4 奈落の底

 転送された部屋に聖碑を設置し終えた俺達は、とりあえずそこを拠点に周辺を探ることにした。

 それにより、少なくとも俺達がやって来たルートは消えて無くなっていることが判明する。あったのは見憶えのない崩壊しかけた通路ばかり。

 この辺りは地下神殿跡の劣化が激しいようだ。天井も元々あった建材が剥がれ落ちて下地が見えてしまっているらしい。

 探索の痕跡がまったく見られないことを考えても、ここが未踏エリアであるのは間違いなさそうだ。

 その上、至るところに上層階ではあり得ないほどの高純度で魔石が生成されていることを思えば、同一フロアの可能性も捨て切れないが、それより下層に跳ばされたと見るのが妥当だろう。

 冒険者ギルドの公式発表によると現在、『死者の迷宮』の踏破済み最深部は第八層まで。自分達がいる場所がさらに奥深い階層であることは充分に推察できた。

 ここから地上に戻るのにどれほど上がって行かねばならないのか、想像するだけで気が遠くなる。

 それはそうと、ひと先ず戦闘に支障がない範囲で魔石を回収しておく。それだけでも通常の十倍以上の量だ。

「無事に生きて還れたら私達、大金持ちね」

 そんなセレスの軽口にも力なく笑うので精一杯の反応だった。

〈しかし、いつまでもここに留まるわけにもいかないか〉

 今のところ、魔物の気配は感じられないが、わざわざ罠にかけて転送させたくらいだ。この場が安全であるはずがない。骸骨大鬼スケルトン・オーガはきっとあの罠へ誘い込むために予め配置されていたもの。ならばいずれは奴らを凌駕する強力な魔物が現れると覚悟した方が良い。

 かといって闇雲に動き回っても無駄に体力を消耗するだけだ。

 地上への手掛かりとなる何らかの道しるべが欲しい。

「ミア、何か感じない? どんな小さなことでもいいわ。風の流れとか、草の匂いとか、あるいは生き物の気配。何でも良い。お願い、探ってみてくれない?」

 俺が一縷の望みを賭けてそう頼むと、ミアは頷いて目を閉じ、ゆっくりと辺りを窺う素振りを見せる。

 俺とセレスはそれを邪魔しないよう静かに見守った。

 やがて、目を開けたミアが俺を見上げて言った。

「よくわからない。でも……」

「でも?」

「こっちの方から外の気配、感じる……気がする」

 自信が無いのか、最後の方は小声になった。

 だが、それで充分だ。俺とセレスは視線を交わすと、頷き合った。

「ありがとう、ミア。そう言ってくれただけで満足よ。もし間違っていたとしても気にする必要はないわ。どうせ、ミアにわからなければ適当に彷徨い歩くしかなかったんだもの」

 俺がそう言ったのに続いて、セレスも口を開く。

「そうね。この中で一番感覚が鋭いのはミアなんだから、それで外れたら誰がやっても一緒だったでしょうね。具体的な方向が定まっただけで上出来よ」

 早速、出発しようと準備しかけた矢先、ミアが短く警告を発した。

「何か来る」

 セレスが即座に身構える。俺の魔眼にも魔物特有の魔力の流れが映し出された。

 現れたのは上半身が牛のような姿をして、下半身が人であるかのように直立したスタイルの魔物。たぶん、牛頭巨人ミノタウロスという奴ではないだろうか。

 大鬼オーガをも超える巨体に、生前の戦利品トロフィーと思われる頭蓋骨のネックレスを首に巻き、鎧の残骸を肩当てや脛当てとして雑に括りつけているが、その眼に生気は微塵も感じられない。既に絶命して随分と経っているようだ。身体のあちらこちらが腐りかけて蛆が湧き、一部には骨が覗いている。さながら牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビといったところだろう。

 背中から奇妙な具合に羽根が生えたように見えるのは、どうやら肥大化した肋骨が突き出たためらしい。

 そいつらが三体、前後に並んで突進して来た。

 手にしているのは戦斧やメイス、大鎚といった冒険者から奪い取ったと見られるそれぞれが別の武器。

 メイスから滴り落ちる血は、着いて間もないものと思われた。状況から言って先程逃げ出した冒険者が犠牲になったと考えて間違いなさそうだ。

 それに同情する間もなく、俺達は敵を迎え撃つ。相手の出方を窺うほどの余裕もないので、初っ端から全力だ。

 まずは先頭の牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビに俺がグレネードの通常弾をお見舞いする。相手はゾンビなので痛みや恐怖心による継戦不能は期待できない。

 よって顔面を狙い撃ち、確実に損傷を与える。

 距離が少しあったため致命傷とはならなかったものの、それでも突進を喰い止めることには成功した。

 すかさずその隙にセレスが斬り込む。碌にカヴァーし切れていない防具の隙間を狙って、愛剣を突き立て、的確にダメージを与えていく。

 セレスを囲もうとする残る二体は、ミアが上手く気を逸らせている。

 その間に俺は新たな弾頭を装填して、再び狙いを定めた。

 今度のは強烈だ。

 セレスが対峙していた牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビを斃し切ったところで、俺は声を掛けた。

「セレス、ミア、退いて。榴弾がいくわ」

 それを聞いた途端、二人共ギョッとして急いで後方に跳び退く。あわわ、と声が聞こえてきそうな慌てぶりだ。

〈そんなに狼狽えることかな?〉

 俺は大袈裟過ぎじゃないかと思いながら、二体目の牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビの頭部を狙ってXM25張りの水平撃ちを敢行する。

 さすがにエアバースト(標的との距離を自動で計って手前や後方で起爆させる仕組み)は無理だが、単純な瞬発信管でも射撃に問題ない。

 俺が引き金を引いた次の瞬間、打ち上げ花火が開くのに似た破裂音と共に牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビの首から上が跡形もなく吹き飛んだ。威力だけなら現代兵器にも引けを取らない結果だ。

 というか、ちょっと強力過ぎた感じ。

 弾頭に詰められた炸薬が爆発した余波で空気がビリビリと振動し、鼓膜が痛い。天井からボロボロと岩肌が落下してくるけど、まさか崩落したりはしないよね?

 思った以上に閉鎖空間での榴弾の使用は注意が必要なようだ。

 幸いなことに剥がれ落ちたのは岩肌の表面だけだったみたいで事なきを得る。

 安心しかけたその時、粉塵をかき分けて最後の一体が俺に猛然と襲いかかるのが見えた。

〈やばい。グレネードの再装填がまだだ〉

「ユウキ!」

 セレスが一拍置いて俺の下に駆け寄ろうとする。だが、牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビの方が早い。

 奴の持つ、どす黒く変色した戦斧が俺の目の前で高く振り上げられる。

 俺は目を逸らしたくなる恐怖に必死で抗い、心の中で吼えた。

〈新装備がグレランもどきだけだと思うなよ〉

 太ももに装着したホルスターからリボルバー型の拳銃を引き抜く。素早く狙いをつけて、立て続けに引き金を絞った。

 これはパーカッションロック式前装リボルバーであるコルトM1848を模したものだ。

 現代の回転式拳銃と言っても通用しそうな見た目ながら金属薬莢ではなく、弾丸と炸薬と雷管を別々に籠めなければならない旧式の代物。

 だが、装弾数は六発で、シリンダーに発射薬を入れ、その上から弾丸を押し込んで準備する仕組み。銃用雷管であるギリルが発明した点火核は、シリンダーの背面に被せて装着する。

 一応、発射薬はペレット状に固めて使いやすくしてあるが、それでもすべて装填するにはそれなりの時間が掛かる。とても戦闘しながらは不可能だ。

 従って本来なら六発だけの撃ち切り。ただし、異世界の技術を用い、オリジナルにはない幾つかの変更を加えることで、使いやすさの向上を目指した。

 まずは元はシングルアクションのこの銃をダブルアクションに改造。片手で連射できるようにした。

 両手を塞いでしまうとサイドアームの意味合いが薄れるので、これは必須だ。

 また、素材の強度を活かして中折れ式ブレイクオープンとし、シリンダーごと抜き差し可能にすることで、再装填の手間をシリンダー交換により簡素化。装填済みシリンダーを予め用意しておけば、迅速にリロードできるというわけ。

 再装填にシリンダーごとを差し替える方式は、後発のレミントンM1858でも見られるが、あちらはローディングレバーを引き抜き真横に外すタイプで、より迅速に行えるようになった中折れ式は俺の記憶ではなかったと思う。

 一発一発の威力は当然ながらグレネード弾に及ぶべくはないものの、速射性と連射性においてはこの世界における他の遠距離武器と比べても群を抜く。

 名称はそのままM1848の通称である〈ドラグーン〉とした。

 ドラグーンは日本語なら竜騎兵と言ったところだが、ドラゴンに騎乗して戦うというファンタジーっぽい設定ではなく、本来は火器を携えた騎兵のことだ。

 この世界ならもしかして本物のドラゴン・ライダーもいるかも知れないけどね。

 ちなみにグレネードランチャーもどきの方の呼び名は、只の試作一号機だ。

 そのドラグーンが、牛頭屍巨人ミノタウロス・ゾンビ目がけて続けざまに火を吹く。

 倒し切るまではいかないながら、怯ませるには充分な効果があったようで、セレスの救援が間に合う。

 最後はミアと協力して、二人が斃した。


 そこから体感で数時間は経過したが、未だ上り階段は疎か下り階段も見つからず、脱出は遅々として進んでいない。

 その間に二度、不死の魔物と遭遇して戦闘になった。

 どちらも骸骨兵士スケルトン屍人ゾンビの亜種で、セレスの獅子奮迅の活躍もあり、何とか切り抜けられはしたものの、さすがに彼女も連戦で疲労の色が濃い。

 このままではいずれ力尽きてしまうのは自明の理と言えた。

 危険だが、どこかで休息を挟むしかない。

 幸いなことに俺とミアが交互に見張れば、魔物の接近は感知できよう。

 休憩できそうな場所を探して通路を進んでいると、やがて前方に微かな明かりが洩れ出す空間を見つけた。

 丁字路の角を曲がった先に光源があるみたいだ。影が揺れているところを見ると、篝火でも焚かれているのかも知れない。

 不死の魔物アンデッドの中にも怨霊レイスのようにある程度生前の知識を宿しているものもいるらしいので、こうしたことがあっても不思議ではないのだろう。

 どの途、警戒するに越したことはないので、危険を見極めようと魔眼を発動した途端、これまでに見たことのない魔力の奔流が視界に飛び込んできた。

 同時にミアが全身の毛を逆立てて跳び退る。彼女も異変を察知したようだ。

「どうしたの?」

 一人だけ蚊帳の外に置かれたセレスが、そう訊ねてくる。

「この先、ヤバいことになっている」

 俺が思わず女性であるのを忘れて素で答えそうになるほど焦っていた。

「ヤバいって、何が?」

「とんでもない魔力の流れが集まってる。ミアも似たように感じたみたい。たぶん、この向こうにいる魔物は百や二百じゃ済まないはず」

「二百って、そんなまさか──」

 俺の言葉を聞いてセレスが絶句する。二百は少なめに見積もった数で、それ以上と言ったのだが、彼女には勘違いですら信じ難かったようだ。

「……逃げよ」

 小刻みに震えながら、ミアが俺の袖口辺りを掴み、この場から立ち去ろうと引っ張る。

 だが、俺はその手を辛うじて押し留めた。

「待って。何か様子が変よ。この感じ……魔物が集会を開いている?」

 そんなはずはないと思いながらも俺は見たままの様子を口にする。

「ふざけている場合じゃないわよ。魔物が集まっているのが事実ならミアの言う通り、今すぐこの場を離脱しないと」

 セレスの言は正しい。戦ってどうにかなる数ではない。

 もし見つかれば全滅は免れないだろう。

 それでも尚、俺は胸に引っ掛かりを覚えた。

「……二人は下がって」

「二人って、ユウキはどうする気?」

 セレスが不安を滲ませた声で訊ねてくる。

「私はあの曲がり角の向こうを調べてみるわ。魔眼があれば出会い頭に魔物と遭遇することは無いはず。もしそうなったら……二人には逃げて欲しい」

 この身体の持ち主であるもう一人のユウキには付き合って貰う外ないが、セレスやミアを自分の勘に巻き込むつもりはない。

 そう思っていたのだが──。

「ユウキが行くなら私も行くわ」

「ミアも行く」

 二人がそんなことを言い出した。

「ダメよ、そんなの。万一があったらどうするの?」

 俺は反対するが、三人でなら切り抜けられるかも知れない、と主張して、頑として譲らない。

 その強情な態度に根負けして、遂には一緒に行くことを認めてしまった。

〈まったく二人の頑固さにはほとほと呆れ返るしかないよ〉

 俺は自分も彼女達の立場ならきっと同じようにしただろうことを棚に上げ、誰にともなくそうぼやいた。

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