第8話
「いやあ、まさか龍神様が人に変身するとは」
「ええ、まあ、はい……」
「ちょっとお、そんな落ち込まないで下さいよ。龍神様にも失敗はあるって、村の者たちは今回の話で結構親近感も湧いてきて、また人気が上がってますよ」
「僕の知らないところで、なんか起きてる……」
不用意に人の姿を晒した僕。
大事な所をぶらぶらとさせてしまったせいでウィニアさんと顔が合わせられなくなり、メルゥちゃんによって村に応援が呼ばれた。
そうして村の男のエルフの何人かが着替えを用意してくれたのだが、やはりまだ恥ずかしい上に罪悪感がすごい。
僕は何をやっているのだ、と。
いや、变化魔法に成功した事自体はとても嬉しいのだが。
「まあまあ、大事な所を見られたぐらいでそんな落ち込まないで」
「いや、本当、見苦しいものを見せてしまった罪悪感で」
「見苦しいって、龍神様、ドラゴンの時は普通に裸だったじゃないですか」
エルフの男に手伝われながら、着替えを進める。
着替えを手伝っていたエルフのその男は、不意に何を思ったのか僕の下半身を覗き込んだ。
「…………でっか」
「やめてください……ホント」
男性同士でもセクハラは成立するのである。
この世界にセクハラという概念が存在するかは置いておいて。
「おはようございます龍神様。昨晩は休めましたかな?」
「ええ、お陰様で。今朝は騒がせてしまいすみません」
「いえいえ。しかし、今代の龍神様は人の姿を取ることも出来るのですなあ」
この村の人々が着ている服と同じものに着替え終わってから、僕はウィニアとメルゥの姉妹と共に長老の元を訪れた。
相変わらず、ウィニアさんは顔を赤くして目を合わせてくれないが、自業自得だ。
僕が人の姿に変身した事について、長老は何か言うかと思っていたが、案外すんなりと受け入れられてこちらが逆に驚く。
「ちょっと、普通の人間とは違う部分もあるようですけどね」
「見た目で言えば我らエルフによく似ているのですが」
あのあと、自分の今の姿をじっくりと観察してみた。
大体は、前世の自分の姿とそっくりだ。
男の割には長い黒髪をしていて、細身な身体つきをしている。
前世と違うのは三つ。
ドラゴンになっていた影響か、細身だが筋肉はしっかりとついている事と、耳がエルフ達と同じように細く尖っている事。そして、ドラゴンの姿に引っ張られてか、肌が褐色気味になっていた事。
前世の姿に寄ったはいいが、今の自分の要素もいくらか混じってしまったと言うことだろうか。
だが、こうして人の姿を取れたことで、变化魔法はおおかたマスターした。
結局、最後の最後は感覚論だったと言うことである。
「エルフに似ていると言うのであれば、人の街を訪れるときはエルフで通せば良いという事にもなりますね」
「ははは、確かにその通りですな。それにしても、すっかり元気になったようで何よりです。やはり龍神様の神殿だった事が良かったのでしょうか」
「ええ、身体もすっかり良くなったので、今日にもフランクラッドへと出発しようと考えています」
さて、身体の方ではあるが、僅かに龍脈のものと似た魔力が漂っていたあの空間は今の僕の身体には心地良く、薬の力とあわさって残っていた傷をものの一晩で完璧に癒やし尽くしてしまった。
ドラゴンと人の身体とを自由に変化させられるようにもなった為に、旅でも人前に出られなくて困るということはまず無いだろう。
旅に出る準備は完全に整ったわけだ。
「そうですか……昨日の今日ですが、寂しくなりますな」
「落ち着いたら、また来ますよ」
「それは嬉しい事を言ってくださる。しかし、出発すると言うのであれば話していた案内できる者を付けなければなりませんな」
長老はそう言うと、僕の背後へと視線を向けた。
背後に居るのは、あの姉妹である。
旅についてこられるような歳の者と言えば、長老が話しかけようとしているのは誰だか、明白だった。
「ウィニア、大丈夫かのう?」
「だ、大丈夫……です」
顔を真っ赤にしてそう答えるウィニアだが、まったく大丈夫そうには見えない。
きっとあの一件が尾を引いている。
そりゃあ、会ったばかりなのに裸を見てしまった異性となんて気不味くて一緒になんて居られるわけがない。
「あの、僕一人でも大丈夫ですから……」
「い、いえ……その、私は気にしてませんから!」
「う゛っ」
顔を真っ赤にして叫ぶ彼女。
その言葉を聞いて、きゅっと胸が詰まった。
こういう場面での「気にしていない」は、「本当は気にしてるけど今回は一先ず黙っておいてやる」という意志の裏返しである。
彼女はそうではないかもしれないけれど。
なぜ自分は全裸で大喜びしていたのだと、またしても後悔した。
「はは……まあ、ウィニアが良いなら大丈夫でしょうな。龍神様、フランクラッドまでの片道だけですが、どうぞウィニアを宜しくお願いします」
長老はそう言って笑ったが、僕はこれからの旅が大変不安だった。
「では行きましょうか、龍神様」
『あ……うん、行こうか』
ウィニアさんの準備が済み、僕と彼女は村の港までやってきていた。
港にはウィニアさんの妹のメルゥちゃんを始めとして、たくさんの村の人々が、僕とウィニアさんの出発を見送る為に集まっている。
僕はと言うと、ウィニアさんを乗せて飛ぶためにドラゴンの姿へと戻り、彼女が乗りやすいように背中の左右の羽の間に鞍をつけた。
僕では行き先がよくわからない海の上を、彼女に案内してもらいながらフランクラッドを目指すのだ。
『ウィニアさんは、急に僕についてくる事になっちゃったけど……大丈夫?』
「大丈夫ですよ。実は半年ぐらいフランクラッドで冒険者として働いてたりしたんです。だから、久々に向こうに行くのは楽しみですよ。それに、龍神様と旅をするなんて機会、他には無いですよ」
『……外に出てた事があるのって、もしかしてウィニアさんだけなんです?』
「ん、そうですよ。私達の村、こんな場所にあることもあって外界からは隔絶してて。あんまり村から出たいって人もいないですし、私が出られたのもずうっと遠くまで飛べるパートナーがいたので」
彼女が僕の身体をよじ登り、背中に装着した鞍にまたがる。
手綱は必要ない。
言葉で全て通じあえるから。
「じゃあ、行ってくるねみんな!」
元気よく彼女が叫ぶと、村人達からわあっと歓声があがった。
ちらりと振り返れば、メルゥちゃんもパートナーのイノリを肩に乗せてこちらに手を振っている。
「行きましょう、龍神様」
『うん、行くよ!』
エルフの村人達の歓声を背に受けながら、僕は力強く羽ばたいて一気に大空へと舞い上がった。
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