4 会議は踊る その二

 ハンマーフォローの中核を担う三人のギルド長と、黄金級を含むとはいえ一介の冒険者に過ぎない俺達と、そのどちらを信じるかと問われれば大半の者が前者と答えるのは想像に難くない。

 つまり、サンダル氏の発言は逆説的な意味で俺達の証言を否定するものだ。

 その証拠に議場内には、やはり冒険者ギルドの見解は間違いではないかという雰囲気が漂い始めた。

 ブルターノ氏にもそれを覆すだけの主張はなさそうだ。

「議長、私からも発言して宜しいでしょうか?」

 そんな中で俺は手を挙げ、意見を言う許可を求める。この時点で発言してしまっているけど、これくらいなら構わないよね?

 わざわざ厄介事に首を突っ込むとは思わなかったのか、セレスが隣で目を見開いて驚いているが、そんなに普段から韜晦していただろうか?

 唖然の仕方がちょっと腹立たしい。

 重々しく頷かれて、許可する、と言われたので、俺は話し始めた。

「先程、商人ギルド長が言われたことには確かに一理あると思います」

 俺は斜め向かいのサンダル氏を見ながら、そう告げる。

「ほう。では、見間違いだということを認めるのかね?」

 サンダル氏が意外そうな表情で、訊き返した。

「いいえ。ですが、証明しようがないのは事実ですから」

 クーベルタン市と違って、ここでは身分の差を意識して話す必要がないのは楽だ。

 無論、目上の者への最低限の礼儀は弁えるべきだが、社会人生活で培った社交スキルを以てすればどうということはない。

「ならば、どうする? もう一度、迷宮に潜って証拠を持って帰るとでも言うのか?」

「それは御免です。私達が生きて戻れたのは運が良かったからに他なりません。次もそうとは限らない」

 俺は首を横に振った。誰が何と言おうと、二度とあんな目には遭いたくないし、仲間を同じ目に遭わせるつもりもない。

 だが、迷宮に潜ったことのない者にとってそれは理解し辛い理屈だったようだ。

「しかし、あれは事前準備無しで跳ばされたからだろう? 予め充分な用意をしておけば危険は少なくて済むのではないかね?」

 そう別の場所から声が上がる。発言者はどこかの商会の代表のようだった。参事会に慣れていなかったのか、許可を得ていないことに後で気付き、慌てて議長に許しを貰っていた。

 その質問には俺が答えるまでもなく、ブルターノ氏が代わって口を開いた。

「今の意見は冒険者ギルドとして承服しかねる。『死者の迷宮』の深部に行くことがどれほどの危険を伴うか、御理解頂けていないようだ」

 その言い方がやや癇に障った様子で、商会の代表らしき人物は向きになって反論に転じた。

「危険なことは承知している。だから、それを上回るだけの人数や装備で挑めば良いと申し上げているのだ。費用が問題なら、ここにいる者達で出し合うなりすれば良いではないか」

 話にならない、とブルターノ氏が突き放す発言をした。迷宮探索のやり方を御存知ないから言えるのだ、と付け足した。

 俺もブルターノ氏の意見を全面的に支持する。

 迷宮探索は単に人数や装備を増やせば安全性も増すというものではない。

 発言者はきっと迷宮での戦いを戦場のそれと同じように考えているのだろう。しかし、そうではない。

 狭い迷宮では大規模なパーティーを組んだとしても、戦える者は限られてくる。

 大半の者は後方で控えることになるのだ。

 無論、充分な補給品を用意できれば無駄にはなるまい。疲労した者を順次入れ替えられるだけでも充分な助けにはなる。

 それでも尚、戦う者が限定される以上、戦力の大幅アップとはならないのである。

 しかも小回りが利かない分、挟撃にでも遭えば中央の者は身動きが取れず混乱を招くだけという恐れもあった。

 従って大人数を活かすとなれば前線の者を倒れるまで戦わせ、空いた穴に逐次新たな者を投入していくやり方しか考えられない。

 要するに冒険者を使い捨てにすることで初めて人数や装備を増やすことに意味が生じるのだ。

 当然ながらそんな方法を冒険者ギルドが容認できようはずがなかった。

 ブルターノ氏が迷宮探索のやり方を知らないと言ったのには、そんな背景がある。

 尚も言い募ろうとする相手を議長のルンダール氏が制して、この議論に終止符を打つべく結論を述べる。

「冒険者ギルドが危険と捉える以上、その判断に部外者が口を挟む余地はないと考える。よって、この件はブルターノ殿に一任する。参事会としては無理に証拠を集めることは要求しない。宜しいな?」

 最後の言葉はサンダル氏に向けたものだ。彼は頷いて同意を示すが、こうも述べた。

「議長の決定には賛成します。しかしそうなると、議論は平行線のままということになりますな」

 議場内に重苦しい沈黙が訪れる。どうやら皆、気付いていないようだ。

「──あの、それが何か問題でしょうか?」

 俺は努めて自然な態度を装いつつ、言った。

「どういうことかね? 君達の報告が事実か否かを確認するのが、重要ではないと言いたいのではあるまいな?」

 ルンダール氏が口調に若干の不快感を滲ませながら、そう訊き返した。

「その通りです」

 俺はあっさりと肯定する。

 反応があったのは議長席ではなく、別の場所からだった。

「ふざけているのか? 自分達の証言に自信が無いからそんなことを言い出したのだろう?」

 最初に発言した鷲顔氏が、一層甲高い声でそう吼える。

 俺はそれを無視して、彼ではなく、議長席に向けて問い掛けた。

「では、私達の報告は信じられないから何もせずに放って置きますか?」

 このひと言には議長のルンダール氏も虚を衝かれたようだ。顔に出ないよう注意しながら内心で、しめしめとほくそ笑んだ。

「それは……確かにそんなわけにはいかん」

 結局はそうなるのだ。まともな判断を下すとしたら。

「つまり、君が言いたいのは自分達の証言が嘘であろうとなかろうと、事実として受け容れ行動するしかない、そういうことだな?」

 サンダル氏が念を押す。俺は頷いて言った。

「虚偽であると証明できない以上は、そうするしかないでしょう」

 嘘だと断じて何もせず本当だった場合と、本当だと信じて何も起きなかった場合、両者を天秤に掛けてどちらがより損害が大きいかを考えれば自ずと結論は出よう。

「……しかし、疑念を向けられている張本人がそれを言うとは何とも太々しいことよ」

 ルンダール氏の言葉に全員が、ウンウンと首を振る。いや、セレスまで呆れた目で俺を見るのは止めて。

〈だって経験上、会議の半分以上は無駄な議論に時間を費やすじゃん〉

 他に選択肢はないのに、その結論に辿り着くまであれこれと言い合う経験は嫌というほど味わった。そんなのに付き合わされるのは本当にうんざりなんだよね。

「とは言うものの、彼女が指摘したようにこのまま結論の出ない議論を延々と続けていても仕方ありませんな」

 俺のぼやきが聞こえたわけではないだろうが、気を取り直してブルターノ氏が先へ進むよう促す。

「宜しい。ワシはこれ以降は冒険者ギルドからあった報告が事実であると考えて、討議を押し進めることを提案する。お二方はどうか?」

「賛成する」

「同じく」

 ルンダール氏の提言に、ブルターノ氏とサンダル氏の両名がほぼ同時に答えた。

 これでようやく具体的な対策が話し合われる場が整ったみたいだ。正直、ここまで長かった。

 どこの世界でも会議の面倒臭さは変わらないという証だろう。

「それでは改めて意見はあるかね?」

「はい」

 議長の問いかけに俺が真っ先に手を挙げた途端、周囲のみんながギョッとする。

 その反応は些か失礼じゃないかと思うよ、まったく。俺だってまともな意見くらい持ち合わせているっていうの。

「オホン……では、発言を許可する」

 わざとらしい咳払いに続いて、ルンダール氏が許可してくれたので、俺はとっておきの案を口にした。

「いっそのこと、『死者の迷宮』を埋め立ててしまうというのはどうでしょう?」

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