第8話

 放課後、国語準備室にやって来た愛海は、私が差し出した鬼の面にうつむいた。

「先生をおどかすつもりは、ほんとに、なかったんです。目が合った時、パニックになって固まって。悲鳴を聞いて、逃げなきゃって。すみませんでした」

 やがて口を開いた愛海は、長机の向かいで頭を下げる。

「倉庫の鍵の番号はどこで?」

「卒業した姉が演劇部で、一緒に出入りしたことがあったので」

「どうして、鬼の面にしたの?」

「急いでたので、一番入口近くにあったのを取りました」

 確かめた流れにうなずき、一息つく。

「どうしてこんなことをしたのか、聞かせてくれる?」

 害を与えるつもりがなかったのは想像できる。でも、私は担任だ。「多分」では終わらせられない。

「神原くん、去年のけんかで私がけがをしたあとから、たまに声をかけてくれるんです。でも私、話をするのがすごく苦手で、いつもちゃんと話せなくて。やっぱり、ちょっとこわいし。だから手紙を書いて、あの日、机の中に入れて帰ったんです。でも」

 愛海はおずおずと顔を上げて、私を見る。揺れてはいたが、真剣な視線だった。

「手紙に書いたことが気になって、どうしても書き直したくなったんです。それで、夜行く方が朝より人に見つからないと思って……ほんとに、ごめんなさい」

 この可能性を、あろうことか私は完全に無視していたのだ。耀司が「だれかに好かれる」可能性を。

 あの写真には、耀司しか映っていなかった。

「手紙は、無事に書き直せた?」

「……いえ。私なんかにもらっても、うれしいわけないですから」

 またうつむいて自信なさそうにつぶやく愛海に、頭を横に振る。自分を受け入れてくれる人がいると知るのは、それだけで大きな救いになる。

「大丈夫。『ちゃんと話せないから手紙にした』って書くだけでも、喜ぶと思うよ」

 私の言葉に愛海はうなずいて、赤くなった頬を押さえた。

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