第3話

 昨日は、鬼に追いかけられる夢を見て眠れなかった。

 今朝、演劇部の顧問に鬼の面と部室の管理について聞いた。鬼の面は確かに、去年の文化祭で使われたものだった。でも道具類は部室ではなく、校庭脇に並ぶ倉庫の一つに片付けられているらしい。鍵は単純な、四桁の番号さえ知っていれば誰でも開けられるワイヤーロックだった。


 顧問に聞いた四桁の数字を合わせて倉庫を開き、中へ足を踏み入れる。顧問が言うには、面はみんな入口付近の壁にかけてあるらしい。そのとおり、壁には十種類ほどの面がかけられていた。ほかの面は、うさぎや犬。暗闇で見れば一緒だろうが、今はこわくないものばかりだ。でも、わざと鬼の面を選んだのではないかもしれない。

 一つだけ空いていたフックは、入り口に一番近い場所にある。そして探した倉庫の照明スイッチは、反対側の分かりにくい場所にあった。

 「誰か」は入ってすぐ、外のあかりだけを頼りにすぐそばにある面を取って、倉庫を出た。「わざと鬼の面を選んだ」のではなく「たまたま鬼の面だった」のではないだろうか。

 もうしそうなら、安川の言った「度が過ぎたいたずら」ではなくなる。驚かせるのではなく、顔を隠すのが目的だ。ただそれなら余計、解決を急がなくてはならない。誰かが、おそらくは耀司に何かしようとたくらんでいる。


 焦る胸をなだめつつ倉庫を出て、再び鍵をかける。

「おーい、小夜さよちゃん何してんのー?」

 聞き慣れた声に振り向くと、校庭を突っ切ってくる耀司が見えた。

 長袖シャツをだらしなく着崩して、両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。身体測定をサボったから数値は分からないが、十四歳にしては背が高く、ひょろりと薄っぺらい体型だ。まくりあげたそでから伸びた白く細い腕は、とてもけんかに勝てそうには見えない。

「神原くん、今、放課後なんだけど」

「五時までに来れば出席セーフっつったじゃん」

 言われて確かめた校庭の時計は、四時五十五分を差していた。

「とりあえず、教室に行くよ。補習するから」

「えーマジ? だりぃよー」

 耀司は眉をひそめ、だるそうに頭を左右に倒す。

「来週から前期の期末テストだよ。サボったり中間より悪かったら、また茶の湯でおのれに向き合ってもらう約束でしょ」

「やだよ、正座したくねえ。大体、勝手に茶道部に入れてんのひどくね?」

 歩き出した私に文句を返しながらも、ちゃんとついて来る。叱りとばして脅かして、それで言うことを聞くならとっくに変わっているだろう。変われない子は、もうその言葉が届かないほど心を閉じているのだ。開けろと殴っても、扉は開かない。

「内申書の部活欄が埋められるでしょ。少しでも良くしとかないとね」

「もう小夜ちゃんだけだよな、俺の高校進学あきらめてねえの」

 耀司の声が、もう何も望んでいないように聞こえて視線を落とす。

 私の兄も、中学生の頃に荒れ狂った。親や周りに理解してもらえない怒りでさんざん暴れ、最後には、無気力になった。あれから十五年、今も自分の部屋から出てこない。

「あきらめたくないの」

 長く伸び始めた二つの影につぶやき、テラスのドアから教室へ戻る。二年三組は、倉庫から一番近い教室だった。

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