第18話




 ウィニアさんに手伝われながら、ランドとアンリを抱えて飛び込んだ仮設テントの中。


 外での戦闘の音を聞いて治療する準備をしていたフランクラッドの医師たちによって、衰弱しきってしまっていた彼らの治療が行われていた。


 医師によれば数日間飲まず食わずの状態が続いたことで脱水と栄養失調に陥っており、今のところ用意していた機材によって直接身体に栄養を送りつつ、生命の維持を機材に任せているような状態なのだという。


 ただ、医師によれば小さな子供の身で過酷な空間に放置され続けていた割には、想像していた状態よりも体調は悪くないのだという。


 もしかしたら自分が勇者としての力に目覚めたときに、ランドとアンリの二人にも僕の力を分け与えていたのではないかと、その話をきいてなんとなくそう感じていた。


「そんなわけなので、時間さえたてば二人とも良くなりますよ。ご両親の方は残念でしたが……」


 ひとまずの治療を終えた医師が椅子に座り、僕と向かい合ってそう言った。


 二人は助かるのだという言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。だが、二人の両親がすでに殺されてしまっている事は、もう覆すことのできない事実で、僕の心に重くのしかかった。


「二人は……僕が、引き取ります。今度こそ、平和な世界でのびのびと、幸せに成長して欲しいんです」


「セシルさん。つまりは、養子縁組という事ですかな」


「ええ、まあ」


 ニニィがセレスを養子にしたように、僕も二人を養子にする。


 すっかり姿の変わってしまった僕を二人が、ランドがそれを受け入れてくれるかはわからないが、孤児になってしまうよりも自分が引き取って育てるべきだとそう思っていた。


「少し、外の様子を見てきますね。他にももしかしたら生存者がいるかもしれないですし」


「セシルさん、頼みました」


 医師は何か言いたげな様子だったが、ぐっと言葉を飲み込んで僕を見送ってくれる。


 テントの外は、まだ昼間だというのに曇天が広がって、夕暮れを過ぎた頃のように薄暗くなっていた。


「龍神様!」


「ウィニアさん。すみません、お待たせしました」


 外ではクラッガとその手下達との戦後処理も行われていて、犠牲になってしまった一人の兵士の遺体が、殺された村人たちの遺体と同様にして運ばれていた。


 倒されたクラッガの手下達の中でまだ息があった者もまた、縄や鎖でがんじがらめに拘束されて馬車へと乗せられていた。馬車の周囲には護衛のためか多くの騎兵が集まっており、これから馬車に乗せられた彼らはフランクラッドの軍による取り調べを受けることになるのだろう。


「龍神様……これから、どうしましょうか」


 荒れ果てた村の跡地をぼんやりと眺めながら、彼女はそう呟いた。


 今までの事が走馬灯のように脳内を流れていく。

 この世界に小さな魔物として生まれ落ちて、弟妹たちと必死に生きて、ランドに拾われて家族になって……川に流された先でニニィに拾われて共に旅をして、セレスと出会い、この世界について色々と知って。


「やっと、帰ってきたんだけどな」


 僕の故郷は、なくなってしまった。


 戻ってきたら、またみんなと暮らせるかもしれないと思っていたのに。ただ、平和に生きていたかっただけなのに。


 ランド、ランドのお父さんとお母さん、お隣さんのアンリ一家もいて……そして、イリス。


 そうだ、イリスは?

 まだイリスが残っている。

 終わってなんかいない。


「そうだ……まだ、戦わないと」


「大丈夫、ですか? なんだか顔が怖いですよ」


 ウィニアさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 彼女は本当に良い人だ。出会いの時の事があったとはいえ、僕の故郷を探すために遠い村からここまで付き合ってくれて、ランド少年たちを探すために共に瓦礫の山を退かしてくれて、クラッガ達との戦闘でもクラッガを撤退に追い込む一撃を放ってくれた。


 でも、これ以上僕の戦いに付き合わせることなんて出来ない。


 本当なら、彼女はこうして戦いに巻き込まれるべき人間ではないのだから。


「ウィニアさん。まだ妹が、残ってるんです」


「龍神様の妹。それって私達の村で話していた――」


「本物の『龍神』は彼女だったんです。僕も、気付けなかった。生まれたときからずっとそばに居たのに」


 ただ彼女が特殊なだけだと思っていた。

 僕と明確に意思疎通が出来ていた事も、人間の言葉や魔法を覚えたりしていたことも。


 でも全部、彼女が本物の『龍神』として産まれ落ちたからこその力だった。人間から魔物に生まれ変わっただけの、紛い物の僕とは違う。


「妹は……『イリス』はきっと、奴らの本拠地に連れ去られたはずです。ムジカとかいう、奴らの頭の名前もよく聞きましたし、だいたいの居場所の予想もついてます」


 オラクルの街で戦った連中は『龍神』の力を引き出すための『龍神の巫女』を求め、ここで戦ったクラッガ達は『龍神』を求めてイリスを連れ去った。


 そして、イヴリースとマギステアの戦争。


 イヴリースは勝算も無しにマギステアに戦争を仕掛けに行ったのではない。『イリス』という龍神の居場所を発見して、その力を引き出す目処が立ったからこそ行動を始めたのだ。


 そしてマギステアを滅ぼした後は、フランクラッド、そして他の大陸へと進出して行くに違い無い。クラッガと同じように基人族に恨みを持った彼らが、味方すら犠牲にしながら人々を殺し尽くすのだ。


 僕の妹の力を使って。





「ランドたちが街の病院に移ったあと、僕はマギステアに向かいます」


 そう言った瞬間、息を飲む音がした。


 彼女も今のマギステアがどれほど危険かは、村長からも聞いているから知っているはずだ。元々彼女も含めた亜人種にとっては危険極まりない地域だったが、今回は亜人だけの問題ではないのだから。


「龍神様……」


 僕がもう本物の龍神ではないとはっきりしたのに、彼女はまだそう呼んで慕ってくれる。ほんの少しの間の関係だったけれど、誰かに慕われるというのはなんともくすぐったい気分だったけれど、嫌じゃなかった。


 たとえ人間の姿をしていなくても仲良くしてくれたり、快く思ってくれる人がいることが嬉しかった。


「今度こそ、ちゃんと終わらせて帰ってきます。僕、龍神じゃなかったですけど『勇者』ではあったみたいですし、きっと何とかなりますよ。ランドたちの事だってありますし、死ぬつもりなんてこれっぽちも無いです。それにしても……あはは、ドラゴンのくせに勇者だなんて変ですけどね」


 ドラゴンをやっつける勇者の話なら人間だったころに何度もゲームであそんだけれど、ドラゴンが勇者だった話なんて初めてだ。


 ただ、この身体の中に勇者の力がある事が、昔に死んでしまった父さんとの繋がりがずっと続いているようで暖かい気持ちになる。


「ウィニアさん、ちょっと早いですけど、お願いしても良いですか?」


「……なんでしょうか?」


 彼女は不安そうな表情で、じっとこちらを見つめてくる。

 そんな重い願い事じゃない、ちょっとした伝言だ。


「もしも前に話した『ニニィ』って人に会うことがあったら、伝えてください。『ちゃんと故郷まで帰れた。旅の手助けをしてくれてありがとう』って」








 そして数日後。

 ランドとアンリがレインツィアにある大きな病院で面倒を見てもらえる事になったのを見届けた後で、僕はドラゴンの姿へと戻るとマギステアの空へと飛び立った。


 しばらくレインツィアに残ることを決めたウィニアさんを置いて。



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