第19話
◆◆◆◆◆◆
マギステア聖国北部の街『オラクル』。
イヴリースとの
「進めーーっ! 一人たりとも逃さず息の根を止めろ!」
「奴らが『変化』する前に死ぬ気で仕留めろ! でなければ死人はもっと増えるぞ!」
隊長格の者から激が飛ぶ。
炎、氷、雷、暴風と攻撃魔法が滅茶苦茶に飛び交う中を、マギステアの兵士たちと聖堂騎士団は自分たちの命もかえりみずに、次々とアルバータ大森林へと突撃していく。
アルバータ大森林の中ではイヴリースから進軍してきたエルフやスロゥプ、ドワーフの混成部隊が待ち構えており、薄暗い森の中でマギステアの戦士たちと斬り結ぶ。
後方に控えている両軍の魔導師部隊から次々と魔法が飛び、さらに弓兵による弓矢の雨が戦場に降りそそぐ。
アルバータ大森林を包んでいた純白の雪は今や両軍の兵士たちの命でどす黒い赤に染まり、鼻を塞ぎたくなるような悪臭を放っていた。
「くそっ、奴らのいったいどれほどの命を浪費するつもりだ!」
マギステア聖国が誇る六大聖天の一人。第四聖天のオルキス・トラヴァースもまた、数多の魔法や弓矢の攻撃をくぐり抜けながら前線で敵軍を蹴散らしていた。
正直、この戦いがいかに無意味なものか、とっくに理解していた。確かにこのオラクルは地図で見ればイヴリースからマギステアへと直接陸で繋がった唯一の場所ではあるが、豪雪地帯な為に戦闘用の人員を維持するだけでも厳しく、資源にも乏しい為にわざわざ攻め落とすほどの価値はないはずだ。
それでも彼らがこの場所を攻めてきたのは、首都から離れているからにほかならない。
マギステアの大地に流れる竜脈を利用して兵士たちを聖獣擬きへと変化させ、無差別に荒らし回らせる事そのものが目的なのだ。
執拗に人を殺すために暴れまわる怪物の群れを放っておく事など、出来るわけがない。そんな怪物が増えていくさまを見て見ぬふりをしておくことなんて尚更だ。
自分を含めた主戦力を本命である首都から引き離しておく事、それが真の目的なのだ。それを理解していながらも無視することも出来ないから、こうして自分を含めた六大聖天の人員がここに割かれている。
他にこの地で戦っているのは第六聖天のボリス・ディアントと第五聖天のウルド・バーンズ。二人とも先日の戦いの傷が残っているが、怪物の群れが世界に放たれる可能性とあって無理をしてくれていた。
「オルキス様! 西側で戦っていた部隊が!」
ふと、戦っていたオルキスの元に一人の兵士が駆け付けてきた。彼も既に満身創痍だったが、死が駆け巡るこの戦場を必死に駆け抜けて来たのだろう。
「西側だな?」
はっとしてそちらを見れば、凄まじい音と共に木々がなぎ倒されていくのが見えた。
もう
「すぐに向かおう。おまえはこれを使え」
自分に聖獣擬きが出現した情報を伝えに来てくれた彼へと回復用のポーションを渡す。飲むとある程度の傷なら即座に治してくれる、大変質のいいものだ。
「っ……感謝します、オルキス様」
「気にするな。生きて帰ってこい」
ポーションを飲んで、再び敵の居る場所へと駆け始めた彼を尻目に、先程木々がなぎ倒されているのが見えた方向へと全速力でかけていく。
到着したその場所では、数多のマギステアの兵士やイヴリースの死体が無惨に転がる中で、3体もの聖獣擬きを相手に必死に立ち向かうボリスの姿があった。
生き残っていたマギステア兵も、これ以上はこの場にいても無駄死にになるだけだと判断して、聖獣擬き達を迂回しながら攻め込んでいっているようだ。
一方のイヴリース兵はというと、突然背中を預けあって戦っていた仲間が不気味な怪物に変化した様を目の当たりにして、困惑、発狂の阿鼻叫喚の地獄の様相を呈していた。
「ボリス!」
「オルキス、来てくれたか!」
攻撃を何回か避けそこねたのか、彼は顔に生々しい切り傷を作っていたがオルキスの姿をみとめると笑顔を作りながらそう叫ぶ。
オルキスは聖獣擬き達と戦うボリスの間に割って入ると、力にまかせて大剣を振るって襲い来る聖獣擬きを吹き飛ばした。
「よく抑えてくれたな、流石だボリス」
「褒めてくれるのなんてお前くらいだよ。しっかし……死ぬかと思ったぜ」
そう言いながら、ボリスは懐からポーションを取り出すと親指でコルクのピンを弾き、ぐっと一気に飲み干した。するとみるみるうちに顔にできていた傷が塞がっていく。
「ふぃ〜、仕切り直しってとこかなあ?」
「この調子じゃあまだまだ増えるぞ。一匹ずつ確実に仕留めていく、一匹だけ離すように出来るか」
「回復する余裕もらったからな……まあ、どうにか2体引き剥がしてやるよ」
泥と血に塗れた雪を蹴り上げて、ボリスが3匹の聖獣擬きへと突撃していく。ボリスの姿を追い掛ける聖獣擬き達だったが、あまりのスピードに残像しか追えていない。
いつしか二匹がボリスについていくように移動していき、遅れた一匹が浮いた駒になった。
「【
オルキスがそう叫んだ瞬間、彼の周囲に赤く光る半透明の剣が6本現れた。彼の叫びに反応して、一匹だけ遅れていた聖獣擬きがぐるりと振り返って食い殺そうと大きく裂けた口を開いた――
――次の瞬間、その聖獣擬きの身体は上下に真っ二つに裂けていた。自身の身体能力を7倍にまで激増させたオルキスの一撃により、斬り裂かれたのだ。
「次ぃ!」
一匹目の聖獣擬きを仕留めたオルキスは休むことなく走り出す。ボリスが引き付けていた二匹の聖獣擬きは仲間が一匹殺されたのにも気が付かないようで、無闇にボリスの残像を追いかけ回している。
オルキスはそのうちの一匹に狙いをつけると、ぐっと身体に力を籠めて剣を振り上げる。
「はあぁぁぁっ!」
突撃しながら振り下ろした大剣が聖獣擬きの身体を左右に両断する。その一撃に気が付いたのか、ボリスも宙で身を翻すと直剣を真っ直ぐに構え、一直線に最後の一匹になった聖獣擬きの脳天を貫いた。
ズズンという低い音とともに巨大な怪物の身体が雪原に沈む。水風船でも割ったかのように死んだ聖獣擬きの身体から赤い液体が広がっていき、大地を赤黒く血に染めていく。
「よし、いるだけ全部仕留めたな」
「……いや!」
二人揃って周囲を見渡したところで、ハッと一人の男の様子がおかしいのに気がついた。仲間が怪物に変化したさまを目の当たりにして動揺していたイヴリース兵の一人だ。
「えっ、あぅ? あっあっあっあっ」
突然ボコボコと身体のあちこちが膨れ上がり、壊れたように口からは意味をなさない言葉だけを垂らし流す。周囲にいた彼の仲間たちも、突然起きた異変に驚いて離れていく。
「ボリス!」
「任せな!」
自分のスピードでは間に合わない、だがスピードに優れたボリスならば。
ただ彼の名前を呼んだだけだったが意志は通じたようで、閃光の如く飛び出した彼の剣が
そこで男の変化は止まり、頭部を失った彼の身体はどさりとその場に崩れ落ちた。
戦場の空気が変わっていくのを感じる。
イヴリースの兵たちは、まさか自分たちがこのような目に遭うなどとは想像もしていなかったのだろう。明らかな動揺が彼らの間に広がっていた。
「イヴリースの諸君! よく聞くが良い!」
オルキスはそんな彼らを目にして叫んだ。
「マギステアの大地は亜人の魂を蝕み、怪物へと変貌させる! ゆえに我らはマギステアから亜人を排斥し続けた! 諸君、今からでも遅くはない、人でいたければイヴリースへと戻りたまえ!」
ざわざわとイヴリースの兵士たちの間に広がっていた動揺が激しくなっていく。他の、いまだに聖獣擬きへと変化したものが出ていない場所では激しい戦闘が続いているが、この周辺だけはもう矢も魔法も飛び交ってはいなかった。
ぞろぞろと退いてゆくイヴリースの兵士たち。
全体の数から見れば大したことのない、ほんの少しの人数だったが、自分たちが置かれている状況がいかに致命的かを理解した者たちがイヴリースへと戻っていく。
どれだけ無駄な殺し合いをしていたのか、噛み締めながら。
「事実を知れば、意外とすんなり帰るもんだな」
「全員が全員こう行くはずもあるまい。それに、俺達はまだ戦い続けないといけないしな」
そう言って辺りを見渡すと、また別の場所で木々がなぎ倒されていく様が見えた。イヴリース兵がまた聖獣擬きへと変化したのだろう。
並みの兵ではすぐにあれらに殺されてしまうだろう。
勿論、マギステアの兵もイヴリースの兵も見境なく。
「ボリス、別の地点を頼んだ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だ。それに、あれに対抗できる戦力は分散させておかないと一瞬で戦線が壊滅しかねん」
聖獣擬きが出現したと思わしき場所を目指してオルキスは駆けていく。その背中でたなびく牙の紋章があしらわれたマントを眺め、ボリスは呟く。
「マギスタリアは大丈夫だろうかねえ……『奇跡』を失ったのはきついが、教皇聖下とあの三人がいるなら滅多な事にはならないと思うがなあ」
だが、そこまで言ってから不安を振り払うように自身の胸をドンドンと2回叩くと彼もまた次の戦場へと向けて駆け出した。
「大丈夫さ……地下で戦い続けてる勇者様を、あいつらはきっと護り切ってくれる」
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