第15話




 馬車が村に到着し、村の壊れた門へと二人で歩いてゆくと沢山の王国兵達が倒壊した建物や地面に残る魔法を使ったらしき痕跡の調査を行っていた。


 馬車の御者が話していた通り、壊れた門の前には王国兵が一人立っていて、調査の邪魔になる人間を村のあった場所へと入れさせないようにしている。


「そこの二人、ここから先は部外者は立入禁止だ」


「ええ、それなんですがこちらを。調査に来ました」


 懐から一枚の紙を取り出して門番をしていた王国兵に渡す。

 自分がラタの村を己の目で見て故郷の村かどうか確かめたいと話した時に、王国兵の許可を得て村に入るためにカティアさんが用意してくれたものだ。表向きには冒険者側の調査員として村に入りたいという事になっている。一応最も近い街の冒険者施設であるため、そういった言い訳もやりやすかった。


「印鑑も……確かに。立ち入りを許可します。村跡地の中ではこのタグを首からさげていてください」


 兵士から二人分の金属製のタグが先程渡した紙と共に渡された。タグに空いている穴には簡素な紐が通されていて、首にかけられるようになっている。

 受け取ったタグの片方をウィニアさんに手渡し、自分もそれを首にかけて村の跡地へと足を踏み入れた。



「ここが……」


 隣で彼女が息を詰まらせながら呟く。

 村があった場所にはもうまともな形をした建物など一つたりとも残っていない。水田があったらしき場所も激しい争いの跡のみが残り、ぐちゃぐちゃの泥沼と化していた。


「セシル、さん。ここがセシルさんの故郷、なんですか」


「……まだわからない。調べてみないことには」


 あまりに荒れ果てているせいで記憶の中にある村とは似ても似つかない。

 あの頃は自分も小さかったから村の全体なんて知る術なんて無かったが、確かに記憶に残っているランド少年達が住む家や外の景色。それらと今目の前に広がっている現実が重なっていないことに僅かに安堵を感じ、一瞬思考が自己嫌悪に陥りかける。


「(結局はただの人間だ。忘れるな)」


 どれだけ姿形が人から離れ、強い力を手に入れようとも自分は変わらず一人の人間なのだ。エゴを許すなとまではいかないが、ろくでもない考えに染まってしまっては人としても許されることではないと心に戒めを刻む。


 それに、まだ故郷の村ではないと決まった訳ではないのだ。まだ自分が気が付いていないだけで記憶の景色となにか共通点が見つかるかもしれない。


 まだ見ていないが、この村に住んでいた人々だって。


「失礼、そこ通りますね」


「おっと、道を塞いですみません」


 ふと横から声がかかりそちらを見れば担架を運んでいる二人の兵士がいた。

 いまだ破壊された建物の残骸も整理できていない状態で、村の調査の為に跡地に作られた道は狭く安定した足の踏み場も少ない。


 自分とウィニアさんが道をあけると、兵士たちは村跡地の一角にたてられた仮設のテントへと担架を運んでいく。運ばれてゆく担架には布がかけられた大人の人間くらいの何かが乗せられていた。それが何であったかは、きっと想像した通りだろう。


「どうしましょうか。この状態だと一つ一つ建物を調べるのも大変そうですけれど……」


「……少しあのテントの中を見て来ます。知っている顔が居ないと良いんですが」


「わかりました。私は一応生きている人がいないか探してみますね」


 彼女の言う通り、まるで情報が得られない状態で瓦礫の山を探すのはあまり良い考えではない。一旦彼女と別れて行動する事にして、自分は先程兵士達が担架を運びこんでいったテントへと足を向ける。


 大きくスペースがとられた白いテントの中へと入ると、まず鼻についたのは思わず顔をしかめたくなるような臭いだった。


「……っ」


 死臭だ。それも、長時間酷い環境に晒された。


 心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。この人たちは何も悪いことなんてしていなかっただろうに、あまりにも残酷な最後を想像して怒りすら覚えた。



 テントの中ではフランクラッドの兵士と派遣されてきた医師達によって、並べられた遺体を確認しながら情報を書類にまとめる作業が行われていた。


 テントに入ってきた自分を見て一人の兵士がこちらへと歩み寄ってくる。


「失礼、貴方はどちらから?」


「冒険者からの調査員です。こちらに知っている顔が居ないか確認出来ないかと思いまして」


「そうでしたか。では作業の邪魔にならないようにお願いします。何かありましたら私に声掛けを」


「ありがとうございます」


 そう言って小さく礼をし、テントの中を歩きながら並べられた遺体へと目を向ける。布に包まれた遺体は身元確認が出来るように顔だけ露出させられていた。どの遺体も泥だらけで、ボロボロで、思わず目を背けたくなるようなありさまだったが、知った顔が居ないことを願いながら遺体の顔を一人また一人と確認していく。


 この男性は、知らない人だ。


 老人の顔は、あの頃の記憶には無い。


 あの世界であれば高校生くらいだっただろう少女も、自分がイノリだった頃の記憶には存在しない。


 この年配の女性も、記憶にはない顔。


 となりのこの男性は……



「………ぁ」


 思わず、声が漏れた。


 並んでいた沢山の遺体の中。

 賊と激しく争ったのか刃物によって傷付けられたあとがくっきりと残っているその顔。


 変わり果てたその顔は一瞬では判別がつかなかったが、確かに記憶にある顔だった。


「ランド君の、お父さん……」


 見たくなかったものがそこにあった。

 居てほしくなかった人が、そこに横たわっていた。


 間違いない。この滅ぼされたラタの村こそ、僕がイノリとして生まれ育った故郷だ。


「そんな、う、そ……だ」


 じわじわと頭から血の気が引いていくのを感じる。

 冷や汗が頬を伝い、顎へと流れて落ちていく。


 彼が死んだという事実を脳が拒否している。


 だが、動き出した思考は止まらない。

 まさかと思って彼の遺体の隣を見れば、そこにはランド少年の母の遺体も安置されていた。


 足から力が抜け、かくんと折れて膝をつく。

 この世界での家族を喪った悲しみと彼らを殺した者への怒り、帰るべき場所を失った絶望、そして何故もっと帰ってこられなかったのかという後悔。


 混ざりあった感情達が汚泥となって心臓を飲み込んでいく。


 彼らの遺体の隣にあるだろう姿を想像して、もう目を動かす事すら出来なかった。



「知り合いですか」


 不意に、背後から声がかかる。

 はっとして振り返れば、白衣に身を包んだ男の医者の姿があった。何日もここで仕事をしていたからなのか、目の下にはくっきりと黒い隈が出来ている。


 彼に話し掛けられた事で意識を取り戻した僕は、もう一度遺体のあった方へと視線を戻した。


 確かにそこにはランド少年の父と母の遺体が並んでいる。

 だが、想像していた彼の遺体はどこにも無かった。


「そこの方々、まだ身元の確認が取れてないんですよね。知り合いでしたら名前だけでも確認できないかと思いまして」


 医者の男はそう言うとペンと書類を手に持って彼らの遺体へと視線を落とす。


「ランド君は、何処ですか」


「……はい?」


「ここで眠っている二人。オルド・クレスとシルディ・クレスの子、ランド・クレスは何処ですか」


「えっ、いや、子供……?」


 立ち上がり、医者の男へと顔を向ける。

 名前を聞いてペンを走らせようとしていた手の動きが止まり、その声色が強張った。


「村が襲撃にあったのはどれくらい前ですか」


「遺体の状態からして数日以内。まさか、子供が……!」


「彼らの遺体は何処で!」


「っ! ジェド、急いで来てくれ!」


 医者の男が誰かの名前を呼ぶ。

 するとテント内で作業をしていた兵士の一人がやって来た。先程僕に話し掛けてきたあの兵士だ。


「冒険者の方。彼、ジェドがこの二人を見つけた。ジェド、どうもこの二人には子供がいるらしい。冒険者の彼を二人の遺体を発見した場所まで連れて行ってくれ」


「承知した。冒険者の方、先程振りですな。私の名はジェド・グラント。すぐに発見した場所まで案内しましょう」





 ジェドの案内で瓦礫の山と化した村を歩く。

 途中で生存者が居ないか探していたウィニアさんに声をかけて合流。この村が故郷である可能性が確定した事と、イノリだった頃に世話になっていた家族の子供が生き残っている可能性があることを伝えた。


「そうだったのですか……その、ご家族の両親の事は残念でしたね。せめて男の子一人でも生きていてくれると良いんですが」


「可能性はある。とは言っても何日も過ぎてるんだ。正直、覚悟はしているよ」


「……セシルさん。必ず、見つけましょう」


 いるとしたら瓦礫の下。

 小さな子供の体力で過酷な環境に置かれて、問題なく生きていられる時間なんてたかが知れている。

 生きている望みは薄い。


 けれど、自身の目で確かめるまで希望を捨てるわけには行かないとも思っていた。ここまで付いてきてくれているウィニアさんも、この滅びた村でひたすらに人を探し続けている兵士達もきっとそれは同じだろう。


「ここです。もう片付けられていますが、ここにあった瓦礫の下で二人は息絶えていました」


 村の一角。一部は片付けられているが、未だにボロボロになった木片や石材、柱だったものが積まれている場所。

 家の前にあったはずの田んぼは水路が絶たれた事で干上がり、しかしこの頃続いた雨で草木の入り混じった泥濘ぬかるみになっている。


 ぱっと見ただけではわからないが、記憶の中にあった景色を当てはめればそれが間違いなくランド少年たちが住んでいた家のあった場所なのだと理解できた。


「あ」


 ふと、瓦礫の中からきらりと光るものを見つける。

 砕けたガラス片だ。


 風魔法を使って宙に浮かんで近付けば、それがかつて自分が妹と共に暮らしていた水槽の破片だと言うことに気付いた。


 慎重に周りの瓦礫をどかしていくと、水槽の残りの部分も現れた。砂利が敷き詰められていて、イノリだった自分たちがリラックスするようにと置かれていた石や木も残っていた。


「セシルさん、何か見つかりましたか?」


「あ、いや。手掛かりになりそうな物は見つけたんですが、居るはずの人がいなくて」


 ジェドさんと共に瓦礫をどかしていたウィニアさんから声がかかり、返事を返す。そうして再び壊れた水槽に視線を戻すが、やはり探していた姿はどこにもみつからない。


「イリスは何処に……」


 イノリがどれだけ弱い存在か、自分はそれをよく知っている。これだけの破壊活動を行える力を持った人間に襲われれば巻き添えだろうとひとたまりもない。


 逃げることなんて、もっと難しい話だ。

 自分があの時に魔物から逃げ切れたのも奇跡に近い。


 だからイリスは水槽の中でじっと隠れているだろうと思ったのだが、不思議なことに水槽の中にも周囲の瓦礫の下にも何処にも彼女の姿は存在しないのだ。


 奇妙に思ったその時だった。



―――………け………れか……!




 微かに。

 だが確かに声が聞こえた。


「……!セシルさん、今のは!」

「僕にも聞こえました。誰かがこの近くに居ます!」


 声はウィニアにも聞こえたようで、彼女も瓦礫の隙間を縫ってこちらへと歩いてくる。兵士の彼は生きている人間が残っていた事で、大きな声で外で作業していた他の王国兵達を集め始めた。


 がやがやと兵士たちが集まってきて家だった瓦礫をどかしていくその中心で、ウィニアと共に声の聞こえた場所を探して瓦礫の山を持ち上げる。


 ウィニアさんが細かな木片や石片、ガラス片を簡単な風の魔法で集めて外へと出していき、自分は大きな瓦礫を力に任せて無理矢理持ち上げる。


「さっきの声はどこに……」


 一度は確かに聞こえた声。しかしそれ以降まったく声は聞こえなくなり焦りがつのる。彼女も声の主に何か起きたのではないかと、声の元を探して焦ったような声を漏らした。


「ウィニアさん、僕の記憶が正しければこのあたりに地下室があるはずなんです。たぶん、声はそこから」


 記憶を頼りに瓦礫をどかす。

 集まってきてくれていた兵士たちのお陰で退かした瓦礫は外へと運ばれていくので、瓦礫の撤去はスムースに進んでいく。


 そして、倒れた大きな石壁をどかした時だった。

 不意に瓦礫があった場所の下から穴が

現れた。そこにあったはずの扉や壁は無くなっていたが、確かに地下室へと続く階段も。


「………ぁ」


「……!!」


 その階段の途中で寄り添うようにして二人は座り込んでいた。記憶の中の姿よりもかなり痩せてしまって弱っていたけれど、ランドとアンリがそこに居た。


 彼は突然降り注いできた光を眩しそうに見上げ、ぐったりとした様子の少女を小さな腕で抱き締める。


「……だれ?」


 ぼんやりとした様子で彼は呟く。


「僕は――」


 一瞬言葉に詰まった。

 僕はイノリだった頃、確かに彼に飼われていたけれど、今の僕の姿を見て当時のイノリだなんて理解できるわけがない。


 だから、自分がセシルであるという事はぐっと飲み込んで、二人を抱き上げる為に両手を広げて手を伸ばす。


「君たちを助けに来たんだ」


 まだ状況が飲み込めていないのか、光のない目をした彼がこくりと頷き――


「皆、伏せて!」


 ウィニアさんの叫び声が聞こえ、あたり一面が爆音と共に炎に包まれた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る