作戦

 目が覚めた時、穴の開いたソファの上にいた。だが最初、また手術台の上にいると思い込み、飛び跳ねるように起き上がった。「ここは!」僕は慌てた様子で辺りを見渡す。


そこはおもちゃ箱のような狭い部屋だ。ある物と言えば目の前にある古びた机。それを囲むようにしておかれたソファ。奥には古びたドアがあり、右側には水道、左側には保存用の食料や飲料が置かれている。そしてそれらが、天井から吊り下げられている電球によって照らされていた。


「あっ!起きたのねマサヤ。」カヤは僕が起き上がったことに気づき、近くまで寄ってきた。「起きたんですか。」タクオも彼女に連鎖されるように、僕に近づく。それからソファを囲むように、僕の周りに集まった。「それでここは何処なんだ?」僕は真っ先にそれを聞いた。「まぁ、落ち着いて、ここは地下にある私達のアジトよ。」カヤは簡潔にそう言った。


「ここがアジトなのか…。」僕はただ茫然としながら、もう一度辺りを見渡す。「正確に言えば、雑居ビルの地下なんですけれどね。」タクオはフォローするように、そう付け加えた。「マサヤ君、目が覚めたのか。」ホウジョウは呟きながら、温かいコーヒーを二つのカップに注いでいた。湯気が滑らかに漂う。ホウジョウは湯気が立つカップを、一個づつ両手で持ちこちらへ向い歩いた。


「コーヒーだ。さぁ、飲め。それでいきなりだが、ケンドに連れ去られた後何があったんだ?」ホウジョウは机にコップを置き、向かい側のソファに腰を下ろす。それから真面目な顔で僕にそう聞いてきた。


 僕は一瞬戸惑った。しかし話すことを決心した。僕は洗いざらいに話した。そして手術台に縛られていたこと、ケンドから聞かされたこと、危うく手術されかけた事、マヤとの戦闘等一連の出来事を。


「そうか…。ケンドからそのことを聞いたのか。」ホウジョウは暗い顔をし、知っているような素振りを見せた。「その様子だと、やっぱり知っているんですね。僕の体のことを。それでどうして教えてくれなかったんですか?」僕はホウジョウの暗い顔を見て、そう言った。


「あぁ、そうさ。君の言う通り、僕は知っている。それに二人の能力者の移植や装置の組み込みの手術も手伝った。そして君にそれを伝えなかったのは、ミカイド博士に言うなと念を押されたからだ。」ホウジョウは言葉が詰まるかのよう、一旦話を終えた。タクオはただ黙り込み、顔を下に向けた。


「そうなんですね…。それでその二人の能力者って、一体誰なんですか?ケンドは言葉を濁し、教えてくれなかった。」「それはケイの恋人のミサキ。そしてカールの弟マサルです。」タクオは詰まる息を強引に吐き出すかの如く、そう喋った。「ミサキ!」僕はミサキと言う名を聞き、目をがばっと見開いた。「まさか…。」カヤは驚きを通り越して唖然とする。


「その通り。僕達はケイの恋人、それからカールの弟の能力を君の体に移した。だがそのせいで彼彼女らは死んでしまった。けれどこのことは極秘にしなければならなかった。だからケイはこのことは知らない。しかしカールは知ってしまった。恐らくケンドが吹き込んだんだろう。その時からカールは僕達、そして君に憎しみを持った。そしてミカイド博士は殺された。」ホウジョウはもう限界とばかりに、声がかすれていた。


「そんなことがあったなんて…。だからあれだけカールがマサヤを憎んで。」カヤはその事実を聞き、ただ唖然とする。「僕の体に…、大切な二人が。」僕は余りのショックで体全体が震え、片言でしか喋れなかった。


 ホウジョウは僕のその様子を一目見て、その後コーヒーを一口飲む。それは落ち着きがなく、焦燥感に駆られているかのように。僕はそんな光景を、ただ黙ったまま見ていた。カヤはもそれは同じことだった。皆、何を言っていいのか分からなかった。


するとタクオが顔を上げる。「私達は愚かな事してしまいました。本当はだめな事だったんです。それはホウジョウさんも、私も。だが研究したいと言う欲を抑えられなかった。そしてマサヤ君を改造し、ケイ、カールの大切な人を奪った。」タクオは涙を流し、嗚咽を漏らしながら話した。


 僕は彼らを睨む。しかし殴ろうとか、殺そうとかと言う感情が湧いてこない。父の時と一緒だ。無力感に襲われる。


 それから僕達は、深い沈黙の中に居座った。だが数分後、その沈黙はドアの軋む音によって打ち砕かれる。そしてそのドアから入ってきたのはケイだった。


「みんな、保存食を買ってきたよ。」ケイは袋いっぱいに詰めた缶詰を机に勢いよく置く。僕達は暗い顔を彼に向ける。一人だけ知らないケイを。


「マサヤ、もう起きて大丈夫なのか?それにタクオも何故泣いているんだ?それにみんなも。」ケイは皆の悲痛な様子を不自然に思った。それから僕に近づき、左肩に掌を乗せた。「ひっ!」僕はまるで警戒心が強い犬の如く、ケイを拒絶してしまった。「どうしたのですか。」ケイは僕のその反応に口をぽっかりと開けた。


「ごめん。余りにいきなりだったから…。」僕は声を震わせ、ただただ謝った。「そうですか…。こちらこそごめん。」ケイは自分の無神経さに頭を下げた。「まぁ、もういいじゃない。それよりもこれからよ。」「そうですよ。まずはケンド達のことについてです。」カヤとタクオは何とか元気を取り戻そうと、陽気で話した。


「何も無理して陽気にならなくても…。」ケイはいつもと様子が違う彼らを、疑問の目で見つめた。そして作戦会議が始まった。まずホウジョウが話し出す。


「まずはケンドの居場所があの町はずれの廃工場にあることが分かった。恐らくあそこで活性剤が作られているはず。」「それだったったら、今すぐ乗り込んで倒す方が早いわ。」カヤは今からでも乗り込んでやろうと言わんばかりの、自信の良さだった。


「確かに、それが一番の策ですね。でも無鉄砲に乗り込んでも返り討ちに会うだけです。何か作戦を立てなければ」ケイはカヤの意見に賛同しつつ、慎重に行くべきだと提案した。「それで決まりですね。」「あぁ、僕も異論はない。」タクオと僕は彼らの意見に賛成した。


 それから僕たちは、時間を掛けて作戦を練った。それで最終的な案はカヤ、ケイがマヤ、カールの相手する。残りのマサヤ、ホウジョウ、タクオが活性剤量産の阻止、そしてケンドの捕縛に決定した。その作戦の決行は明後日の朝方。それまでは各自、十分な休息をとった。


 そして作戦決行前夜。ケイと僕は語り合った。「明日はいよいよ、ケンドとの決戦。」「そうだな。それで一つ聞きたいことがあるんだけど?」「なんですか?」ケイは首を傾げる。「もし味方に敵がいたら。それもその人が親しかったら、どうする?」「哲学的な問いですね…。倒すかもしれない、と言えば簡単かもしれないですが、難しい。やはり親しいので簡単には殺せない。」「僕も同意見だ。」僕達はそこで一旦息を置く。


そしてケイがまた話し出した。「そうですか…。やはり君とは何か縁をを感じますね。」「そうかな?」「まぁ、少し気持ち悪いかもしれませんが…。とにかく私たちは明日に控えるだけです。」そこで僕達は話を終えた。






 

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る