第17話
身体が熱い。
いつも使っているような、炎の熱とは違う。
身体の奥底からふつふつと湧き上がるような、力の熱。
「龍神擬きが、この期に及んで……ッ!?」
いち早く体勢を立て直したクラッガの目が、信じられないものを見たと言わんばかりに、驚愕で見開かれていた。
「この力……竜脈から感じたものと似ている」
戦いの最中だというのに妙に落ち着いたこころで、己の手の甲をジッと見つめた。
そこには剣のような形をした光り輝く痣が浮かび上がっていた。
暖かな光の力。竜脈から感じていたようなもの、そのものではない。
亜人が触れてしまえば怪物と化してしまう、竜脈の強すぎる力を大地に縫い付けている方の、小さな力の流れ。
「なんだ、これは?」
「俺の手になんか、光ってる、この」
「す、すごい、力が漲ってくる!」
気が付けば、フランクラッド王国兵の手袋をはめた手にも、痣と同じ形をした光り輝く紋章が浮かび上がっていた。
紋章は彼らに力をもたらしているのか、みな一様に興奮した様子で剣を構え直してクラッガ達に向き直る。
「龍神、様……?」
そして、同じ紋章はウィニアさんの手の甲にも浮かび上がっていた。彼女は困惑したようすでこちらを見上げている。
彼女もまた、自分の身体から湧き上がってくる力に困惑しているようだった。
「これは、まさか! 馬鹿な……『勇者』の力は失われたはずでは!?」
戦斧を構えたまま後ずさるクラッガ。
彼はこの力についてどうしてか知っていたようで、『勇者』の力だと口走っていた。
勇者。
遠い昔に僕と同じようにこの世界に転生してきた、父さんの力だ。
クラッガの手下達も様子の変化に気がついてか、兵士たちから感じる強さが変化したのも警戒してかさあっと散開していった。
「僕も、よくわからないけど……二人共、少しだけ我慢しててね」
地面に降り立ち、ランド達二人を寝かせると再び氷の防壁で包み込む。
そして人間の姿へと戻るとウィニアさんの隣に立ち、クラッガと視線を交差させた。
「龍神様、この力は」
「たぶん、僕が仲間だって思ってる人達に僕の力が送られてる。それに僕自身、今まで感じたことが無いくらい底が見えないの力の源が自分の内側にあるのを感じるんだ」
目覚めた原因は感情の爆発?
それとも、僕自身が強くなったから?
原因なんてわからない。けど、今やるべきことは理解している。
この瞬間こそ、奴らを打ち払うチャンスだ。
「『
瓦礫に手を向けてそう唱えれば、瓦礫に含まれていた鉄が粒子となって手元へと集まり、一振りの無骨なロングソードへと変化した。
だが、武器を瓦礫から創り出しただけでは終わらず、手の甲に現れた光り輝く痣からエネルギーがロングソードへと送り込まれ、次々とその刀身に古代の文字のような模様が刻まれていく。
痣によって、手にした武具までもが強化されているのだ。
「クラッガ。お前にどれだけの『大義』があろうと、武器を振り下ろす相手を
「ただの……魔物如きがあっ!」
クラッガが吠える。誰も無意味に戦いに見を投じたりなんてしない。彼にも信じていたものや、使命に感じていたようなものがあったのだろう。それを今、僕に否定された。
戦斧を振り上げて突進してくる彼の見開かれた瞳には、煮え滾るような『怒り』があった。
「ウィニアさんは、子どもたちを頼みます……!」
「っ、はい!」
置いてきた子どもたちを彼女に任せ、僕は彼の怒りに答えるように走り出し、剣を振るう。
元々は僕だって平和な世界に住んでいた戦いとは無縁な一般人だった。でも、今こうして戦っている。
慣れないのに剣を振るい、イモリの姿だった頃から必死になって魔法を覚え、そして自身の心と正義に殉じている。
――ガキィィン!
痣によって強化された剣と戦斧がぶつかり合い、火花を散らす。痣の力により強度で勝ったのか、クラッガの持つ戦斧の刃先の一部がパキンと割れて砕け散った。
「龍神擬きィ!」
「僕は……俺は、セシルだ!」
眼の前で憤怒の形相になったクラッガが叫んでいる。自分もそれに応えるように、この世界で付けてもらった大切な、たったひとつの名前を叫び、剣を握る腕に力を込めた。
はじめこそ拮抗していた力はこちらが優勢になり、クラッガの戦斧を押し返していく。ざりざりと音を立てて彼のはいているブーツが砂利を引きずりながら押されていき、地面にはくっきりと大地を踏みしめていたあとが残される。
「クラッガ様、ここは一度退くべきです! っ、この、やけに強くなって……!」
「みんなかかれ! こいつらが村を滅ぼした主犯だ、一人たりとも逃すな!」
周囲でも勇者の力によって武具と身体能力を強化されたフランクラッド兵たちが、少数精鋭のクラッガの手下達に対して数の暴力で襲いかかっている。
元々の実力には隔絶した差が存在していたが、勇者の力によって強化された彼らは二人いれば彼ら精鋭と互角といったところ。
今こそ機であると、次々と彼らに立ち向かうフランクラッド兵達は獅子奮迅の働きで先程まで僕を囲んで攻撃してきていたクラッガの手下達を倒して行っていた。
「くそっ、こんな場所でやられるなど……!」
クラッガも自分の手下が次々とやられていっている様子に気がついたのか、じわりと額に汗を滲ませながら力任せに戦斧を振るって鍔迫り合いを中断させる。
次の瞬間、彼の姿は視界からかき消え、背後から迫る脅威の気配を感じた。魔法による瞬間移動で背後へと回り込み、戦斧による一撃を狙いに来たのだ。
「その程度で……っ」
振り向きざまに剣を振るい迎え撃つ。
今のこの身体は、目には見えない力の流れが手に取るように感じられた。たとえ相手の姿が見えていなかろうと、どこにいてどんな動きをしようとしているのか理解できる。
だが、僕の剣と彼の戦斧がぶつかり合う前に割り込んだものがあった。
「させませんっ!」
「な、女っ!?」
掌をクラッガへと向けるようにして両の手を重ねた彼女。魔法によって交差した掌から、ボウリングの玉ほどある大きさの尖った氷の塊が射出され、クラッガを襲ったのだ。
彼女の魔法もまた勇者の力によって強化され、クラッガにとっても無視できないほどの威力になっていたそれは、彼の身体に棘を突き刺しながら吹き飛ばしていった。
「ぬ、ぐ、おおおおっ!」
瓦礫の山がそこかしこにあるという地形も災いしたのだろう。吹き飛んだクラッガは瓦礫でその身体を傷付けながら転がっていき、立ち上がった時には満身創痍となっていた。
もろにウィニアによる魔法攻撃を受けた右腕はあらぬ方向へと曲がり、大腿部や腹部には瓦礫から出てきた細かな破片が突き刺さって服に血を滲ませている。
他の手下もあらかた片付き、残るは近接武器持ちの二人。
「クラッガ様……!」
「……致し方無い。ここは、退くぞ」
手下の一人の言葉にクラッガは力なくうなずく。いつの間にかクラッガのそばに集まっていた二人は彼の身体にぴたりと手を付けた。
「まずい、逃げられる……!」
手下の二人ごと瞬間移動の魔法を使い。この場を離脱するつもりだ。ニニィはあの魔法は連続使用できないと言っていたが、戦いの中で見た練度を見る限りクールタイムの長さに期待も出来ない。
今すぐに追い掛けて殺さなければ、また復活して僕を殺しにくるのが目に見えている。
「逃がすか!」
その場にいた誰よりも早く、剣を横薙ぎに構えて飛び出したその時だった。
この場の人々のエネルギーを、つまりは命の力を感じることが出来るようになっていたために気付いてしまった。
いや、気付くことが出来た。
「……っ」
目の前でクラッガ達が逃げていく。僕の足は止まり、そして別の方向へと駆け出す。
さきほど氷の防壁で囲った二人の元へ。
「まずい……ウィニアさん、手伝ってください! すぐに医師のいるテントまで運びます!」
魔法を解除して氷を消滅させて、中で横たわらせていた二人を抱き上げる。
腕の中で眠り続ける二人の命の灯火は、今にも尽きかけようとしていた。
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