第16話
「ぐううぅぁあっっ!」
炎が皮膚を鱗を羽を焼き、どこからともなく飛来した槍や剣が背中に突き刺さる。
それをしたのは咄嗟の判断だった。
彼女の叫び声が聞こえた瞬間に子供達を抱き抱え、変化の魔法を中途半端に解く事で半竜人化。背中から広げた羽で包み込むようにして子供達を守り、更に同時に【
何者かによる突然の襲撃からどうにか皆を守ることが出来たが、無防備になった僕へと狙い澄ましたように魔法による集中砲火が浴びせられた。
「うぐっ、ぅぅぅぅ!」
「なっ、龍神様!」
ウィニアさんの悲痛な叫びが聞こえてくる。
今、自分はどんな状態になっているのかとふと頭に浮かんだが、とめどなく続く激痛と子供達を守らなければならないという使命感とで更にぎゅっと身を固くした。
「龍神擬き……戻ってくるとは予想していたが、まさかここまで人間臭いとは。行動が単純でわかりやすくて助かるな」
十数秒間の集中砲火の後、やっと撃ち止めとなったのか、パチパチと火花をたてる大地の先から何者かがこちらの様子を警戒しながら歩いてくる。
数も一人や二人ではない。
リーダーらしき戦斧を持った小柄な男を筆頭に8人。
各々武器を携えた戦士達が居るのが確認できた。
「血の繋がりもない、汚らわしいだけの
立派な髭をたくわえた、がっしりとした体型の小柄な男。おそらく
「大事に、決まってるだろ……僕の、家族だ」
「執着の強さはやはり他のドラゴンと同じか。野性の抜けきらない魔物風情が『家族』だなどとよく喋る。しかし……あれだけの攻撃をよく全て受けきったものだな。力だけは龍神と同等とは厄介極まりない」
嫌な臭いがする。
自分の身体が焼け爛れた臭い。肉が焦げた臭い。鉄臭い血の臭い。
背中に突き刺さった剣や槍、矢を変化魔法の応用で内側から押し出して抜く。
抱き抱えていた子供達は、既に疲弊していたこともあり今の襲撃のショックで気を失ってしまっていた。
「何者だ、貴様ら!」
先程放った【
だが一目見ただけでその兵士とこの場にいる戦士達との間に隔絶した力の差がある事は見えていた。
「駄目だ、奴らに近づいちゃ!」
「鬱陶しい虫が。殺れ」
―――バリバリバリッッ!
放たれた矢は迸る雷を纏って飛び、兵士が構えていた剣をへし折りながら貫いた。矢の勢いは尚も衰えず、鋼の鎧をもたやすく貫き兵士の胴体にぽっかりと穴を空けて森の向こうへと消えてゆく。
不用意にも彼らに近付き、雷の矢を受けてしまった彼はその身体から煙を上げながら息絶え、その場に崩れ落ちる。
「な、ぁっっ……!?」
「なんだ、今のは」
フランクラッド兵達は何が起きたのか理解できていない様子で驚きの声を上げている。あまりにも唐突で、あっさりとし過ぎていて仲間が殺されたという実感すら追いついていないようだった。
「な、何なんですか、あの人達は」
ウィニアさんも同じく、今の攻撃を見極めることが出来なかったのか呆然と立ち尽くしている。
そんな彼等の様子など気にした仕草も無く、洞人族の男は背負っていた戦斧の柄を握り、身の丈ほどあるそれを片手で軽々と持ち上げて構えた。
あの男、間違いない。これはオラクルの街で戦ったあいつらと同じ連中。『アイオーン』の一人。
「今日は良い日だ。ペットなんぞに収まっていた龍神も既に無事回収。予想していた通り、滅んだ故郷にのこのことやってきた龍神擬きのお前を殺せば障害になりえる者はニニィただ一人になる」
「ペット………貴様、イリスに、僕の妹に何をした!」
「かかっ、妹などと笑わせてくれる。本来居るべき場所に戻してやっただけだ。
奴のペットという発言でイリスが何故ここに居なかったのか、その理由を知る。イリスは奴らに連れ去られていた、『アイオーン』の連中に『龍神』として。
方法は不明だが龍神だったイリスを探し出した彼らは、村を襲ってイリスを攫い、更に証拠が残らないように村そのものを滅ぼしたのだろう。
色々な場所で『龍神』という存在について聞いておきながら、妹のイリスがその『龍神』であるという考えに行き着かなかった自分が恨めしい。僕のように人間から転生したわけでもなく、人語を理解していたのは弟妹たちの中でも彼女だけだったのに。
「それで、どうする? まともに戦えるのはこの場においてお前一人だけ。そのお前も子供二人を攻撃から守る為にまともに動けない。わざわざ子供を生かしておいたかいがあると言うものだ」
男がそう言った次の瞬間、ランドとアンリの二人を抱える僕の目の前に振り抜かれた戦斧の刃先が迫っていた。
「ッ!??」
「死ねぃ、龍神擬き!」
男は魔法による瞬間移動で距離を詰めてきたのだろう。ニニィが短距離であればそういう事が出来る魔法が存在すると話していたのを思い出す。
迫りくる死の予感が時間を圧縮し、景色がスローになる。
既に自分は最初の不意打ちからの集中砲火によって大きなダメージを受けてしまっている。変化魔法も傷を癒やす魔法ではないし、取り繕える部分にも限りがある。未だに止まらない血。受けた傷は深い。
駄目だ、こんな簡単に終わってたまるか。妹のイリスを攫い、ランドの両親を含めた村の人々を殺し、ランド達を僕の足枷として利用しようとした卑怯者の殺人鬼なんかに簡単にやられてなるものか!
「がぁぁ……ォォアアアガァァァッ!!」
人の姿のまま、体内から湧き上がるドラゴンの力をそのままに練り上げた、岩をも容易く溶かし貫く超高温のブレスを放つ。
無理矢理に放ったブレス。
半竜人化しているとはいえ、人の肉体のまま扱えるような代物ではないそれにより、反動で自身の身体も後ろへと飛ばされる。
「ぬおっ、まだあれほどの力を残していたか!」
両手を塞がれた僕が反撃を入れてくるのは予想外だったのだろう。ブレスの発射と同時に瞬間移動で空中へと逃げた彼が驚きの声を漏らす。
が、敵は彼一人だけではないのだ。
「くっ!」
地面を蹴って跳び、先程兵士を殺した射手により続けざまに放たれた雷の矢を回避。
走って接近してきた片手剣持ちの二人による挟撃を、更に羽をはばたかせて飛ぶことで避けた。
切れることのないない攻撃の連鎖。
相手にすらならないフランクラッド兵になど目もくれず、彼らは僕に攻撃を集中させてくる。
「【
「【
「【
氷の鎧を身に纏い、更に炎の膜で武装。力強く羽を動かして急上昇した僕の体をどこからともなく現れた無数の鎖が絡みついて拘束してきた。続けて僕を囲むように宙に現れた10本の炎の槍の全ての切っ先が此方を狙う。
ランドとアンリごと僕を殺すつもりなのだ。
「こんな、もの……っ!」
全力で戦えていたならば、鉄の鎖の拘束なんて一瞬で溶かしてしまえる。だが、それをしてしまえば抱えている二人も焼けて死んでしまう。
絡み付いてきた鎖を破壊することをやめ、炎の膜から相手が出してきたものと同じ数、10本の槍を形成して発射。さらに氷の球体を周囲に作り出して守りを固めた。
――ドォォォン!!
炎の槍同士が激突し、爆炎をまき散らす。
撃ち漏らしてしまった槍も、分厚い氷の壁に阻まれて爆発音だけを響かせた。
「ぐうぅ、だあっ!」
氷の壁の内側で、力ずくで拘束してきていた鉄の鎖を引き千切る。
「……くそっ」
こちらは防戦一方。しかも衰弱した子供二人を抱えており、このまま戦闘を続けること自体避けたい状態。
だが、奴らは逃がす隙すら与えてはくれないのだ。
もしもこの場にニニィが居てくれたら……そう考えても、現実は何も変わらない。頼みのフランクラッド王国兵達はアイオーンの一人らしきドワーフとその手下達に手も足も出ない。
――ガギンッ!!
突然、そんな音がして目の前の氷の壁から斧の刃先が僅かに顔を覗かせた。
「ちぃっ、破れんか。無駄に硬い守りをしおって……!」
「アイオーン……!」
ドワーフの男だ。
凄まじい膂力で、無理矢理に氷の防御を叩き割ろうとしている。
「その名まで知っているなら教えてやろう。私はアイオーンが『龍頭』クラッガ・バジウス! 忌々しい人間どもに妻と娘を慰み者にされて殺された、ただの復讐者よ!」
――バギ! ゴギン!
彼の怒りに呼応するように、更に氷の壁にヒビが入る。
なぜ、彼らが自らを化け物に変えてまで戦うのか。
基人族を恨み、殺し続けるのか。
その意味が、やっとわかった気がした。
表向きには奴隷というものが禁止されていたけれど、犯罪組織を通じていまだにそういう事が行われている事は、この旅の中で知っていた。
ニニィ達によってさらわれていた人々が助けられた、その場面に自分は居たのだから。
でも、彼女たちのように救われなかった者はどうなる?
難しく考えなくてもすぐにわかる。
その最期は、悲惨だ。
だけど――
「なら、違うだろ……」
この腕の中で今もぐったりと気を失っている小さな子供達。
彼らが何か悪いことを一つでもしただろうか?
この子たちが、この子たちの両親が、彼等の家族をさらい、殺し、辱めたのか?
「なら……なら! 復讐する相手を間違えるなよ、このわからず屋!!」
叫びと共に広げた羽から熱波が吹き荒れ、守りのために作っていた氷ごとクラッガとその手下達を吹き飛ばす。
じんわりと熱くなった右の手に、剣のような形をした紋章が浮かび上がっていた。
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