潜入

 雑木林の中は太陽の光により、黄金色に輝いていた。そして静かだった。澄んだ風が吹きつける。それが木々の葉に辺り、凛々しい音色を弾ませていた。


「それでどこまで行くんだい?」僕はカヤの後を追いながら、そう聞く。「もっと奥よ。」カヤはいやに冷静な様子で、一言呟く。僕はそれに頷き、それ以降何も話さなかった。


 10分位経った。その時カヤは急に立ち止った。「ここよ。」カヤは一言そう言うと、指を指す。僕は指した方向を見た。そこには四メートル位ある、コンクリートで出来た四角い建物がこじんまりと立っていた。


「あそこが研究所なのか?」僕はただ茫然としながら、その建物をただ見る。「そうよ。と、言うよりは見せかけね。さぁ、行くわよ。」カヤはそう言うと、建物の裏側に回り込んだ。僕は彼女の言うことに首を傾げながら、後をただ着いて行く。そして裏側に回り込んだ時、すぐそこにドアがあった。


カヤはそのドアを見つけると、すぐさま近寄りそのドアを開ける。そしてその中を潜っていく。僕も彼女の後を着いて行った。そして入った先は、四方八方コンクリートの壁で覆われ薄暗く、何もなかった。それはまるで空っぽの箱のように。


「あれ、何もないじゃないか?見せかけって、こういうことか。」僕は周りを一通り見渡した後、呆気にとられた。「えぇ、そうよ。本当は…。」カヤは当たり前かのような口振りで言う。それと同時進行で地面に手をつき、建物の片隅で何かを探っていた。


 僕は彼女が地面を探っている間、何もない研究所の中を見渡していた。するとその時、カヤのいた方から何か大きな音が聞こえた。「うわっ!なんだ。」僕は物静かに考え事している最中だったので飛び跳ねるくらい驚いた。「開いたわよ。」彼女は嬉しそうに報告する。僕はそれを聞き、彼女のいる方へ向かった。そして探っていた地面を見つめる。そこには地下へ繋がる階段が設置されていた。そしてそれはとても暗く、初めて見た時はまるで奈落へ続く道だと思うくらい不気味だった。


「行くわよ、マサヤ。」カヤは僕にそう一言告げる。それからポケットから取り出したトーチライドに光を輝かせ、階段の段差を一歩踏んだ。僕はカヤの言ったことにこくりと頷き、その後を着いて行く。そして二人は暗い階段を、一筋の光に導かれながら下っていった。


 それから十分経った。僕たちはその間、ただひたすら階段を下っていった。そしてついに僕たちは、研究所の入り口前に着いた。「ふぅ、ようやくここまで来た。」僕は額の汗を右腕でふき取る。「そうね。」カヤは率直にそう言いながら、前方へ向けてライトを照らす。するとそこには、入り口と全く同じ鉄のドアが聳え立っていた。


「この先に研究所があるのか。」僕は並ただなる興奮と緊張を押さえながら、そう呟く。「そうよ。」カヤは、簡潔に一言返すとドアノブを手に取り、開いているかを確認した。そしてドアを開け、カヤはその中に入って行く。僕も彼女に着いて行き、恐る恐る入って行った。


 研究所の中は真っ暗闇だった。先に何があるのか、どのような構造になっているのか分からないくらいに。「私に着いてきて。」カヤはライトを照らしながら、前へ前へ進んで行く。まるで暗視しているかのように。僕はその後を着いて行った。僕は光が照らされる範囲で、何があるか見渡す。そこには研究資料や何かの機器等が無造作に散らばっていた。それはまるで震災が起こった後のように。


「ここで父さんが殺されたのか…。」僕はその光景を眺めながら、ただただ唖然とする。「えぇ、ここで殺されたのよ。」カヤは周りを照らしながら、一言そう呟く。僕はその呟きに耳を傾けながら、照らされた箇所を眺めていた。


 その最中、僕はある物が目に入った。それは一見、何の変哲もない手術台。しかし僕はその手術台を見た途端、ある記憶が蘇った。二人の手術服を着た男達が、僕の体に何かを移植している光景。一人はしわが至る所にあり髭の生えた、しかしがっしりとした顔の男。僕のお父さんだ。もう一人は若く、ずっと見ていると気がおかしくなりそうな狂気めいた目をしている男。ケンドだ。


僕はより鮮明に思い出そうと頭を回転させた。が、その時僕の体全体に強烈な痛みが走った。それは血液のように、体全体を縦横無尽に駆け巡った。僕は昨夜の比ではないくらいの痛さにその場で倒れこんでしまう。


カヤは僕の倒れこむ姿を見るな否や、急いで僕の方へ近寄っていく。そこには緊迫とした表情が浮かんでいた。「マサヤ、大丈夫!」と、叫びながら僕の体を抱えた。「あっ、あっ、あっ。」僕は言葉を発せず、もがき苦しんだ。「大丈夫!ねぇ、大丈夫!」カヤは必死に僕に訴えかえる。だがそれでは痛みは治まらない。


「カヤ、僕をあの、手術台から、離れさ、せてくれる、か?」僕は必死に口を動かし、彼女にそう伝えた。「…。分かったわ。」カヤは何とかそれを聞き取り、僕を背中に担ぎ、その場から離れた。何が何でも、あの手術台から引き離そうとするために。


 だがそのおかけで、徐々に痛みが引いて行った。しかし記憶も徐々にかすれていった。まるで連動するように。そして恐らく数十メートル離れたくらいで、痛みか完全に消えた。同時に記憶も完全に消えてしまった。


「それでマサヤ、ましになった。」カヤは背中にへばりついた僕にそう聞いてきた。「あぁ、大分まし、いや平気になった。」僕は平いつもの調子を取り戻し、彼女の背中から降りた。


「ほんとによくなったの?無理していない?だってさっきまで、今にも死にかけ寸前だったから。」カヤは余りの変容ぶりに、首を傾げそう聞いてきた。「あ本当によくなった。あの手術台から離れたおかけだ。」「あの手術台を見て?」「そう、あれを見た途端に急に過去の記憶を思い出した。しかしそれと同時に激痛が走った。だが離れれば元通りになった。でも記憶は忘れてしまったけれど…。」僕は坦々と、彼女に一連の流れを離した。「そうなの…。分かったわ。」カヤはただ単に頷き、もうこれ以上何も聞かなかった。そして僕たちは先に進んで行った。


 長い廊下が続いていた。僕達は足音を立てながら進んで行く。ドアが佇んでいた。それは一回り大きく木製のドアが。「ここよ。」カヤは廊下の奥を照らしながら、恐る恐る呟く。「ここが重要な資料のある部屋…。」僕は隅から隅までドアを見つめる。


「それじゃ、行きましょう。鍵を出して。」カヤは僕の方へ手を出す。「あぁ、分かった。」僕はポケットから古びた鍵を取り出して、カヤに渡した。


「ありがとう。」カヤは僕から鍵を受け取り、ドアノブにある鍵穴に鎖す。そうして彼女は鍵を回した。すると鍵穴から鈍い音を立てる。カヤはその音を確認し、ドアノブを握った。それからドアをゆっくりと手前に開く。僕は固唾を飲んだ。そしてカヤはその先へ進んで行く。僕も戸惑うことなく、扉の先へ進んで行った。


 カヤはライトを辺り一面に照らす。部屋の幅は父の部屋と同じくらいだ。それに左右に置かれた本棚。ここにはファイルが綺麗に並べられてある。その真ん中に木製で出来た机と、ほとんど父の部屋と同じだった。


「さて、ちゃんとあるかしら…。」カヤは心配しながら、ライトを辺り一面に照らす。「父さんの部屋と一緒だ。」僕は余りの一致さに、変な感動を覚えた。


「そうね。でも、ここは厳重に管理されていたからね。入れるのは博士位だったし。」カヤはぶつぶつと呟きながら、本棚に近づいて行く。僕も彼女のつぶやきを耳に入れながら、後を着いて行った。


そして着くと、僕達はファイルをあさり始めた。それは手さぐり手さぐりに。なかったら、また次の本棚に。すると僕は彼女が求めていた超能力活性剤についてのファイルを見つけた。


「あった、これだ!」僕は嬉しさのあまり、甲高い声を出した。「そう、それよ!出かしたわね。マサヤ。それじゃ、早くここから早く出ましょ。」カヤははしゃぎ、急いでドアの前へ向かった。「あっ、待って。」僕はファイルを右腕で挟み、急いで向かう。


そうして僕たちはドアの前に着き、潜り抜ける。その後、階段をひたすら上り、建物の外へ出た。


 太陽が眩しかった。僕が外へ出て、最初に思ったことだ。「それじゃ、帰りましょう。」カヤはそのまま歩き出す。僕も歩き出そうとした。しかし背中に視線を感じた。それは冷たく、殺気を感じるような。しかし気にしなかった。そのままカヤの後を着いて行く。




カヤは僕に忠告し、そのまま後ろを振り向く。


「分かった。」僕は彼女の忠告を聞き、近くの比較的大きな木の影に隠れた。カヤはそのことを確認すると、入り口から数メートル離れた所に立った。それから両手を胸の辺りに持ってくる。その時右手で左手の親指を掴み、それを手のひらの中側まで曲げる。そして最後に親指から手を離した。


僕は彼女一連の行動をただじっと見つめていた。するとその時、カヤの目の前で黒い大きな影が出現した。それはまるで水たまりのように。「来たわね。」カヤは額に汗を流しながら、ただじっと見つめる。そこから何と、人影が姿を現した。それは女性で、僕より背が低く、茶色の長髪。すらっとした黒のコートを羽織り鼠色のスカートを履いていた。


そしてすべての全体像が明かされた時、女性は片言でこう喋った。「私の名前はマヤ。マサヤ、ケンドの命令であなたとそのファイルを捕まえに来た。そしてカヤ、いやお姉ちゃん。あなたは邪魔。だから消えてもらう。」彼女は睨みつけながら、下にある影の溜まりから一本の刀を取り出す。それはまるで泥の中から物を取り出すかのように。


僕は茂みの中から彼女がカヤの妹だと聞き、目を大きく見開いた。「それはできない相談ね、マヤ。私はあなたを倒してマサヤとファイルを護るわ。」カヤは冷徹に、突き放すようにマヤに向けて言い放つ。まるでもう自分の妹だと見なさない風に。その後、漂う空気を短剣に替える。それを左手に持ち、カヤ目掛け切り刻もうとした。


しかしマヤは一瞬の内に、鞘から刀を抜き彼女の攻撃を防いだ。「さすがねマヤ。でもこれはどうかしら。」カヤは右手を大きく広げ、それをマヤの腹に触れた。その瞬間、彼女は建物を超え、勢いよく向こう側まで吹き飛んだ。


だが身体性が良いのか、身体を一回転させ両足を着地させる。その時数センチは後ろへ進み、砂埃が舞い上がった。「チッ!」マヤは悔しく、舌打ちをする。その後体勢を取り戻し、刀を構える。「そんな悠長にしてる暇なんで与えないわ。」カヤはマヤの側に近寄り、そんな隙は与えんとばかりに攻撃を加えた。


マヤは押される。しかし負けじとばかりに刀を振るう。刃先が音を立てて交わる。まるで舞踏会のように。「いいぞ、カヤ!」僕はカヤの勢いある攻勢に、後押しするよう応援した。だがマヤはそれが気に食わなかった。彼女は一瞬カヤが気の緩んだ時に、懐から短剣を取る。そしてアーチェリーのように勢い良く投げた。


「マサヤ!」カヤは叫び、僕の元へ急ごうとする。しかしマヤはそうさせないよう、触手のような形をした影を出し、動きを封じた。「行かせないよ。そこで大人しく見ていて。」


「うわっ!」僕は余りの出来事に体がピクリとも動かなかった。だが鋭い短剣が顔に当たる直前、突如僕の体が強制的に動く。そうして僕は横に避け、何とか顔に当たることを阻止した。けれど、その反動は大きく体全体に痛みが走る。昨日と同じだ。しかし昨日とは違い、すぐに痛みが引いた。恐らく体が慣れてきたのだろう。


「はぁ。やっぱりこの力はすごい。それに昨日とは違って痛みが一瞬で引いた。」僕は自分でも把握出来ていない力に、深く感心を抱いた。と、同時に力が強くなっていくことに不安を覚えた。


「そんな…。くそっ!」カヤは自分の攻撃がかわされた事に、ショックした。その直後、後ろに刺さっていた短剣が影の中に消える。そしてカヤは手に持つ刀を構え、影の中へ消えた。


「マサヤ!能力を使って逃げて。」カヤは叫ぶ。後ろから影の溜まりが現れた。マヤが出てくる。刀を勢いよく振り下ろして。僕は一瞬の出来事で対処できなかった。しかし脳天エ直撃することは避けれた。だが左肩の皮膚は刀で切られた。血がしたたり落ちる。


僕は傷口を抑え、勢いよく倒れこんだ。「甘く見るから。」カヤは鬼の形相で僕を見下す。それからとどめをさすとばかりに刀を振り下ろす。「やめろ!」カヤはその時叫び、間に合わないと判断したのか短剣を思いっきり投げる。マヤと同じだった。それが刀に当たる。体制が崩れた。僕はそれを狙い、拳を強く握る。


熱かった。拳全体に熱が伝わっていく。何か行けそうな気がした。僕は勢いよくマヤの腸目掛け、殴りこんだ。嫌な感触だった。マヤのお腹に食い込む生々しい感触。途方もない唸り声が聞こえる。それが雑木林全体に響き渡らせた。そしてそのままマヤは倒れこんだ。


「まさか二つの力が使えるなんて…。」カヤはただただ唖然として、その光景を見つめていた。「なんだ、これは…。」僕は驚きを隠せず、ただ拳を震わしていた。「それよりもここから逃げましょ、マヤが目を覚さない内に。」カヤは僕の元へ近寄る。そして手を引っ張った。


 僕は倒れたマヤをちらちらと見ながら、研究所を後にした。


















 



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