5 模擬戦

 模擬戦はハンマーフェローの城壁すぐ外で行われる運びとなった。

 こちらはもちろん俺とセレス、そしてミアだ。実力未知数のミアを加えて本当に良かったのか、とセレスに訊くと、問題ない、とお墨付きが得られたので、たぶん大丈夫だろう。

 対戦相手のゲーリッツのパーティーは彼と、前衛に同ランクの翡翠級冒険者がもう二人、後衛に斥候らしき紅鉄級冒険者が一人の全員がヒト族という構成だ。紅鉄級の女性冒険者が他にあと一人いたが、彼女は回復役専門の魔術師ということで今回の模擬戦には参加しない。

「ルールを説明するぞい。首より上を狙った攻撃は禁止じゃ。ただし、当てなければ良しとする。回復不能な怪我を負わせるのも不可。当然、殺すのも無しだからの。そのような攻撃と判断した場合はワシの裁量で直ちに止めに入る。文句は言わせん。それ以外の怪我の治療には最上級の治癒魔法と回復の水薬キュア・ポーションを用意しておるから安心するが良い。掛かる費用は見物人達持ちだから、どんな大怪我しようと心配無用じゃ。立ち合い人はこの『大地の戦鎚』ガルドと白銀級冒険者スヴェンが務める。双方とも異存はないな?」

 俺は頷く。ゲーリッツの方はやや不満を口にした。

「黄金級冒険者ともあろう者がよもや依怙贔屓はするまいが、審判は公平にして貰いたいものだね」

「無論じゃ。二つ名と黄金級冒険者の誇りにかけて誓おう。それでもまだ不服か?」

 ガルドがそう言うと、ようやくゲーリッツも納得したようだ。

「それでは双方共、開始位置まで下がるが良い。ワシの合図で始まりじゃ」

 俺とゲーリッツがそれぞれの仲間を連れて待機場所に戻り、何もない平原を三百メートルほど隔てて向かい合う。

 それを見て、ガルドが手にしていた戦鎚を頭上に振り上げる。始め! との掛け声と共に大地に打ち付けられたそれが足許を震わせた。

 同時に横合いから大歓声が湧き上がる。

 冒険者ギルドにいた者ばかりでなく、どこからかこの模擬戦の噂を聞き付けた住人達が山のように押し寄せて、城壁の上で観戦しているのだ。

 見物料は只だが、先程ガルドが言ったように模擬戦終了後の治療代やその他諸々の費用は集まった者達で折半して賄うというのが、ここでのしきたりのようだ。

 ゲーリッツ達は早速、こちらに向かって突進してくる。通常、これだけの距離が開いた相手を攻撃する手段がこの世界には無いからに他ならない。

 ただし、俺の持つグレネードランチャーもどきが予定通りの性能を発揮するなら例外となり得た。

 そうは言っても試射もしておらず、威力も不明な武器をいきなり人に向けて発砲するわけにもいくまい。費用を心配しなくて済むというのは魅力的だけどね。

 というわけで、こちらも正攻法で迎え撃つ。

「それじゃあ、そろそろ私達も行きましょうか」

 どこかのんびりした調子でセレスがそう言って、走り出す。

 事前に打ち合わせたフォーメーションに従い、セレスが先頭で斬り込み、俺が後方からそれを援護。ミアにはひと先ず遊軍として自由に動いて貰うことにする。

 中間地点まで半分程の場所で、最初の一人である翡翠級冒険者と接敵した。別に陣取り合戦ではないので、押し込まれたところで痛くも痒くもない。

 まずは軽くセレスが手合わせする。それにしても致命傷を負わせるわけには行かない模擬戦だと、遠距離武器は手出しし辛い。

 グレネードの種類に非致死性のゴム弾を加えれば解決しそうだが、使う機会は限られるだろうから、わざわざそれをするのも考えものだ。

 とりあえず後方にゲーリッツではないもう一人の前衛が見えたので、セレスに近寄れないようクロスボウが当たらない程度に牽制しておく。

 このクロスボウも滑車を用いコンパウンド化した新装備だ。その性質上、特に初速が上がった分、威力はもちろんだが、風などの影響を受けにくくなって命中精度が向上した。欠点は従来の物と比べて、重くなってしまったことか。

 最終的には威力よりもリム(弓のしなる部分)を短くして小型軽量化するための叩き台なので、今はこれで良しとしている。

 そうこうするうちに、セレスと立ち会った一人が早々にギブアップしていた。

 俺は残る前衛を彼女に任せ、ミアの様子を窺う。

 どうやら因縁の相手、ゲーリッツとやり合っているようだ。

 ゲーリッツの方から絡んだのか、ミアが挑んだのかは見逃したのでわからない。

 二人の近くには何かあればすぐに止めに入れるような姿勢でスヴェンが見守っているから、いずれかが大怪我するような事態にはなるまい。

 見ていると、ミアの変則的な動きに付いて行けず、ゲーリッツがいら立っているようだ。

「てめぇ、ちょこまかと動き回りやがって。正々堂々、勝負しやがれ」

〈いやいや、正々堂々って図体の大きな奴が小柄な相手に向かって言う科白じゃないぞ〉

 ミアの方はそんな挑発に耳を貸すことなく、セレスに言われた通りヒット・アンド・アウェイに徹していて、なかなかに聞き分けが良い。

 そう思って感心していたら向こうの後衛がミアの動きを阻害するためだろう、こっそり背後に回り込もうとするのに気付いた。

〈そうはさせないよ〉

 俺のことは見えていないらしく、後ろががら空きだ。

 ここからクロスボウで狙い撃てば楽だが、それだと怪我をさせてしまうだろう。

 セレスが翡翠級に苦戦するとは思えず、そうなると集団戦としての勝敗は着いたも同然なので、必要以上に痛い思いをすることもあるまい。そう考えて、接近戦を挑むことにする。

 気配を消して忍び寄っていたその時、

「ドラン、後ろよ!」

 という叫び声が聞こえる。気付いた彼──たぶんドランが振り返って慌てて近接武器に持ち替える。

〈おっと、これはルール違反ではないかな?〉

 チラッと声のした方に目をやったところ、戦いに参加しなかった紅鉄級の女性冒険者の姿が見えた。きっと彼女が知らせたに違いない。

〈まあいいさ。折角だから接近戦の練習台になって貰おう〉

 俺は予備の武装である短剣を構え直す。

「お前、黒曜級の駆け出しだってな。こっちはもう八年も冒険者をやってるんだ。昨日今日なったばかりの奴に負けるかよ」

 背後からの接近に気付けず肝を冷やしたことを胡麻化すためか、そんな言葉を彼は投げかけてくる。

 八年も冒険者を続けていて紅鉄級留まりという点は頭にないようだ。

 確かに俺は冒険者ランクで言えば下から二番目の黒曜級には違いない。

 だが、彼は一つ大きな見落としをしている。

 ランク下位だからと言って練習相手までが弱いとは限らないことを──。

 恐らくドランという名であろう彼が、斬りかかってくる。

 後衛という点を差し引いても拙い動作だ。セレスの洗練された動きに比べれば避けることなど造作もない。

「このぉ。お前も避けてばかりかよ。『クーベルタンの戦乙女』パーティーは逃げる専門か」

 さすがにミアでも乗らなかった挑発に、俺が乗るわけにはいかない。

 しかしながら避けるだけでは勝敗が着かないのも確かである。

〈そろそろけりを着けようか〉

 紅鉄級冒険者相手に、いつの間にかそんな余裕さえ感じられるようになっていたことが自分でも驚きだ。

 俺が攻勢に転じた途端、向こうが必死になる。もう喋るゆとりはないみたい。

「ま、参った」

 喉元に短剣を突き付けられて、彼は降参した。格下に負けることを良しとせず、変に意固地になられなくて良かったよ。

「終わったみたいね。なかなか見事な戦いっぷりだったわよ」

 いつからそこにいたのか不明ながら、セレスがそう言って近寄って来る。彼女の方はとっくにかたが付いていたようだ。

「見てたのなら助けてくれれば良かったのに」

 俺が冗談めかした口調でそうぼやく。

「あら、別にそんな必要はなかったじゃない。近接も随分とこなせるようになっていたもの」

 セレスはさらりと受け流す。

「そりゃまあ、教えてくれる人が鬼教官なんで」

「ふーん。そんな減らず口が叩けるなら、もう一段階厳しくしても良さそうね」

 やばいやばい。慌てて俺は話題を逸らす。

「そういえばミアの方はどうなった?」

 わざとらしさにセレスは僅かに顔を顰めたものの、それ以上の追及はして来なかった。

「あっちも間もなく終わりそうよ。このまま見守りましょう」

 生死を賭けた戦いなら仲間に手を貸すのは当然だが、これは模擬戦なのだ。

 目的はミアの能力の見極めと、連携を深めることなので、黙って決着を待つ。

 しばらくはスピードを活かしたミアとカウンターを狙うゲーリッツの間で一進一退の攻防が繰り広げられていたが、やがて一撃の重さでは敵わなかったミアが手数で押し始める。

「大したものだわ。あれを全部捌き切るのは私でも大変そう」

 隣でセレスが感心した様子でそう呟くのが聞こえた。

 縦横無尽に駆け回るミアを捉えるのは、確かに並の冒険者ではできそうにない。

「その割に守りが固いのは、やっぱりあの装備のおかげ?」

 何度かダメージになりそうな攻撃を受けている割に、さほど効いた感じがしないので、そう訊ねた。

「それもあるわね。あれだけの鎧の守備力を突破するには相当な力が必要よ。体格に劣るあの娘には厳しいところだわ。加えて模擬戦のルールが不利だから」

 ミアのように素早さを身上とする軽量級戦士の場合、防具の隙間を突くような狙い澄ました一撃こそ、本領発揮と言える。

 だが、首より上の攻撃は禁止、致命傷となる怪我は負わせられないとなれば、苦戦するのもやむを得ないという意味だろう。

 対してミアの方は未だに無傷ではあるが、相手の攻撃はどこに当たっても即戦闘不能となり得る。

 見た目ほどミアに余裕はないのかも知れない。

 それでも果敢に攻める彼女は遂にその一瞬の隙を生み出した。

「今よ」

 セレスが短く告げる。

 その声が届いたはずはないだろうが、計ったようにゲーリッツの懐に飛び込んで短剣を深々と彼の眉間に突き立てる──寸前でルールに則って止めた。

 止めるタイミングが僅かに遅れて、切っ先がちょこっとだけ皮膚に喰い込み、ひと筋の血が垂れたのはまあ見なかったことにしておこう。

 これで彼女は自分の勝ちを確信したに違いない。だが──。

「ミア、離れろ!」

 次の瞬間、俺は叫んでいた。

 すとんと地上に降りた彼女に、ゲーリッツの剣が容赦なく振り払われる。

「まだまだだ」

 卑怯にも彼はあの攻撃を無かったことにするつもりらしい。

 その行為に観客席から一斉にブーイングが巻き起こる。

 既にセレスが駆け出していたが、その横暴な剣を止めたのは彼女ではなかった。

 ミアも避ける体勢にはなっていたので当たらなかったと思うが、その前に突き出された戦鎚に弾き飛ばされ、ゲーリッツの手を離れた剣が宙を舞う。

「貴様の負けじゃよ」

 そう宣言したガルドの一撃をどてっ腹に受け、ゲーリッツがあらぬ方向へ転がっていく。

 余計なことをしなければ負傷することもなかっただろうに、彼は当分、再起不能だろう。

 それを見て歩を緩めたセレスに追いつき、並んでミアの下に向かう。

「ミア、勝った」

 俺達を見て、額に汗を浮かべつつ満足げに胸を張る彼女に俺は頷き返すが、セレスは真顔で言った。

「確かに勝つには勝ったけど、無駄な動きも多かったわ。それと最後に気を抜いたわね。ユウキが声を掛けなかったら危なかったはず。そこは反省しなさい」

「……セレス、父より厳しい」

〈うんうん、その気持ちはよくわかるよ〉

 俺は心の中でそう語りかけてみる。あとでこっそり労ってやろう。

 何はともあれ、模擬戦は俺達の勝利に終わった。

 課題も見えたが、ミアの加入は確実に戦力増強となることも確認できたので、まずは良かったに違いない。

 この調子で次はいよいよ迷宮に挑戦だ。

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