギルド長が各々の席に着くと、議長役である職人ギルド長の開会の挨拶もそこそこに、早速本題に入る。

 冒険者ギルド長のブルターノ氏とは面識があるが、他の二人とは初顔合わせだ。

 といっても、以前に予想した通り『妖精の園』で見かけた面々で間違いなかった。

 事前にドリルから聞かされていた説明によると、職人ギルド長は名をルンダールと言って、ギリル達兄弟の師匠に当たる人らしい。

 ヒト族の俺には見た目の違いこそさほど感じられないが、確かに威厳のある人物と見受けられた。

 もう一方の商人ギルド長はサンダルという履物っぽい名の、同じくドワーフ族の男性で、彼だけはイケメン風の顔立ちなので見分けが付きやすかった。もっともドワーフの基準でもそうであるかは定かでない。

 既に冒険者ギルド長のブルターノ氏から昨日報告した内容は詳しく書面にまとめられ、各自に配布されていたようなので、もう一度同じことを繰り返す必要はなく、不足していると思われる情報や補足すべき事柄について質問されただけで済んだ。

 その場の雰囲気に呑まれかけ、緊張したものの、俺もセレスも卒なく答える。

 恐らくミアはこの空気には耐えられなかっただろうから、彼女を連れて来なくて本当に良かったよ。

「状況は凡そ理解されたものと思う。ひと先ずそれぞれの忌憚ない意見を聞きたい。発言したい者は挙手を」

 ルンダール氏がそう告げると、まずは俺達から見て右側の一番外周に坐る男性が手を挙げ、議長の許しを得て発言し始めた。彼は派手な羽根飾りを頭に生やした鷲顔の鳥人だ。発声器官の違いからなのか、若干声が裏返り気味で耳障りなのは我慢するとしよう。

「発言の許可をいただき、感謝します。私が真っ先に皆さんに問いたいのは、この報告書に書かれている内容が果たして真実なのかということです。『死者の迷宮』において数千もの不死の魔物アンデッドが集まり、その多くが真新しい武具防具を身に着けていた、そんなことが本当に有り得ますでしょうか? 冒険者ギルドは如何なる根拠を以てこれを真実と見做すのか、まずはそれをお聞きしたい」

 彼の発言にはその場にいる何人かが頷いた。きっと似た疑問を抱いていたに違いない。

 これだけの傍聴人がいれば、そういう反応は当然予測できたことだ。特に驚きはなかった。

 議長の新たな指名を受けて、ブルターノ氏が冒険者ギルドを代表して口を開く。

「冒険者ギルドは基本的に冒険者と相互の信頼関係で成り立っている。従って無闇に彼らを疑うようなことはしない。とはいえ、今回の件は確かに信じ難いものである。よって我々冒険者ギルドも慎重に審議した。これからそこにいる彼らの報告を信じるに至った経緯を簡単ではあるが説明しよう」

 ブルターノ氏はチラリと俺達の方を見て、続きを語る。

「我々が真実と信じる理由の一つは、彼らが『死者の迷宮』で赴いた部屋から転送されたと考えられる痕跡が見つかったこと。これは別のパーティーが確認して、物証も得られているので疑いようがない。そして彼らが踏破済み最下層である八階層で見つかった、これも事実である。一流の冒険者が何日も掛けてしか辿り着けないような場所でだ。このことはハンマーフェローを代表する冒険者達が何人も証言している。それすら疑うというなら、もはや冒険者や冒険者ギルトは不要ということになるが、いかがか?」

 ブルターノ氏の鋭い眼光に射竦められて、鷲顔の発言者がしどろもどろになりつつも反論する。

「そ、それは疑ってはおりません。し、しかし判明しているのはそのことだけではありませんか。それでは迷宮の奥深くで不死の魔物アンデッドの大群を見たという証明にはならないでしょう」

 確かにおっしゃる通りだ、とここはブルターノ氏も彼の言い分を認めた上で、こうも告げた。

「だが、彼らに嘘を吐く理由が見当たらぬ」

 俺達が虚偽の報告をしたとして、それで何の得があるのか、そういう意味のことを彼は話して聞かせる。

「第一、未踏エリアの探索を依頼したのは我々ギルドの側からであって、彼らが望んだわけではない。そこで罠に巻き込まれて必死で生還した彼らが、嘘を吐く理由があるなら是非とも教えて頂きたい」

 それは、と言ったきり鷲顔氏は口籠る。俺でもちょっと理由は思い付かない。

 その時、議長、と手を挙げたのは左側の中程の輪に陣取るヒト族の男性だ。

 何となく見たような顔だと思っていたら、名札に書かれていた肩書きが以前に模擬戦で戦ったゲーリッツの実家と聞かされた有力な貿易商のものだと気付いた。

 たぶん、彼が父親で相違あるまい。

 言葉に詰まった鷲顔氏に代わり、あとを引き取る。

「嘘を吐く理由はともかく、実際問題としてそれだけの武具防具を魔物が独自に用意できると冒険者ギルド長は本気でお思いか? それともこの街から横流しされたとお考えなら、それこそ方法をお教え願おう」

 息子の一件を根に持っているのかは不明だが、彼も俺達の報告に懐疑派の一人のようだ。

 これにはブルターノ氏も痛いところを突かれた模様だ。どうやって揃えたかはわからん、と憮然とした表情で答えるしかなかった。

 他の者は興味深げに成り行きを見守っているだけだった。

 自分達の街に危機が迫っているというのに、どこか他人事のように思える。

 恐らく本気で心配していないか、心配していても実感は湧かないのだろう。

 俺だってあの光景を目にしていなければ、もっと暢気に構えていたはずだ。

 ここで初めて商人ギルド長であるサンダル氏が挙手して発言を求めた。彼は落ち着いた口調で言った。

「横流しする方法ならある」

 その言葉を聞き、一堂にざわつきが拡がる。

 静粛に、とルンダール氏が注意した後、続きを促した。

「皆が横流しは無理だと捉えるのは、ハンマーフェローで生産される武具や防具は厳格な管理の下で外部へ持ち出されると知っているからに外あるまい。個人が売買できる程度の僅かな量ならともかく、それだけ大量に横流しして気付かれないわけがないと思うからだろう。確かにそれは商人ギルド長である私でも不可能だ。そうでなければ職人ギルド長、冒険者ギルド長、そして私が務める商人ギルド長という三者による伝統的な合議制を取っている意味がない。一人が不正を働こうとしても他の二人がそれを防ぐのが目的なわけだからね」

 サンダル氏によると例え各ギルドの長と言えど大量の武具防具の横流しは不可能らしい。そうなると方法があると言った真意が掴めないが、どういうことだろう?

「一人ではできない、ならば話は簡単だ。我々三人が結託して不正を行えば良い」

 不思議でも何でもないと言いたげな口調で、サンダル氏がそう告げた。

 疑うなら自分達全員を犯人と思えとはなかなか大胆な発言だ。

 馬鹿な、とすかさず声を上げたのは犯人扱いされたうちの一人であるブルターノ氏だ。議長の承認は得ていないが、ルンダール氏としても同様の思いだったのか、特に咎められることはなかった。

「それは私とルンダール殿、そしてあなたがこの街を裏切り、魔物の味方をしていると言いたいのか?」

 今にも隣のサンダル氏に掴みかからんばかりの勢いで、そう訊いた。

 サンダル氏は別段、気にした様子もなく、淡々と話を続ける。

「私は考えられる方法はこれしかないと申し上げたに過ぎない。無論、そうしたのかと問われれば、否と答えるがね。あとは他の者がどう思うかではないか。私達三人が不正を働いているのか、それとも彼らが何かの見間違いをしたか」

 どうやらサンダル氏は俺達が嘘を吐いたのではなく、見間違えたのではないかと主張したいようだ。絶望的な状況だったことを考えればそう言われるのもわからないではない。

 結局は俺達の証言だけで、それを証明する手立てはもう一度あの場所に行く以外にないのである。

 だが、踏破済み最深部よりさらに四階層も深く、死霊騎士デスナイトの彼の助けがあって辛うじて戻れた道を自分達だけで進むなど自殺行為に他ならないだろう。

 その上、そうしたところで今も確実に不死の魔物アンデッド達があそこに集合しているとは限らないのだ。

 少なくとも俺達は依頼されても絶対断る。当然だ。

 もっとも俺は、そんな疑問を投げかけられた状況でも焦っていなかった。

 何故なら俺達の報告を信じようと信じまいと、これからやるべきことが一つしかないことに変わりなかったからだ。

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