第20話
◆◆◆◆
マギステア聖国、首都マギスタリア。
今、広大な街の中央にそびえ立つ白亜の大聖堂を中心にして、街を覆い尽くすほどの広範囲に強固な結界が展開されていた。
「あれらは大人数かつ長距離の瞬間移動を可能にする古代魔法を持っている。どの方角から攻められても即座に応戦できるよう、街を囲む防壁の外に多数のゴーレム兵を配置するのだ」
大聖堂の内部にて、教皇『シェアト』はマギスタリアを防衛する各部隊へと次々に命令を飛ばしていく。その
マギステアが誇る最高戦力『六大聖天』の筆頭、第一聖天の『ヘズ・トラギア』だ。
彼は懐から取り出した懐中時計を見下ろしながら二本指を己の耳に当て、しばらくしてからふっと顔を上げて口を開いた。
「シェアト聖下、ただいま央海の方面に向かった第二聖天のジハード率いる部隊の戦闘準備が完了したと報告がありました。対ドラゴン用搭乗式大型ゴーレム『ヘカトンケイル』全30機も即時戦闘態勢に移行できます」
「うむ。第三聖天ガドラムの方はどうなっておる?」
「南方を警戒していますが、今のところ特に異常は起きていないようです」
ヘズのその言葉を聞き、シェアトは無言で頷いた。
「今のところ予想通りといったところじゃな。北方に向かわせた者たちには辛い戦いをさせてしまっているが……」
「北方に向かわせたのは皆『真実』を伝えられている精鋭揃いです。この戦いも人類の為とあれば本望。なにより、この作戦は第五聖天ウルド殿によってもたらされた情報で組まれたものなのですから」
第五聖天ウルドは敵の首魁であるムジカの本拠地と思われる場所を発見し、その情報を伝達魔法によって大聖堂へと送ってきた。
それにより、イヴリースの軍には『古代魔法』を行使できる者がいることが発覚。更に古代魔法によって現代では不可能と言われている集団での長距離転移を可能としている事もわかった事で、戦力を分散させてでも彼らの奇襲に備えなければならない状況に追い込まれた。
その上、マギステアは既に切り札の一つである『奇跡』を先の戦いで失っている。そこでムジカの私兵であるアイオーンの内一人を討伐、一人を拘束する事に成功したが失った戦力が痛い。
ただ一つ、幸いな事に集団での長距離転移には巨大な『魔法陣』を用意する必要があるらしく、イヴリース軍が転移してくるだろう位置はある程度の予測がついている。
「奴らは間違いなく、大聖堂の地下で今もなお戦い続けてる勇者様を狙うであろう。『龍脈』を利用するのであればそれ以外に方法は無い。そして、転移の為の魔法陣を隠しながら用意するならば最も可能性が高くなるのは船を使うことが出来る海上。北方にて多数の聖獣擬きが発生しているこのタイミングで南方の平原に現れないと言うことは、ほぼ確実に央海から本隊を送り込んで来るじゃろう」
マギスタリアの守りは
現在展開している街を覆い尽くすほどの防護結界に加え、腕の良い職人たちによって作られた数万にものぼるゴーレム兵達、更には大型のドラゴンと同等以上の戦闘力を有する対ドラゴン用搭乗式大型ゴーレム『ヘカトンケイル』。
まともな兵力では街を囲む城壁に傷を付けることすらままならない。しかし今回ばかりは相手が悪い。
ムジカ率いるイヴリース軍は、最短距離でマギスタリアまでマギスタリアの兵力を超えるだけの手段を手にしてしまっている。
数多の人命を犠牲にして。
「ヘズよ、もしもマギスタリアの結界が破られるような事があればその時は……頼んだぞ」
「承知しております、聖下」
同時刻、マギステア東方の央海に面した沿岸部の港町にて。
海岸線を埋め尽くすように大海原へと向けてずらりと並んだ移動式大砲の砲門。敵が現れるのは今か今かと蒼く深い海を睨みつけるのは、一つ一つが見上げるほどに巨大な黒鉄の巨人達。
港町はマギステアの兵達によって簡易的な要塞へと改造され、街中では上陸してきたイヴリース兵を迎え撃つべくフルプレートアーマーで身を固めた聖堂騎士団の騎士たちが大盾を構えて前に立ち、後方には揃いの杖を手にした魔術師兵が、建物の上には弓兵達が戦いの始まるその時を待ち構えている。
「……見えた。来るぞお前ら、真っ直ぐ正面の海中だ! ぶちかませ!」
左腕にバックラーが固定された藍色の鎧に身を包み、右手に身の丈を超えるほどの大槍を携えた騎士『第二聖天のジハード』は遠くの波間に一瞬見えた不自然な影を見逃さず、よく通る声でそう叫んだ。
それと同時に全30機のヘカトンケイル達はその大きなモノアイを紅く輝かせ、輝きと同じ色の熱線を次々に海中へと向けて放っていく。
紅い熱線が水面に触れたその瞬間に海水はブクブクと白い泡をたたせながら蒸発し、不規則に激しく波打つ。熱線そのものの勢いもあいまって、海そのものに孔を開けるような攻撃。
はっきりと敵影をとらえていたわけではなかったものの、次々と撃ち込まれた熱線は遂に海中に潜んでいたイヴリースの船を捉え、海中から凄まじい爆音と共に木片、肉片混じりの水柱が打ち上がった。
「どんな魔法使ってんのか知らねえが、船まるごと水中に沈めて進んできやがった……聖騎士隊!魔術師隊!敵の攻撃に備えろ!」
ジハードがそう叫ぶと、続いて聖騎士隊と魔術師隊の隊長から次々に指示が飛ぶ。どれも人間ではなくドラゴン級の強大な魔物を相手にするためのもの。
魔術師達は山一つ吹き飛ばすほどの極大魔法を放つための詠唱を開始し、聖騎士達はそれぞれの身に魔法で強化を施しつつ局所的な防御結界が組み込まれたタワーシールドを構えていく。
それとほぼ時を同じくして、海中に異変が起き始めた。
ぽつりぽつりと暗い水底から光が溢れ、その光の元から現れた巨大な黒い影が船よりもはるかに速く港へと迫ってくる。
生き物らしいうねりを描きながら迫るその影の正体にジハードはすぐ合点がいった。既にそれが実戦に投入されたという話は聞いていたからだ。
「初っ端から……って事は、
彼の指示により、これまでは海中の敵に対して有効でないと静観を保っていた移動式の大砲が次々と火を吹いた。
迫り来る影は水面近くまで上がっては来ていたものの、確実に命中するコースを飛んでいた弾すらその体表につるりと受け流されてしまい思うようにダメージを与えられない。
一方、ヘカトンケイル達の熱線も海中で聖獣擬きへと変化したイヴリース兵を寄せ付けまいと、次々に海中の影へとめがけて放たれるが、その数の多さに攻撃の手が追いつかず打ち漏らした何十ものそれが港へと到達して激しい水飛沫とともにその姿を現した。
ヘカトンケイル達とほぼ変わらぬ大きさの歪に膨れ上がった巨体。身体中から生えた羽毛はところどころ禿げて、上手く変化しきれなかったのかぬるりとしたピンク色の肉が覗いている。
背からはコウモリのような羽がのび、しかしそれもまた無理な変化の弊害なのか歪にくしゃりと縮こまっていた。
唯一、頭部のみに人間だった頃の名残か髪の毛のようなものがわずかに残り、顔の左右から飛び出た人間そっくりの目はギョロギョロとせわしなく周囲を見渡している。
見た者に生理的な嫌悪感を覚えさせる姿をしたそれが、次々と海中から現れてはヘカトンケイルへ、街へと奇怪な鳴き声を上げながら両腕を広げて飛びかかってきた。
「ヘカトンケイル隊、目の前のやつだけでもいいから抑え込め!砲撃隊も海から上がってきた奴を狙え!残りは、俺がやる……【
正面の海を見やれば、大量の聖獣擬きを盾にして大型の帆船が球状の結界で水を弾きながら浮上しているのが見える。
港へとたどり着いた聖獣擬きとヘカトンケイル達によるつかみ合いの乱闘が始まる中、最前線に立っていたジハードにも聖獣擬きが襲いかかろうとした。
しかし、その腕はジハードに触れる直前で、ジハードの身体を包み込むようにして発生した砂塵に飲み込まれて瞬時に干からび、灰のように散っていった。
「オギァァ……!ウァ…ヴァァエェェ!」
突然自分の腕を失い、驚愕と激痛に鳴き声を上げて仰け反る聖獣擬き。その胸部を、轟音と共に舗装された港の地面を砕いて伸びてきた巨大な棘が深く貫いた。
鳴き声を上げる間もなく次々と巨大な棘が伸び、聖獣擬きの身体を四方八方から串刺しにしてその命を刈り取った。
「全隊、ジハード様の
ヘカトンケイル達の防御を抜けてきた聖獣擬きを抑え込んでいた聖騎士隊へと向けて、隊長格の騎士から指示が飛ぶ。
結界を発動させた盾で無理矢理聖獣擬きを押し込みつつ、後方の弓兵、魔術師による集中攻撃で聖獣擬きを倒していた騎士たちだったが、その指示を聞いて即座に後方へと引きつつ防御を固める体勢をとった。
ヘカトンケイルを除き、前線で砲撃を行っていた兵士たちも、ジハードから距離を取るように大砲を移動させていく。
ジハードを包み込んでいた砂塵はやがて大きな砂嵐へと変化し、聖獣擬き達もヘカトンケイル達も飲み込んでいく。
やがて砂嵐が薄れた先には、干からびてミイラのようになって死んだ聖獣擬き達と、その装甲に細かなキズをいくつも作ったヘカトンケイル達、そして元いた場所に変わらず仁王立ちを続けているジハードが居た。
魔法により聖獣擬き達を一掃したジハードは、じっと海の先を見据える。
まだまだ聖獣擬き達は投入されているようで、水面はまるで黒い波が迫ってきているかのようになっている。
その黒い波の向こうに、船はあった。
「来ているな、ムジカ・ニグ・デアロウーサ」
忌々しきエルフの男。
イヴリースの首魁。
ジハードは両手で大槍をぐっと深く構えると、遠く離れた海上にいるその男に向けて名乗りを上げた。
「マギステアが誇るこの第三聖天ジハード。大地の化身たるこの俺が相手をしよう!」
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