第21話




 遥か海上に見える何隻かの船。

 ジハードにはその何処にムジカがいるのか、既に見えていた。


 それはムジカにとっても同じ。


 戦いは両者の力のぶつけ合いから始まった。


「【武身転心デミス・グロリアス】」


 海上に強い魔力の高まりを感知したジハードは、自身の大槍に丁寧に魔法をかけ、そしてぐいっと切っ先をムジカへと向けたまま持ち上げると力の限りに投擲した。


 大槍は重力など存在していないかのように真っ直ぐ、光線のように海上を飛んでゆく。その勢いのあまりに、大槍が通過した真下の水面は円形に抉れたように変化した。


 ジハードが大槍を投擲したと時を同じくして、船からも紫色の光線がビリビリと大気を震わせながら放たれた。魔法すら使っていない。凄まじい量の魔力を収束させて射出した、純粋なエネルギー砲だ。


 魔力砲と大槍。

 両者の放った攻撃は海上でぶつかり合い、凄まじい閃光と爆発を引き起こした。


 発生した熱波はマギステアの軍が控えている港町まで届き、ガタガタと家々の窓や戸を震わせる。


「……まるで災害が命を持ったみたいだ」


 港町の高い建物を物見やぐらにして、戦況を見守っていたマギステアの兵の一人からそんな言葉が漏れた。


 両者共に人類最高峰の力の持ち主。

 魔法も、肉体も、普通の人間のそれを遥かに上回る。


 全力でその力を振るえば、災害すら引き起こす。



「ちぃっ、流石に一撃でぶち抜くのは無理か。後方で温存させていたゴーレム兵を出せ!聖騎士隊、魔術師隊、弓兵隊、砲撃隊は引き続き聖獣擬きを抑え込め!ヘカトンケイル隊は俺がからついて来い!」


 ジハードはそう言うと、先程かけていた魔法で投げた大槍を爆発の中心部から自身の手元まで引き戻し、両手で地面にズンと突き立てた。


 次の瞬間、港の前の海が「ゴゴゴゴ……」という低く響くような音とともに浅くなっていき、せり上がってきた大地が顔を覗かせた。


 泳いで来ていた聖獣擬き達は突然の環境の変化にせり上がってきた大地の上でのたうち回り、大砲やヘカトンケイルによる熱戦によって次々と討ち取られていく。


「行くぞ、連中にマギステアの土地を踏ませるな!」


 概念魔法。

 それは魔法の極地にして、範囲の制限こそあるものの様々な事象の概念に干渉しうる究極の魔法。ジハードもその使い手の一人だ。


 彼が扱う事の出来る概念魔法は『大地』。

 本来はごく狭い範囲の地形や地質を変化させる程度しか出来ず、概念魔法の中では特別優れているものではない。

 しかし、彼をマギステアの第三聖天たらしめたのは、その異常とも言える概念魔法の効果範囲だった。


「進め!人を殺すために人であることを捨てた怪物共を駆逐しろ!」


 キーンと空気を割く高い音を立てながら何百もの黒色の機械の兵隊達が青い空を埋めるように飛んでゆく。後方で待機させていたゴーレム兵達が船を直接攻撃するために飛び立って行ったのだ。


 それに続くように、港からへと足を進めるジハード、そして黒鉄の巨人たち。


 ジハードの『大地』の概念魔法は誇張なしに天変地異すら引き起こすことが出来る。海を大地に創り変え、地割れを引き起こし、砂嵐を産み出し、時には火山すらも創り出す。


 イヴリースの船に乗船している魔術師達とマギステアのゴーレム兵による撃ち合いが始まる中、ジハードの歩む先の海はゴポゴポと激しく泡立ちながら浅くなっていき、隆起した岩が顔を覗かせる。


 群れを成して襲ってきていた聖獣擬き達も、ヘカトンケイル達の熱線に撃ち抜かれたり、突如として噴出してきたマグマに溶かされて次第にその勢いを落としていった。


 形勢は今のところマギステアが優位に立っている。

 イヴリースの切り札だったのだろう、兵士を龍脈の力にあてさせて作った『聖獣擬き』達による怪物の軍隊。

 一体一体が凶暴な大型のドラゴン級の能力を持つ、暴力の権化とも言える軍隊。並の兵士を相手にするのであれば、たとえ兵士が何万といようと余裕で蹴散らすことが出来たはずだ。


 だが、実際に相手にしているのはたった一人で天変地異を起こすことが出来る男と、大型のドラゴンを相手に長時間戦い続けることを想定して作られた巨大兵器の群れ。


 聖獣擬きへと変化したことで著しく知能が低下した状態で、統率の取れた同格、もしくはそれ以上の相手をすればどうなるか。結果が今海に浮かんでいる沢山の聖獣擬きの死骸だ。


 だが―――


「ムジカ……何を考えている? これだけ切り札を倒されているのにまるで引く気配がない……」


 ジハードは大量のゴーレム兵に群がられているイヴリースの船をじっと見つめながら呟いた。


 海中から浮かび上がってきた4隻の船。

 その全てにマギステアのゴーレム兵が襲いかかり、イヴリースの魔術師や戦士を蜂の巣にしたり、船に乗り込んで剣士と切り結んでいる。


 しかし、それでもまだ船の航行機能を完全に奪うほどの損傷にはなっていない。今ならばまだ退却しようと思えば彼らには可能なはず。


 だというのに船は止まることも速度を落とすこともなく、真っ直ぐにこちらへと向かって直進してきている。まるでジハードとヘカトンケイル達を切り抜けて、侵攻を続けられるだけの余力を残すことが出来る方法があるとでも言うように。


「もう一度、デカいのを当てて反応を見るか」


 直接のダメージが目的ではない、相手の出方をうかがうための牽制の一撃。


 先程と同じように大槍に魔法をかけ、切っ先で狙いを定めつつ片腕でぐいっと持ち上げる。


 そして、ジハードの強靭な肩によって投げられた大槍は光線の如く、残像を残しながらイヴリースの船めがけて一直線に飛んだ、が。


――――キィィィン!


「なっ!??」


 その勢いのまま船を粉砕するかと思われた大槍は、突如として現れた巨大な氷壁によって氷漬けにされ、まるで時が止まったかのように不安定な状態のまま釘付けにされていた。


 ヘカトンケイルの熱線が唐突に現れたその氷壁を溶かそうと幾重にも放たれるが、滝のように霜を吹き出し続ける氷壁の表面をわずかに削り取った程度に留められてしまう。

 それどころか削り取った氷壁も、木々が傷ついた表皮を修復するようにじわりと膨らんで、元のような形へと数秒かからずに戻ってしまった。


「これ、は……!」


 水面みなもがパキパキという音とともに凍りつき、ひたひたと伝うようにジハードが創った大地の上を歩んでいたヘカトンケイル達の装甲に氷の膜を作っていく。


 いつしか空は灰色の雲に覆われ、季節外れの雪まで降り始めている。


 ジハードは戦場の環境を一変させた何かに対抗するべく自身の概念魔法を全力で使い、激しい熱波と砂嵐を発生させたが、みるみるうちに吹雪へと変化した雪に押し負けて砂嵐はかき消され、一面の銀世界へと塗り替えられてしまう。


 ここまで来れば、大氷壁を作り出し吹雪を引き起こしたものの正体が人間ではない事は想像がついた。圧倒的に地力が違うのだ。


「切り札……本命はまだ隠してたのか!」


 大氷壁の向こう、黄色く光る巨大な双眸がじっとこちらを見つめていた。


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