2 不穏の足音

「ここからが未踏エリアか……」

 ギルドから提供された地図を頼りに、俺達は上層階の踏破済みエリアの端に辿り着いた。当然、そこから先の地図はほとんどが空白だ。

 新たに発見された未踏エリアの入口とは、壁の一部が崩れて人一人が屈んで潜れるくらいの穴が開いた一角だった。

 その手前に、休息ポイントの設置が済むまでは立入禁止という申し訳程度の冒険者ギルドの注意書きが掲げられている。他に見張りなどは置いていないようだ。

 こんな警告でも破れば冒険者資格を剥奪されかねないので、効果は抜群ということなのだろう。

 もちろん、正規に依頼を受けている俺達には関係がない。

 早速、セレスを先頭にその穴を通り抜ける。

 未踏エリアと言っても探索の仕方はこれまでと大差ない。魔物が出現すればそれを討伐し、遺物や魔石があるなら回収して持ち帰り、必要な場所ではマッピングする。

 違っているのは大半の通路の先がどこに繋がっているのかわからないということくらい。

 その中でも唯一、判明しているルートに沿って目指す部屋に向かうことになる。

 地図を読むのが苦手なセレスにナビゲーションは任せられないので、必然的にその役目は俺が果たすことになるが、単純な道程なので迷うことはまず無いだろう。

 なお、聖碑は設置すると結構な大きさになるのだが、運ぶ時はパーツ毎に分解して持てるため、一人当たりの負担はさほどでもない。

 念のため、魔眼で周囲を警戒する頻度を高めておく。以前ほどは疲れなくなったので、半日程度の探索ならそうしてもひと晩寝れば翌日に影響を持ち越すことはない。

 ミアにも異変を感じたらすぐに報告するよう伝えておいた。

「さすがに手付かずだけあって、探せばお宝は一杯ありそうね」

「ええ。開放されたらしばらくは下位の冒険者で賑わいそうだわ」

 俺とセレスが周辺の様子に気を配りながら感想を言い合う。

 しばらく進むと、分かれ道が見えてきた。右へ曲がった先が目的地の方向だ。

 だが、その直前で前を行くミアがピタリと足を止める。

「魔物の気配。あの奥」

 俺も魔眼を発動して、その位置を探る。

「左側の通路の先に小規模な集団がいるわ」

 気付かれずに通り過ぎることもできそうだが、後方からやって来られて挟み撃ちされると厄介だ。ここは多少ルートを外れても先にそちらを殲滅することにした。

 通路は並んで歩く分には充分な広さはあるが、戦闘となるとそうはいかない。一人が全力で立ち回るのに精一杯の横幅だ。

 マッピング済みの場所なら手近な部屋にでも誘い込むのが得策だが、初見の場所でそれもできないとなれば不利なポジションを承知で挑むしかなかった。

 俺達はセレスを前面に押し上げ、その後ろから俺が可能なら援護、ミアには最後尾で後方の警戒に当たらせるという布陣を組んだ。

 この辺りは照明代わりとなるヒカリゴケの育成がまだなので、腰に吊るした魔法道具であるカンテラの灯りだけが通路を見通す手掛かりとなる。陰影が濃くなりがちなため、特に暗い場所からの不意打ちには注意が必要だ。

 もっとも俺の魔眼とミアの嗅覚を以てすれば、そんな不測の事態は許さないが。

 短い距離だが一応、マッピングしながら進む。

 オートマッピングなんて便利な機能のなかった頃の古いゲームをしていた記憶を思い起こす。よく方眼紙にチマチマと地図を描いていたっけ。

 見つけた敵は只の骸骨兵士スケルトン屍人ゾンビだったので、俺がグレネードを撃つまでもなく、セレスがサクサクと倒していった。

 それから本来のルートに戻り再び探索を続けていると、最初に異変に気付いたのはまたしてもミアだった。彼女は優秀な警戒要員になれそうだ。

「音、聞こえる」

 俺とセレスも耳を澄ますが、まだ何も聞こえない。

「どんな音?」

 俺はミアに訊ねた。

「剣。戦う音」

 戦闘音ということらしい。この先で何者かが争っているようだ。

 だが、ここは現在ギルドから立ち入りを禁じられている。冒険者でないとすれば魔物同士の戦いということになるが、そんなものはこれまで迷宮で一度もお目にかかったことはない。

 俺達は先を急ぐ。

 やがて、俺の耳にも剣戟の響きが届き始めた。

「これって……?」

「間違いないわ。人が戦うそれよ。しかも複数人でやり合っている音だわ。私達より先に誰かが足を踏み入れていたみたいね」

 つまり、ギルドの警告を無視した者達がいるということだ。

 こっそり侵入すればバレないとでも思ったのだろう。

 当然、報告すれば何らかの処罰が下されるのは間違いない。

 とはいえ、このまま放って置くわけにもいくまい。そもそも音が聞こえてくるのは進行方向からなので、避けて行くことは不可能なのだ。

「この先に戦闘中のパーティーがいると思われる。必要なら手助けするけど、相手にも油断しないで。ギルドの規則を平気で破るような連中よ。友好的に振る舞うとは限らない」

 俺は二人にそう注意喚起する。

 大人しくこちらの指示に従えば良いが、場合によっては証拠隠滅を図ろうとするかも知れない。

 それも真正面から挑んでくるならまだしも油断させておいて背後から斬り付けるような輩でないとは言い切れないのだ。

 そこからは慎重な足取りで進み、少し行ったところで魔物と戦闘を繰り広げている四人組のパーティーを見つけた。

 暗さのせいで顔は見分けが付かないが、体格のシルエットから恐らくドワーフ族二人とヒト族二人の編成であることが窺える。

 敵は数こそ多いものの、骸骨兵士スケルトン屍人ゾンビだけの集団であるにも拘わらず手こずっているところを見ると、恐らく新人の冒険者だろう。

 愚図々々しているとさらに新手が集まってきそうなので、即刻介入を決意した。

「私達は同業者だ。助力するぞ。文句があるなら戦いが終わった後で聞く」

 そのように宣言しつつ、距離を詰める。

「何だと? いや、あんたらも目的は同じか。なら手助けは感謝する。回り込もうとする奴らを引き受けてくれ」

 ドワーフ族の冒険者の一人がそう叫ぶ。

 どうやら彼らは俺達も抜け駆けして探索していると勘違いしたみたいだ。その誤解を解くのは戦闘終了後で良いだろう。

 回り込もうとする奴らを引き受けてくれと言ったが、狭い通路での乱戦になれば同士討ちの危険が高まる。ミアは密集した状態での戦い方がわからないのか、動きが挙動不審に陥っていた。

 本当なら彼らが下がってこちらに任せてくれるのが一番確実な対処の仕方だが、それを言っても素直に聞き容れるとは思えない。

 代わりに俺はこう提案してみた。

「この先に広い部屋がある。そこでなら存分に戦える。私達が突破口を開くから後に付いて来て欲しい」

「何? 本当か?」

 リーダーらしいドワーフ族の冒険者が一瞬逡巡するが、苦戦している状況に思い至ったのか、わかった、と答えた。

「セレス、お願い」

 俺は短く相棒にそう告げる。

 既に突進の準備をしていた彼女が、邪魔な前衛の脇を抜け、立ち塞がるアンデッドを斬り伏せながら一陣の風となって通路を駆け抜ける。俺とミアがすぐにその後を追った。向こうのパーティーメンバーも上手く付いて来られたようだ。

 そのまま五十メートルほど先の聖碑を設置予定の部屋に全員で飛び込む。魔眼でチェック済みではあったが、肉眼でも室内に魔物が潜んでいないことを確認して、即座に反転して迎え撃つ態勢を整える。

 三拍ほど遅れて骸骨兵士スケルトン屍人ゾンビが部屋に雪崩れ込んで来た。

 だが、こうなれば俺達に死角はない。

 今度はミアも本来の動きを取り戻し、セレスに負けない勢いで魔物を討ち倒していく。

 その様子に抜け駆け冒険者達は唖然とした表情だ。

「嘘だろ。何だ、あの出鱈目な強さは?」

「いや、待て。あそこの白銀鎧の女性冒険者、見たことがある。『クーベルタンの戦乙女』に相違ない。だとすると、あの黒髪の方は最近ギルド内で話題になっている『魔弾使いの女神』か」

 火石や雷石を使った魔弾は人前で撃ったことは無いはずだけど……。

 いや、それより『魔弾使いの女神』って初めて聞いたぞ。

 気恥ずかしいので大仰な呼び方はやめて欲しい。

 そんなことを考えているうちに、魔物はセレスとミアの二人がほとんど斃し終えていた。

「とりあえず礼を言っておくが……黄金級冒険者のあんた達までギルドの言い付けに背いたのか?」

 リーダーっぽいドワーフ族の冒険者は、さすがに不審に思ったようだ。

 黄金級冒険者は正確に言えばセレスだけだが、彼らからしたら俺達も同じに思えるのだろう。

 胡麻化す必要もないので、正直に打ち明ける。

「いいえ、私達はギルドから正式に依頼を受けて行動しているわ。あなた達は違うようね。このことはギルドに報告するしかない。処分は追って下されるでしょう。悪いことは言わないわ。これ以上心証を損ないたくなかったら直ちに引き返しなさい」

「待ってくれ。そんなことをされたら俺達、冒険者でいられなくなっちまう」

 それは自業自得というものだ。少なくとも俺達は処分を決定できる立場にはないので、どうにもならない。

「ここでつべこべ言っても無駄よ。申し開きはギルドにすることね」

 そう言って彼らを突き放す。

「おい、こうなったら……」

「馬鹿を言え。あの戦いっぷりを見ただろ。俺達が敵うわけがねえ」

「だったら、このままクビになってもいいっていうのか?」

 戦いの余波で興奮しているからなのか、俺達にまで不穏な会話の中身が筒抜けだ。

「あ、ああ、それなら未踏エリアの入口まで送って貰えないか? 何しろ、さっきの戦闘でヘトヘトなんだ。もちろん、礼ならする」

 背中から刺そうとするのが見え見えな頼みに、もちろん俺は速攻で拒否する。

「断るわ。自分達で何とかすることね。忙しいからこれ以上構ってもいられない」

 俺はそう言うと彼らから目を逸らした。無論、本当に意識から排除したわけではなく、注意は向けている。

 セレスやミアも同様だった。

 俺達が相手にしないと伝わったようで、しばらく彼らは無謀な賭けに出るか悩んでいたようだが、やがて諦めてその場を立ち去った。

「あれで良かったの?」

 少し経って、セレスがそんな風に訊ねてきた。

「良かったって何が?」

 俺が不思議に思ってそう訊き返す。

「彼らが無事に帰還できるか、心配にならないかってことよ」

 ならない、と俺はきっぱりと答えた。

「別に彼らが不正をしたからとかじゃない。まあ、向こうが信用できる相手で、こちらの依頼の邪魔にならなければ一緒に戻るくらいのことはしたかも知れないけど、本質的には同じことよ。自分達が危うくなれば見捨てる。大事なのはここにいる二人だもの。それ以外は全員ついでよ。もちろん、自分が逆の立場になっても恨まない。冒険者なんだからそのくらいの覚悟は当たり前でしょ? セレスはどうなの? 心配になるの?」

「そうね、私もならない」

 はっきりとセレスもそう告げた。

 冷酷なようだが、そうでなければ仲間は護れない。そのことは冒険者を続ければ続けるほど感じざるを得ない現実だ。

 所詮、勇者にはなれないということか。

 その時、ミアが何か感じ取ったように顔を上げた。

 次の瞬間、部屋の外に絶叫が響き渡る。続いて遠くから近付く足音。

 身構えた俺達の目の前に、立ち去ったはずの新米冒険者達が駆け込んで来る。

「助けてくれ。頼む。あれは──」

 その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、彼の背後に魔物が姿を現す。

 これまでと同じく骨だけとなった身体。

 ただし、通常の骸骨兵士スケルトンとは異なった特徴的な外見を持つ。

 額から生えた二本の角。下顎から上に伸びた巨大な牙。身長も優に二メートル以上はある。

 上層階では決して見かけることのなかったその魔物の正体は──。

骸骨大鬼スケルトン・オーガ

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