2 命懸けの報酬

 それからギリルの工房で二日間静養したのち、俺とセレスは事後処理のために冒険者ギルドへ出頭する。疲れの溜まっていたミアはもうしばらく安静だ。

 冒険者ギルドに顔を出した途端、無事を祝ってくれたり、労いの言葉を掛けてくれたりする他の冒険者連中を蹴散らして、待ちかねた様子のギルド職員のお姉さんが有無を言わさずギルド長室に引っ張って行く。

 当然、そこに待ち構えていたのはギルド長であるブルターノ氏。

 帰還直後に簡単な事情聴取は受けていたが、彼の立ち会いの下、今回の出来事について改めて詳しい報告を求められる。

 セレスとは予め打ち合わせていた通り、魔眼で死霊騎士デスナイトを味方にしたこと以外、一刻半程かけて思い出せることはすべて話した。

「それでは帰還できたのはパーティーにいた狗狼族のメンバーのおかげということですね?」

 聞き取りを担当するギルド職員のお姉さんに訊ねられ、俺は首肯しつつ告げる。

「ええ。彼女が地上の気配を察してくれなければ帰還は難しかったでしょう。もちろん、運が良かった点も見過ごせませんが」

 ミアには申し訳ないが、地上に戻れたのは彼女の卓越した感覚によるものということにしておいた。これも魔眼を隠すためには致し方がない。

「その方は今、どこに?」

 疲労が激しかったので知り合いのところで休ませている、と俺は答えた。

「追って彼女自身による説明が必要でしょうか?」

 俺が訊くと、ブルターノ氏の方を振り返って確認したお姉さんが言った。

「その必要は無いでしょう。あなた方の報告だけで充分です」

 良かった。ミアは嘘を吐くのが苦手そうだからボロが出るんじゃないかと心配だったんだよね。

「それであなた方が跳ばされたのは十二階層で間違いありませんか?」

「数えたところではそうなります」

「凄い。これまでの最深部より四階層も深いなんて」

 上から潜ったわけではないので踏破したことにはならないんじゃないだろうか? そう思って訊ねてみると、参考記録のような扱いになるそうだ。何だかスポーツみたいだね。

「さて、ここからは私が話をしよう」

 そう言って、これまでは聞き役に徹していたブルターノ氏が口を開いた。

「君達が見たという千体を超える不死の魔物アンデッドの集団。報告を疑うわけではないが、俄かに信じ難いのもまた事実だ。不快に思われるのを承知の上で敢えて訊ねるが、本当なのかね?」

 ブルターノ氏は俺達に気を遣った言い方をしたが、彼の気持ちはよくわかる。逆の立場なら俺もきっと同じように訊いただろう。だから別段、気にはしなかった。

「信じられないのも無理はありません。私も自分一人の証言なら正気を疑うところです。ですが、残念ながら私達三人共が目撃しています。間違いありません」

「ユウキの言う通りです、ギルド長。あの光景を思い出すと、未だに背筋に冷たいものが走ります。夢であったくれたらどれほど良かったことか」

 俺に続いてセレスもギルド長にそう訴える。

 さすがに俺達二人にそこまで言われてはブルターノ氏も納得せざるを得なかったのだろう。以降はどう対処すべきかという話に移った。

「念のため、報告のあった日から『死者の迷宮』の監視は強化しているが、この件は冒険者ギルトだけで扱えることではなさそうだ。特に不死の魔物アンデッドの数もさることながら、その装備が真新しかったというのは看過できん。早急に参事会にて対策を検討することになると思うが、二人にもその場への出席をお願いしたい」

 参事会というのは、この都市国家における最高意思決定機関と位置付けられている集まりのことだ。いわゆる日本の内閣府に相当するらしいが、決議できるのは職人ギルド長、商人ギルド長、冒険者ギルド長の三名のみ。他の参加者は意見は言えても決定権のないアドバイザー的な立場とのこと。

 どの途、何らかの召喚は受けると思っていたので、俺達は了承してその場はお開きとなった。

 参事会は明日、開かれる予定だ。


「それにしてもこの魔石、どうしようか?」

 ギルド長室を出た後、廊下を歩きながら背嚢に入った大量の魔石を手にセレスがそう話しかけてきた。

 俺達が迷宮から回収した魔石は、一旦検分のために冒険者ギルドに預けられ、先程返還されたのだ。量で言えば通常の十倍以上。質を加味すればさらに価値は跳ね上がると思われる。

 普通に売るだけで当分は左団扇で暮らしていけそうな成果と言えた。

 だが、喜んでばかりはいられない。

 この世界に来るまで俺も勘違いしていたが、冒険者とはラノベやアニメによくある冒険譚に出て来るような英雄を志す者達ではない。

 あくまでその本質は職業の一環であり、生活のための手段である。

 従って一か八かの命懸けで行うようなものであってはならないのだ。

 無論、危険はある。最悪、命を落とすことも皆無ではない。

 だが、それは本来あってはならない過失であり、可能な限り避けるべき事態に他ならない。

 考えても見て欲しい。向こうの世界にだって危険を伴う職業は幾つかあった。

 しかしながら消防士が火災現場で生還を運に任せて消火活動するだろうか。警察官が犯人逮捕の度に九死に一生を得ているだろうか。

 そんなことになれば到底、仕事とは言えなくなるに違いない。

 確実に安全を期して、その範囲でやれることをやる、というのが職業として正しい在り方のはずだ。

 異世界における冒険者の立場も同じである。

 決して自分達の技量以上の依頼を引き受けない、危険な相手には必ずそれを上回る戦力で当たり、そうできない時は手出ししない、そんな基本を守ることこそ大事だ。

 だから今回のようにイレギュラーとはいえ安全性を無視した行為は結果的に大金を得ることができたとしても、冒険者としては落第なのだ。

 長く続けようと思うなら、運に頼ってはいけない。その点はしっかりと反省すべきだろう。

 そう考えると、素直に売却して収入にするのも憚られる。

「ねえ、セレス。この魔石、全部使ってしまってもいいかな?」

「えっ? そりゃユウキがそうしたいなら構わないけど、どうする気?」

 俺は自分の考えをセレスに伝える。

「ギリルさんに頼んで、ありったけの魔弾を用意して貰おうと思う」

 この魔石を原料に作れるだけの魔弾を作って貰うつもりだ。もちろん、不足する材料費に充てる分は売ってくれて構わない。

「それって要するに来たるべき進攻に備えるわけよね?」

 まあ、そうね、と俺は答えた。それであの不死の魔物アンデッドの大群にどこまで対抗できるかは不明だが、何も準備しないよりはマシというものだ。

 それならいいんじゃないか、とセレスも言った。

「ミアは納得しないかもね。あの子の望みが未だにこの街の滅亡にあるならだけど」

 セレスがそう付け加える。

 今はギリルやドリルやその弟子達といったハンマーフェローの住人とも仲良くしているが、両親や仲間を殺された復讐心はそう簡単に消え去りはしないだろう。

 ミアの件はもうしばらく様子を見るしかなさそうだ。

「ところでユウキ、さっきは敢えて言わなかったことがあるでしょ?」

 話題を変えてセレスが俺に訊ねてくる。さっきというのはギルド長室で報告した時のことを指しているに違いない。

 だが、気付いていたなら彼女も同様だ。

「そういうセレスだって黙っていたじゃない」

「まあね。ユウキが伏せた理由もわからないではないし」

 先程、俺達がギルド長であるブルターノ氏らの前で言わなかったこと──それは今回の事件の発端となった転送の罠が、果たして本当に偶然だったのかという疑問についてだ。

「セレスもやっぱり疑っていたんだ?」

「タイミングが良過ぎるわよ。もちろん、たまたまという可能性も捨て切れない。でも、それよりは最初から誰かがあの部屋に来るとわかっていて罠が設置されたと考える方が自然でしょ?」

 案の定、セレスは俺と同じ疑念を抱いていたみたい。

「私もそれがずっと気になっていた。でも、セレスは誰かが、なんだね。私達が狙われたわけじゃなくて」

「正直、何とも言えないわ。ただ、未踏エリアが発見された時点では私達が依頼を引き受けるかは曖昧だったはず。受けてから設置するには時間が短かったしね。そう考えると、誰でも良かった、もしくは私達であれば尚のこと良い、くらいのつもりだったのかも知れない」

 そういう捉え方もできるのか。俺はてっきり黄金級冒険者のセレスが狙い撃ちされたのかと思っていたよ。

 どちらにしても今ここで真相を突き止めるには圧倒的に手掛かりが足りない。

「問題は私達が狙われたにしろ、他の誰かだったにしろ、もしこれが意図的に仕組まれたとしたらその犯人は依頼があるのを知っていたことになるわね」

 そういうことだ。セレスが言うように、あの部屋に誰かが行くことを知るには少なくとも冒険者ギルドの情報に触れられる何者かの協力が不可欠でなければならない。

 俺があの場で敢えて口にしなかったのは、ギルド内に裏切り者が潜んでいる可能性を考慮してのことだった。それはギルド長のブルターノ氏と言えども例外ではない。

「ギルド職員を全員魔眼に掛けられれば調べるのは簡単なんだけどね」

「さすがにそれは無理があるでしょ。バレたら冒険者を続けられないどころか、下手をしたら各国から狙われるわよ」

 セレスの心配もあながち杞憂とは言い切れない面がある。魔眼は特定の人々にとっては喉から手が出るほど欲しい能力であり、また別の人々には絶対に他人に所有させたくない能力であろうはずだから。

〈こんな気苦労を味わうくらいなら素直に戦闘系スキルが良かった、なんて言ったらバチが当たりそうだけど〉

 今の正直な感想だから仕方がない。

 昔の魔眼の持ち主もこんな思いを味わったんだろうか?

 現在も生きているなら是非会って、話を訊いてみたいものだ。

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