ハンマーフェロー編Ⅲ 迷宮の章

1 未知への探求

「ミアは右から回ってセレスの方へ魔物を追い込んで。右は長い方よ」

 俺はミアに向かい、そう指示を飛ばす。ミアは猟師である父親の狩りに同行していたというだけあって、魔物を追い立てるのが上手い。

 長い方というのは彼女が持つ左右の小剣のうち、刀身長が長めの側という意味だ。

 まだ咄嗟に右と左の区別が付かないミアのために、そのような言い方をしている。

 そこからわかるように、現在のミアは双剣使いだ。器用な彼女にはその二刀流スタイルが合っていたらしい。

 ちなみに手にしているのはドリルの弟子の一人が鍛えたミスリル合金製の小剣だが、実は失敗作だ。

 ロングソードとショートソードの中間くらいの使い勝手を想定してサイズ違いで何本か作ったそうだが、却って中途半端な長さに誰からも見向きされなかったという。

 それが体格の小さなミアにはピタリと合って、晴れて彼女の装備品となった。

 そのミアが持ち前の俊敏さで魔物の気を逸らした隙に、別方向から本命のセレスが斬りかかる。これが今の我々にとって最も得意とする戦法になりつつある。

 ただし、最後に残った敵は不死系魔物の中でもひと際タフな相手だ。さすがのセレスでも斃し切るのに手こずりそうな予感。

 時間を掛けていると他から集まった魔物に取り囲まれる恐れがあるので、ここは素早くとどめを刺す決意をした。

「二人共、下がって」

 俺はセレスとミアにそう声を掛ける。

 セレスの攻撃で粗方動きが止まっていた魔物に対し、近付いた俺が狙い澄ましたグレネードランチャーもどきの一撃を放つ。

 弾頭は一番単価が安い通常弾を選択してある。

 これは発射筒に普通の散弾を詰め込んだだけの、一種のラッパ銃ブランダーバスとして使う用のものだ。

 ライフルみたいな遠方からの狙撃では弾がバラけてほとんど役に立たないが、至近距離だと絶大な威力を誇る。

 最初は野外で試し、閉鎖空間での使用に問題ないことを確かめたのち、迷宮でも用い始めた。

 その散弾の腹に響く轟音が地下迷宮に木霊した。

 ミアはこの発射音が苦手らしく、毎回耳の毛を逆立ててビクッとするので、早く慣れて欲しい。

 音が完全に鎮まり切るより先に、目の前の不死系魔物がどさりと地面に崩れ落ちた。

 アンデッドとはいえ物理攻撃が完全に効かないわけではないため、このように通常武器でも威力があれば充分に対抗可能だ。

 俺は撃ち終わった発射器の中程に当たる銃身の根元を折って、空になった薬莢を取り出し、新しい通常弾を装填する。この空薬莢も貴重な材質なので、可能な限りは捨てずに持ち帰り、再利用する方針だ。

「この先、何かいる」

 俺とセレスが仕留めた魔物の後処理をしている間に、顔を上げて中空を何やら睨んでいたミアがそう告げた。

「わかるの?」

 俺の魔眼の探知だと迷宮内ではあちらこちらに魔力の痕跡が多過ぎて、もっと近寄ってからでなければ正確な位置を探り出すのは困難だ。それでも不意打ちを避けられるというだけで発動するメリットは大きいが。

 ミアはもっと遠くから方向を見定めることができるらしい。

「匂い」

 俺の問いかけに、首肯しつつミアが答える。

「匂いでわかるってこと? どこででも?」

 今度はセレスが訊ねた。

「外はムリ。中ならわかる」

 野外のような開放的な空間では匂いの元がはっきりしないが、閉ざされた空間ならどこから漂ってくるか掴めるということであろう。

 だから迷宮に潜る以前の活動では何も言わなかったのか。

「それって凄いじゃない」

 セレスに誉められて、ミアも満更ではなかったようだ。表情は澄まし顔だが、尻尾がパタパタと小刻みに揺れている。

 なお、後に訊いた話によると人の見分けも匂いで付くそうだ。セレスは普通に裕福な家庭の匂いがするという。ギリルやドリルやその弟子達も匂いに変わったところは特にないらしい。

「ユウキ、他の人と違う。今まで嗅いだことのない匂い」

 俺に関してはそう言われてしまった。

 食べ物や育った環境がまるで違うので、当然と言えば当然になるか。

 それはそうと、折角ミアが標的を見つけてくれたので、見逃す手はない。

「続けていこうか」

 俺が言うと、二人が揃って頷いた。

 こうして俺達は『死者の迷宮』と呼ばれるダンジョンの探索に勤しんでいた。


「何とか採算が取れそうで良かったじゃない」

「一発でも外していたら赤字だったけどね」

 俺とセレスは夕闇が迫る石畳の道を冒険者ギルドへと急ぎながら、そんな会話を交わす。

 話していたのは依頼の報酬と弾薬代を含む諸経費との兼ね合いについて。

 不死系の魔物は斃しても大半が素材としては価値のないものばかりなので、報酬は主に隠し通路など未踏地域のマッピングと、地上に魔物が這い出してこない目的で行う指定されたエリア内の討伐で間引いた数に対して支払われる。

 それと道中で見つけた遺物や魔石を売却して得た代金だ。ただし、俺達に限って言うと魔石は弾薬として使用した分を補充のため差し引くので、それは数には入れられない。

 大体、迷宮に一回潜ると半日から長くて一日程をその中で過ごす。

 これまでに踏破されたエリアはマップ情報が冒険者全員に開示され、上層階には比較的安全とされる休息ポイントも幾つかあるが、絶対ではないのでなるべく迷宮内で寝泊まりすることを避けているためだ。当然、用意だけはしてあるが。

 そのくらいの期間、迷宮に留まって中級クラスの魔物と遭遇する確率は凡そ二、三回程度。初級の魔物が只の骸骨兵士スケルトン屍人ゾンビの群れであるのに対し、中級だと骸骨戦士スケルトン・ウォーリア木乃伊人マミーのように派生型のやや手強い敵が混じった一団となる。

 この中級クラスの魔物を相手に通常弾を一発使用すると仮定して、利益が出るか出ないか採算ラインはギリギリといった辺り。二発以上撃った場合はほぼ確実にマイナスとなる。

 よって攻撃手段を選ぶ際には収支との兼ね合いが重要となるのだ。

 異世界もなかなかに世知辛い。

 なお、中層階以下にはさらなる強敵の骸骨巨人スケルトン・ジャイアント不死魔獣アンデッド・ビースト死霊騎士デスナイトなどに加え、悪霊ワイト死霊スペクター怨霊レイスといった実体が希薄な幽体アストラル系の魔物も出現するらしい。

 これらには通常武器による攻撃は効果が薄いので、魔力を通したレア合金製か、グレネードなら割高な魔弾を使用することになる。

 ますます持ってシビアな運用が鍵となるが、これまでのところ、まだ探索したのは上層階のみで遭遇したことはないのが救いと言えるか。


「セレスさん、他の方もちょっと宜しいですか? ギルド長が皆さんにお話したいことがあるそうです」

 迷宮探索も三度目を数え、無事帰還してギルドに報告を終えたところだ。

 今回は何とかそこそこの利益を上げられた。比較的良質な魔石が多く見つかったのが幸いだったと言えよう。

 それにしてもギルド長自ら話とは何事であろうか?

 ひと先ず話を聞くためにギルド職員であるドワーフ族のお姉さん案内の下、俺達は二階の応接室に通される。

 待ち受けていたのはやはりドワーフ族の男性で、この街の住人にしては珍しく上品な装いの紳士だ。

 そういえばハンマーフェローの冒険者ギルド長に面会するのはこれが初めてだったことに気付く。その割にどこかで見た顔だと思ったら、以前に『妖精の園』で客が揉めた際、イスタニアのお偉いさん達と同席していた身分の高そうなドワーフの中にいたのを思い出した。

 あの時は確かドワーフ族は三人だった。ということは、残る二人が職人ギルド長と商人ギルド長に相違あるまい。

 その彼に勧められるままに、向かいのソファーに腰を下ろした。

「わざわざご足労願ってすまなかった。私はハンマーフェローの冒険者ギルド長を務めさせて貰っているブルターノだ。ああ、そちらの自己紹介は必要ない。三人共、よく存じ上げているよ」

 黄金級冒険者であるセレスはともかく、俺やミアのことまで把握しているとは、やはりギルド長の肩書きは伊達ではないということか。

 向こうが手間を省いてくれるならこちらとしても願ったりなので、黙って彼の話の続きを待つ。

「こうして来ていただいたのは他でもない。ギルドとして是非、依頼したい件があるからなのだ。聞いて貰えるかね?」

 ギルド長の視線の先は主にセレスだった気がするが、彼女は俺に任せたと言いたげな表情で隣を見やるので、やむを得ず俺が返答する。

「ええ、どうぞお話しください」

 俺がリーダーらしく振る舞うことを少し意外に感じたようだが、ギルド長は口には出さずに話を進めた。

「君達も探索を行っている『死者の迷宮』なんだが、実はこのほど上層階に新たな未踏エリアが見つかってね。これまでも小規模な隠し通路や隠し部屋などが発見されることは度々あったものの、今回はかなり規模が大きいようなのだ」

 冒険者ギルド長によると、この規模で新エリアが見つかるのは数年に一度あるかないかのことらしい。

 当然、何があるかわからない分だけリスクは大きいが、手付かずなら思わぬ掘り出し物に出遭う可能性も高い。

「ギルドとしては未熟な冒険者達が一獲千金を狙って無謀な探索を行う前に、ある程度の安全性を確保しておきたいのだよ。そこで黄金級冒険者を含むあなた方パーティーに先行して休息ポイントの設置をお願いしたい。報告によると最初にその未踏エリアを発見したパーティーが、しばらく奥に踏み入ったところでちょうど良い部屋を見つけたとのことだ。彼らはそこで引き返したので、それ以上の詳しいことはわかっていない。新米の冒険者にしては賢明な判断だったと言えるだろう。依頼したいのはその部屋に聖碑を置くことだ。是非とも引き受けて貰えないだろうか?」

 聖碑というのは魔力を籠めた石板のことで、限られた範囲内に魔物を寄せ付けなくする効果がある。以前にセレスが用意した魔物除けの護符アミュレットの設置型と考えればわかりやすい。弱い魔物にしか通用しないため上層階以外では役に立たず、定期的に誰かが行って魔力を補充しなければならないが、新人冒険者の生命線である休息ポイントには欠かせないものだ。それを設置した後にギルドは未踏エリアを冒険者に開放するつもりらしい。

 話を聞いてギルドの立場は理解できた。『死者の迷宮』は新人冒険者が経験を積む場として最適との評判なので、環境が整わないうちに未熟なパーティーが探索に赴いて多数の犠牲が出る事態は避けたいのだろう。

 それでも俺達に白羽の矢が立った理由がイマイチ釈然としない。そのことを問い質す。

「何故、私達なのでしょう? 確かに黄金級冒険者を抱えるとはいえ、迷宮探索は始めたばかりでまだ不慣れな面もあります。ハンマーフェローには他にも黄金級冒険者のいるパーティーが幾つか存在するはず。彼らの方が適任ではないですか?」

 すると、ギルド長はやや困った顔をしながら、ここに至った経緯を説明した。

「正直に申し上げよう。おっしゃる通り、この街にいる黄金級冒険者はセレスさんだけではない。当然、彼らは皆腕も立ち、迷宮探索にも慣れている。しかし、まさにそのことが問題なのだよ」

「問題?」

 俺は鸚鵡返しに訊いた。セレスはどうやら意味がわかったみたいだ。俺には何がネックなのかさっぱりだったが、次のギルド長の言葉を聞いてようやく納得した。

「ああ。未踏エリアと言っても見つかったのは上層階。これまでの経験からして出現する魔物の強さや見つかる品の価値は他と大差ないと思われる。新人冒険者にとっては旨味がある場所でもベテランの彼らにしたら割が合わない。依頼料を多少上乗せしたとしても断られるのが落ちだろう。これが中層階以下で見つかっていたなら話は違っていただろうがね。しかしながら聞くところによると、あなた方は現在、上層階で経験を積んでいる最中とか。それなら引き受けて貰えるのではないかということで、お願いした次第だ」

 確かに上層階と中層階以下では、得られる利益が格段に違う。依頼料が高額なのもさることながら、単純に探索する者が少ないので、お宝が見つかりやすいのだ。

 だが、裏を返せばそれだけ危険が多いということに他ならない。

 もっとも俺達とすれば迷宮にも慣れて来たことだし、そろそろ中層階に挑もうかと考えていた矢先ではあった。

 今でもセレスが本気になれば、俺やミアの出る幕がないくらい探索には余裕がある。先行きが少々不透明になる程度では、その優位性は揺らぐまい。

 どうせならこの依頼を以て上層階の締め括りとして次のステップに進むのも悪くないか、そんな思いもあって俺はギルド長の頼みを引き受けた。

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