第2話

「鬼じゃなくて、多分生徒だよ」

 サンダルの裏を払いながら教室へ入った安川は、教室のあかりをつける。すみずみまで明るく照らされた教室は、いつもの二年三組だった。

「これ、校舎の角を曲がったところに捨ててあった」

 ほら、と手に持っていたものを差し出し、被っていた黒い布を下ろす。出てきたのは、私が見たものとよく似た鬼の面だった。

「お面、だったんですね」

「演劇部の小道具だろう。にしても、ちょっといたずらの度が過ぎるな。また神原かんばらだろ」

 顔をしかめた安川に、あ、と気づく。神原耀司ようじは二年三組の「特別やんちゃな男子」で、けんかをしたり授業をサボったり、鍵をこじ開けた屋上で魚を焼いて食べたりしている。確かにすごく手はかかる子だ。でも、こんな性質たちの悪いいたずらをするだろうか。

「それは、どうでしょうか。すみません、私はここを締めたら三階に上がります」

「ああ。僕も二階をすませたら三階に行くよ」

 安川は私に鬼の面を渡し、一足先に教室を出る。いかめしい鬼の面にはぐるりと、長く黒い布が縫いつけられていた。確かに去年、文化祭で演劇部が鬼の出てくる劇をしていた気がする。

 一息つき、まっすぐに並んでいない机の列に苦笑する。面を置いて、疲れた体で机を整えていく。そういえば、確か鬼はこの辺にいた。ドアの窓から見て視線が合うのは、一番後ろから二番目のこの辺だ。

 つかんだばかりの荒れた机を、じっと見下ろす。彫刻刀でおおかみの絵が彫られたここは、耀司の席だ。まさか、誰かがいやがらせを。

 気になってのぞき込んだ机の中はがらんとして、ノートすらなかった。念のために確かめたプリント類も、提出期限が過ぎていることを除けば、問題はなかった。本人が何かを取りに来たのだろうか。わざわざ、鬼の面をつけて?

 誰かが、机の中にあったものを盗んだのかもしれない。それなら、今見つからないのは当たり前だ。明日、それとなく聞こう。学校に来たら、だけど。

 夜の校庭に、鬼が闇の中へ消えていく姿を一瞬想像してしまう。またこわくなって、急いで鍵をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る