3 ブービートラップ

 骸骨大鬼スケルトン・オーガ──。

 単純に言えば大鬼オーガの亡骸を素材にした骸骨の魔物。

 骸骨兵士スケルトンに限らずアンデッド系の魔物はその性質から元となる生物によって各個体の強さは大きく変わる。

 中でも素体として最も広く使われるのは人間だ。ヒト族の時もあればドワーフ族や獣人族の場合もある。死体の入手が他のものと比べて格段に容易だからだろう。

 人間以外だとゴブリンやオーク、トロールなど凡そ二本足で立つ生き物であれば、大抵は骸骨兵士スケルトンとするのに過不足ない。

 それらのうち生きている時でさえ強力無比で厄介極まりない存在である大鬼オーガを素体としたものは最悪の部類に属する不死の魔物アンデッドと言えた。

 その骸骨大鬼スケルトン・オーガの群れが目の前に立ち塞がる。本来なら三階層は下でないと遭遇しない相手のはずだ。

「どうしてこんな上の階で骸骨大鬼スケルトン・オーガが出るんだよ。ギルドの事前情報と違うじゃねえか」

 逃げ込んで来た抜け駆け冒険者がそんな泣き言を洩らす。

 それは確かに謎だが、今ここで詮索すべきことではない。

「とにかく固まって。ばらけていたら囲まれて終わりよ」

 格下の相手とは異なる対処の仕方を取る。それには人数はできるだけ多い方が良い。もはや彼らの信用がどうとか言っている場合ではなかった。

 だが、未熟な冒険者の彼らはパニックに陥っていて、こちらの指示は届いていない様子だ。出鱈目に室内を逃げ回ろうとする。

 落ち着いて見れば、四人いたはずのパーティーも三人になっている。ヒト族の一人は既にやられたっぽい。

 彼らを戦力として当てにするのは止めよう。

「セレス、一番近い敵に全力で当たって。ミアはセレスに魔物が集中しないよう他の奴らの注意を逸らして。ただし、無理は絶対にしないこと。危なくなったら急いで引くのよ」

 俺はグレネード弾の出し惜しみを撤回して、セレスが対峙している奴とは別の敵を仕留めにいく。

 ──大丈夫。行ける。

 俺とセレスがそれぞれ一体ずつを屠ったところで、そう思った。

 確かに強敵には違いないが、冷静になって対処すれば斃せない相手ではない。

 その証拠に俺が消費したのは通常弾一発だけだ。

 入口が狭くて、一度に入って来られないのも有利に働いている。

〈いいぞ、この調子なら何とかなる〉

 途中でミアが退くタイミングをミスって負傷したが、幸い傷は浅かったので回復の水薬キュア・ポーションで充分治療できそうだ。

「うわぁぁぁ」

 俺達が着実に相手を仕留めていく中、強引に室内に入り込んだ何体かが抜け駆け冒険者の下へ向かう。それを見て、ミアが助けに動こうとした。

「待って、ミア。彼らのことは放って置いていい。そのままセレスのフォローを続けなさい」

 驚いた表情でミアが俺を見る。だが、俺は指示を変える気はない。

 ちょうど良いので彼らには戦力を分散する囮になって貰おうと考えていた。

 彼らの命より、自分達の安全の方が優先だ。

 何を置いても俺の命令に従うという約束を思い出したのか、ミアが何も言わずに元の位置に戻る。指示された通り、セレスに近付こうとする魔物の牽制を再び始める。

 そのセレスとチラリと目が合った。

 そこから彼女の感情を読み取るのは不可能だった。

 容認されたか、軽蔑されたか。

 いずれにしても考えるのは後回しだ。

「嫌だ、死にたくないぃぃ」

 リーダーらしかったドワーフ族の冒険者が骸骨大鬼スケルトン・オーガの持つ棍棒で脳天を打ち砕かれると、もう一人のドワーフが絶叫を上げながら部屋の片隅へと後退する。

 それを冷徹に横目で眺めていた俺は、その場に何かの違和感を覚えた。

 あるはずの物が見えていないような薄気味悪い感覚。

 じわじわと広がる不吉な予感。

 念のため、魔眼を通して確認すると──。

 部屋の隅にある壁の一角から魔力の流れが見える。如何にも手に取れと言わんばかりの無造作に掛けられた古びた短剣がある場所だ。

 そして近くには逃げ惑う冒険者。彼の手にしていた武器は──ない!

 逃げ回るうちに、どこかで落としたに違いなかろう。

 怯える彼の目が壁の短剣に留まった。

 そのことに気付いた途端、俺は魔力の流れが意味することを理解した。

「やめろ! それに触るな!」

 全力で叫んだが、遅かった。

 ドワーフ族の冒険者が短剣を取り上げると同時に、足許の敷石の隙間が白く発光し出す。

 恐らく他の者の目にはそれだけだったろうが、魔眼を発動したままになっていた俺の視界にはその下に描かれた魔法陣までくっきりと浮かび上がっていた。

 罠だ。どんな種類のものかは不明だが、何らかの魔法が発動したに違いない。

「まずい。転送の罠よ」

 セレスが魔法の正体について教えてくれる。が、出口を魔物に塞がれていては脱出のしようがない。

 あっという間に周囲が光の喧騒に充たされ、目の前がホワイトアウトする。

 一瞬だけ眩暈のように平衡感覚を失う感じに襲われた。

 やがて、視界を白く染めていた光が弱まると、周囲の景観が甦る。

 一見すると、どこも変わっていない様子。セレスやミアの姿も元居た場所に確認できた。

 たった今起きたことが信じられず辺りを重苦しい静寂が押し包む──ことにはならなかった。

「ぎゃぁぁぁ」

 トラップを発動させた冒険者の悲鳴が室内に木霊する。

 セレスの言う通りなら、骸骨大鬼スケルトン・オーガも一緒に転送されたみたいだ。

 奴らの攻撃が止む気配はない。

「ひと先ず目の前の敵に集中するのよ。セレスは引き続き、入口付近の奴をお願い。ミアと私で室内に入り込んだ敵を始末するわ」

 よく見ると、部屋の中に入り切れず外の通路に溜まっていた骸骨大鬼スケルトン・オーガは消えている。これならセレス一人で対処できるだろう。

 転送されたのが事実とすれば、それは室内だけに起きたことのようだ。

 程なくして残った骸骨大鬼スケルトン・オーガをすべて斃し切る。

 ひと息吐く間もなく、周囲の安全確認に取り掛かる。トラップがあれだけとは限らないためだ。

「ミアは入口を見張っていて。ただし、通路には絶対出ないように。異変を感じたらすぐに教えて。部屋にある物に勝手に触っちゃ駄目よ」

 それだけの指示を手早くミアに出すと、魔眼で室内を隈なくチェックする。

 魔法陣の発動前にあった魔力の流れは、短剣が掛けられていた場所を含め、どこにも見つからなかった。既に罠を発動し終えた後だからだろう。

 屈み込んで細かく自分の目で調べていたセレスの方も、やがて立ち上がると、首を左右に振った。

「罠は他になさそうね。元に戻れそうな仕掛けもないわ」

 セレスが残念そうに告げる。

「本当に転送の魔法だったの?」

「私達の身に何も起きていないし、あの感じだとたぶん間違いないわ。それに見て」

 俺の質問に、セレスが天井を指差しながら答える。

 指摘されるまで気付かなかったが、確かに足を踏み入れた時は石造りの人工的な天井だったはずが、今は剥き出しの岩肌に変わっている。しかも所々に見たことのない魔石の大きな結晶が氷柱状に突き出ていた。

「問題は転送されたかどうかではなく、どこに跳ばされたかってことね」

 そう決定付けた。

「嘘だ。俺は信じないぞ。転送なんてされたはずがない!」

 セレスの話が聞こえたのだろう。部屋の片隅に蹲っていて、すっかり意識から抜け落ちていた抜け駆け冒険者の最後の生き残りであるヒト族の男が叫んだ。

「大声を出さないで」

 俺がそう注意するが耳には届いていないよう。もう嫌だ、俺は還る、と言い放つなり、部屋から飛び出そうとした。

「待ちなさい」

 止めるが、無視して暗がりの中へ走り去ってしまう。

 今度もまたミアが追いかけようとするが、俺が制止した。

「これからどうするの?」

 セレスも構っていられないという感じで、彼のことは初めから見なかったかのようにそう訊いた。

「ひと先ずこの部屋に聖碑を設置しましょう。恐らく気休め程度にしかならないと思うけど、何もしないよりはマシなはず。その後、脱出経路を探すわ。ここからは採算を度外視して全身全霊で行く。無事に地上へ戻るために、一切の加減は無用よ」

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