奇襲

 廃工場まではものの三十分の道のりだった。ホウジョウはその入り口の手前で車を止める。僕たちは止まるとすぐさま車から降り、一度集まった。外はまだ少し暗かった。「準備はいいな?」ホウジョウは声を震わせながら、確認を取る様に聞いてきた。皆は何もしゃべらず、ただこくりと頷く。とても今は声が出る状況ではなかったからだ。


「よし、行くぞ。」ホウジョウは確認した後、先頭に立ち刻々と歩いて行く。僕達も後を着いて、歩いて行った。まるで親鴨の後を着いて行く小鴨のように。そして慎重に、慎重に廃工場の敷地内へ入って行く。


 すると太陽が顔を覗かせ、敷地を照らした。そこでまず目に映ったものは、右側にある錆びれた波板が全面を覆う建物だった。「あそこだな。」ホウジョウは呟く。皆は黙り込む。そのまま忍者の如く、すばしっこく走り抜けた。


僕はその時、必死の思いで出てきた建物にまた入るのかと、心の中で恐怖した。しかしそれを何とか押し殺す。そうして皆は、廃工場の入り口前に着いた。まるで巨人の口のようにぽっかりと開いていた。


 僕達は恐れる暇もなく、ただ吸い込まれるように降り口へ入って行く。その後皆は、廃工場内を隈なく見渡す。そこには太陽に照らされ、黄金色に輝く廃工場の壁があった。だが僕達は見落としが無いように、また辺りを見渡す。すると右側の奥の方に、別の所に続く通路が見えた。あそこだ。皆はそう思う。


「あそこね。」カヤはその通路をじっと見つめる。「まるで時刻へ続く門のようですね。」タクオは緊迫しているのか、少し顔が引きつっていた。


「こんなでぐずぐずしていられない。行こう。」ホウジョウは通路を見つけるな否や、そこに向けて走りだした。皆もその後を着いて行った。


その通路は三メートル位続いていた。僕はその通路を一度通ったが、あの時朦朧としていたので覚えていない。その先の奥の方は太陽が当たっていないのか薄暗い。しかし微かに、下へ続く階段のようなものが見えた。


「あそこが入り口。」カヤは目線を合わせ、じっと見つめる。「ここには地下施設のようなものがあるのか。」ケイは裏返った声を出しながらも、前へ進んでいく。そうする内に僕たちは奥にある階段の前に着いた。それは螺旋階段で、壁につけられた電球がまちまちとそれを照らしていた。だがそれでも奥までは見えなかった。相当続いているに違いない。僕たちは息を呑む。それから奈落の底に向かう気分で、階段を下って行った。


縞鋼板の上を踏み鳴らす音を立てながら、僕達は無我夢中で下へ下へ降りていく。「足を滑らさないようにしないと。」僕は神経をとがらせ、幅が足裏の半分しかない階段をゆっくりと素早く降りていく。僕達は冷たい汗を額に流す。まるで空中綱渡りをしているような気分だった。


 そしてようやく、僕達は最下層へ降りた。そこでまず目に見えたものは、前方六メートル続く長い通路、その奥にある幅1メートル位あるドア。それが青白く輝く蛍光灯に照らされ、不気味な雰囲気を醸し出していた。「ここが最下層。」「何もないですね。あの奥のドア以外。」ホウジョウとタクオはただただ唖然とする。「恐らくあそこにいるのね?ケンドは。」カヤは奥にあるドアへ指を指す。


 僕はそのドアを、ただじっと見つめる。「そうですね。行きましょう。」ケイが先導するよう、先に向かって行こうとした。するとその時、彼の真下に黒い影が現れる。それは円を描くように。その中から、鋭い刀の先が勢いよく出てきた。その後、彼の足を嚙みちぎるかの如く刀を扇形に振った。


「カヤか!」ケイは危機一髪で、何とか避けることが出来た。しかしすべてを避けることはできなかった。左足の脛部分が切られ、血が滴れ落ちる。そのせいで彼は着地に失敗し、尻餅をついた。「ケイ!」僕は彼の傍にすぐさま近寄る。


「あぁ、大丈夫です。これくらいの怪我なら…。」ケイは顔をしかめながら、僕の方を見つめる。僕は彼の盾になるかの如く、前に躍り出た。すると暗黒広がる影から、マヤが姿を現した。ゆっくりと、まるでエレベーターで上がってくるかのように。「来たね。予想通りに。」正気のない黒い眼光を、僕達に向けながらそう喋る。


「マヤ…。カールはどうしたの?」カヤは彼女の眼光を跳ね返すかの如く、目を尖らせ睨みつける。「奥の部屋にいる。でも今は関係ない。それよりもあなた達をこの先へは通さない。」マヤは感情のない、鬼迫る声を出す。それと同調するかのように、刀が青白い光を輝かせる。


 カヤは息を呑んだ。そして僕達の目の前に立った。まるで城壁のように。「ここは任せて。」カヤは親指を曲げる。そして左手の周りに空気を集める。それはやがて剣へと変わり、彼女はそれを持った。マヤはその瞬間、まるで獲物を見つけた豹の如く素早く近づいた。


 カヤは瞳孔を大きく見開く。マヤは一太刀、カヤの脳天へ決め込んだ。しかしカヤはそれを防ぐ。その時、刃先のぶつかる音が辺り一面に響き渡った。まるでトライアングルの響きのように。


「今よ、早く行きなさい。」カヤは彼女の攻撃を必死に食い止めながら、僕達へ訴える。「分かった。」ホウジョウは意をくみ、先へ進んで行く。「後は任せた、カヤ。」「カヤさん、無理しないでください。」僕とタクオはケイを抱え、ホウジョウと共に進んで行った。


「すみません。私がこんな…。」ケイは僕とタクオを見ながら、申し訳なさそうな態様子を見せる。「大丈夫。怪我をしているんですから。」「そうですよ。何も遠慮することはありません。」僕とタクオは悩むケイを慰めた。


 そして後方から剣の打ち合う音が響き渡る中、僕達は扉の前に着く。扉は黒く、金色の縦長のドアノブが付いていた。ホウジョウはドアノブを持つ。それをゆっくりと手前に。その時、ドアが重々しく開いて行く。一筋の光が見えた。


皆は固唾を飲みながら、ただ黙って見つめる。ドアが開いた。「入るぞ!」ホウジョウは機動隊の如く、扉の奥へ進んで行く。僕達も彼の後を追い、中へ入って行った。

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