ハンマーフェロー編Ⅳ 帰還の章
1 地上への道
「無事かいの? お嬢方。随分と疲れ切っているようじゃが」
「この数日間、碌に睡眠も取れずに連戦していましたから」
「なら、安心して休むがええ。周囲への警戒ならワシらに任せておけ」
八階層に上がった俺達は、その後、付近まで捜索に来ていたガルドらに保護され、共に地上を目指すことになった。
俺達が行方不明になっている間、既に別パーティーにより罠の仕掛けられた部屋は調べられ、何処かへ転送させられたことは判明していたようだ。
床や壁などは跳ばされた場所と入れ替わって不自然なことになっていただろうから予想が付いたのだろう。
そこで黄金級冒険者である『大地の戦鎚』ガルドをリーダーとする特別編成のパーティーが組まれ、捜索が実施されることになった。
依頼者はギリルとドリルの兄弟。特にドリルは職人ギルドに顔が効くらしく、そのコネを存分に使って異例ともいえる選抜パーティーを実現させたそうだ。
彼らには感謝してもし切れない。地上に戻ったら何らかの恩返しを考えよう。
ガルドの言葉に甘えて、俺達は彼らが設営した休息ポイントにてひと先ず休ませて貰った。
その後も彼らに護られ、下層階を引き返して行く。
無論、戦闘になれば俺達も協力は惜しまない。
ガルドや同じく選抜パーティーに入っていたスヴェンには無理をするなと言われたが、俺達の救援のせいで死者を出しては後味が悪くなること請け合いなので、強引に参加させて貰った。矢の補充だけは後衛メンバーに分けてくれるようお願いしたけどね。
「黄金級冒険者が二人にもなったら、俺の見せ場がなくなっちまうぜ」
冗談めかした口調でスヴェンが戦闘後の場を和ませる。初対面の時にはあれほどやり合っていたガルドとも上手くやれているようだ。
「ワシらだけじゃないぞ。黒髪と犬耳のお嬢もランクに見合わず大したもんじゃて。模擬戦の時もそう思ったが、さすがは黄金級冒険者とパーティーを組むだけあるの。是非ともうちの一員に加えたいものよ」
誉めてくれるのは嬉しいが、外見的特徴で人のことを呼ぶのは止めて貰いたい。差別的な意味合いではなさそうだが。
「そりゃダメだ。唾を付けたのはこっちが先なんだから入るとしたら俺達のパーティーに決まっているさ。あんたは引っ込んでな」
ガルドの言葉を聞き、スヴェンが即座にそう反論する。
だが、ガルドも当然、言われるままで黙ってはいない。
「何をぬかす。唾なんぞ付けておらんかったくせに。大体、お前のところは
〈ほほぉー、そうなのか。そう言えばうちも攻撃を受け止める役目はいないな。そのうち壁役不足での立ち回りのコツでも聞いてみようか〉
「そっちは
〈確かにそれは意味不明だ。指摘された当人は『ロマンじゃ』とか言って全然、意に介していないみたいだけど〉
何にせよ、前言撤回。やはりこの二人は仲が悪いわ。
他の冒険者達も呆れて、そのやり取りを眺めている。
そんな軽口を叩き合いつつもベテランらしい慎重さで、危なげなく地上への歩みを進めて行く。
それでもさすがに踏破済み最深部からだと、即日帰還というわけには行かないようだ。地表に戻るには休息を挟んであと二日ほどは掛かるという。
その辺りの予定は彼らに任せておけば安心だろう。
「ところでセレス、あの
並行して歩きながら俺は隣のセレスに小声でそう話しかける。
「正直言って予想が付かないわ。恐らくあの城壁が簡単に破られることはないでしょうけど、飲まず喰わずで平気な
セレスが何かを言いかけて口籠る。どうかした? と俺は彼女の横顔を覗き込みながら訊ねた。
「これは個人的なことなんだけど……ハンマーフェローが戦場になればルタ王国で先陣を切って出兵するのは最も近いクーベルタン領からの可能性が高い。それが気がかりなのよ」
そうか。指摘されるまで気付かなかったが、ルタ王国側でハンマーフェローと緩衝地域を挟み隣接するのはセレスの地元であるクーベルタン領だ。真っ先に出陣を命じられてもおかしくはない。
俺はクーベルタン市で知り合った領軍の人達──ファビオ中隊長やドリス、サイラス中隊長らの顔を思い浮かべる。
血を流すことも兵士の仕事のうちとはいえ、彼らが戦場で倒れる姿など見なくて済むならそれに越したことはない。
たぶんセレスも似た気持ちなのだろう。
「魔物、来る」
俺達がそんな言葉を交わしていると、ミアが警告を発した。ガルド達が即座に反応する。
ここ数回の接敵で、ミアの探知能力はすっかりみんなから信頼されたみたいだ。
スカウトしたいというのも案外本気かも知れない。
引き抜かれないよう注意しないと。
戦闘は俺達がほとんど出る幕なく、あっさりと終了する。
「そういえばそっちの……銃じゃったか、魔弾を撃つ道具は壊れでもしたんかの?」
戦闘終了後に、ガルドがそんな風に話しかけてきた。
「たまたま使うところを目撃した者がギルド内で騒いでおったのを耳にしたのでな。見るのを愉しみにしておったんじゃが、ここまで弩しか使ってなかったろう」
俺が持つグレランもどきを指差しながら興味深そうな顔で言う。使うところを見たというのはたぶん、野外で試射を兼ねていた時のことだろう。
「いえ、壊れてはいないのですが、肝心の弾をほぼ使い果たしてしまって。何分、単価が高いので、多くは用意できませんから」
俺は事実をそう告げる。
「それは残念じゃな。機会があれば是非、見せて欲しいものじゃ。もちろん、秘密にする気がなければで良いが」
開発の経緯は別として、完成した武器そのものはギリル達がこの世界の素材や技術を用いて造ったものなので、特に隠匿するつもりはない。
普通に冒険者や軍隊が使うには採算が合わない上、オーバーキル気味だから普及は難しいと思うけどさ。
「おいおい、どこに目を付けてるんだ。弩だって普通じゃないだろ」
そう言って会話に割り込んできたのは、やはりと言うか、当然と言うか、白銀級冒険者のスヴェンだ。この二人は張り合わずにいられないんだろうか?
「お前に言われんでも承知しておるわい。次に訊こうと思っておったのよ。せっかちな奴よのぉ」
弩の方も只のクロスボウではなく、滑車を使いコンパウンド化したものだから珍しいに違いない。その上、コッキングもコブラシステムと呼ばれるグリップ下にあるレバーを動かし梃子の原理で楽に行える仕様であると共に、ボルトを五本まで装填可能なマガジンを装着した、まさに持てる知識を総動員して作り上げた世界に一つしかない特注品なのだ。
これもギリルの凝り性の為せる業である。
簡略化したものはいずれ売りに出すと言っていたから、よく似た装備が冒険者達の間に出回るのもそう遠くない日かも知れない。
「ふーむ、それにしても評価を見直すべきかも知れんの」
「何の話だい?」
ガルドの独り言にスヴェンが即刻反応した。
「これを作ったのは名匠ドリルの兄のギリルじゃろ?」
ガルドがそう訊ね、俺が少々驚きつつも頷く。
ドリルが知られているのはわかるが、ガルドはギリルのことも知っていたようだ。
もっとも弟とは違った意味での有名人であるらしい。
「ギリルって、
スヴェンもそう言って目を見張る。
あのが何を指すのか、何となく想像が付きそうだけど黙っておいた。
「へえー、そりゃ意外だな。噂じゃ役に立たない物しか造らないってことだったが、今度試しに剣でも打って貰うか」
スヴェンが思案顔で呟くが、全身トゲトゲだらけのロングソードとかスペツナズナイフ張りに刀身が飛んでいくダガーとか造られても知らないよ。
まあ、これを機にギリルの鍛冶師としての評判が上がって、生活に困らなくなるのは俺としても嬉しい。
借金を盾に手玉に取ろうと画策しているカミラさんには悪いけど。
もっとも、あの人ならすぐに別の手段を考えそうだ。
そうこうしているうちに上層階までやって来た。
潜る時とは違って進むごとに出現する
ガルド達の警護が優秀だったことは言うまでもない。
そうして俺達は遂に地上へ舞い戻った。
迷宮に足を踏み入れて、実に七日ぶりのことだった。
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