第20話




◆◆◆◆


 オラクルの街の戦いは、一匹のドラゴンと二匹の獣によるブレスの撃ち合いによって集結した。


 3つのブレスが重なり合った瞬間、オラクルの街は激しい光と轟音に包まれ、そして気が付いた時には3匹の魔物は全て居なくなっていたのだ。

 唯一見つかったのは、アルヴィが変化した異形の魔物の死骸だけ。


 それを見て、人々は3匹の魔物が全て死んだと思っていた。

 束の間の平和が、オラクルの街を包み込んでいた。







「私に、話だと?」

「そうだ。身勝手な事だが、貴女には全て話す必要が出てきた」


 獣人族の少女セレスをつれた女冒険者ニニィのもとを、一人の騎士が訪れた。彼の名はオルキス・トラヴァース。マギステア聖国が誇る六大聖天の一人である。


 彼はニニィを見つけるなり、話がしたいと頭を下げたのだ。


「それは……英雄セシルの話と関係があるものだな?」

「話が早くて助かる。だが、それだけでは無い。現在の世界の均衡を崩しかねない重要な話なのだ」


「せれす、このひと、きらい。かみさま、ころそとした」

「……そうだねえ。でも、話は聞くべきかもしれない」


 ごねるセレスの頭を撫でながら、彼女はそう言ってオルキスに目を向ける。


「私達からセシルを奪ったこと、許すつもりはないよ」

「それは理解している。全てが終われば私を殺してくれても良い。だが、それは本当に、全てが解決した後でだ」

「フン……話は聞こう。他に聞かれたくも無いだろう? 何処で話そうか」






◆◆◆◆◆◆



 オラクルの街から遥か遠く。東の海、央海。

 その広大な海に浮かぶ島の一つに、二匹の魔物は倒れていた。


『いきて、ますか…………』

『……………』


 一匹は溟渤龍イドラ・ヴァーグ。

 そしてもう一匹は、聖獣マアト。


 浜辺に転がる二匹の魔物の身体は砂でまみれ、その美しい鱗も、羽もボロ雑巾のように汚くなってしまっている。二匹の息も絶え絶えで、特に聖獣マアトは【奇跡】の効果も限界に近付いていた事でくっきりと死の気配を漂わせていた。


『……アルト、さん……身体が』

『…………自業、自得だ』


 アルヴィが変化した聖獣もどきのブレスは凄まじい威力だった。セシルとアルトの二匹のブレスを合わせても、拮抗するのが限界だったほど。

 だが、3つのブレスによって起きた爆発は凄まじく、聖獣もどきの上半身を吹き飛ばし、そしてセシルとアルトの二匹も……。


 本人にもそうした理由はわからない。咄嗟にセシルを庇ったアルトは全身に甚大なダメージを受け、そして爆発によって央海まで飛ばされてきてしまったのだ。

 飛ばされてきた二匹は海を流れ、その間セシルは休むことなく懸命にアルトを守り続けてきた。そうして辿り着いたこの島だったが、既に二匹とも虫の息。どちらの命も、尽き果てようとしていた。


『僕を、殺す気だったのに』

『お前こそ、俺を守り続ける理由も、無かっただろう』

『守ってくれた、から』

『……偶々、俺に当たっただけだ』


 二人の間には、奇妙な友情が産まれていた。

 殺し合いの戦いをしていた二匹が、聖獣もどきを相手に自然と共闘するような流れになったからかもしれない。

 だがアルトの変身には時間制限がある。その時間が尽きれば、アルトは死を迎えるのだ。二人の間に芽生えつつあった友情も、儚く散ってしまう事だろう。


『………なあ、龍神。気に、なっていたんだ。なぜ、お前は平和を求める。俺の知る龍神は……破壊こそ、全てだった』

『それは……』


 セシルは言い淀んだ。

 言って良いことか、判断をつけることが難しかったからだ。だが、少ししてまた話し始めた。


『前世の記憶があって、僕が、人間だったって、言ったら……信じてくれますか』

『……今は、信じるさ』

『なら、全部、話します。思い出したのは、つい最近ですけど』


 そうして、セシルは前世の事を話し始めた。


 自分の住んでいた世界には魔法が存在せず、かわりに科学技術や機械技術が発展していたこと。そんな世界で、自分は必死にその日を生きていた小市民だったこと。小さい頃に父親を喪い、大人になって就職してすぐに母親も喪ったこと。


 ある日、世界中を巻き込んだ戦争が起きたこと。


『最初は、小さな小競り合いだったんです。……土地の所有権を巡っての、民族間の争いでした。人が、人を殺して、憎しみだけが、つのって……もっと強い兵器をと、遂に大量虐殺が、始まりました』

『…………』

『それからは、酷いものです。武器を売って、稼ごうという国が、出てきたり……戦争に便乗して、他国の領土を、奪おうとする国が出てきたり……世界は、もう、滅茶苦茶で……ある日、戦争を止めようとしていた僕たちの国も、攻撃を受けたんです』


 あの記憶で見た小さな飛行機。

 あれは、爆弾を搭載した爆撃機だった。


 それも、ただの爆弾じゃない。

 街一つ、簡単にまっさらにしてしまうほどの、地獄から這い出してきたような兵器。


『僕は、それに巻き込まれて死にました』

『…………』

『死ぬのは、一瞬でした。ぜんぶ、消えてなくなったんですから。……気が付いた時には、僕は魔物になっていて、人だった頃の記憶は、ほとんど欠落していて……』

『……だから、戦いたく、なかったわけだ』

『戦いは、新しい戦いしか、産まない……』


 アルトを殺そうとしなかったのも、そんなセシルのエゴだ。

 会話が出来るなら、それで解決できることがあるはずだと。同じ人間でも会話にすらならない人々がいる中で、自分の言葉にちゃんと返答してくれた彼なら、きっとわかりあえるはずだと。


『……わからないな。俺には、戦う以外の、選択肢がなかった』

『………』

『俺も、話そう………なぜ俺たちが、亜人を殺すのか』


 アルトは最期の命を振り絞り、ぐったりと閉じかけていた目を開く。死ぬ前に伝えなければならないと、付きかけていた命の灯火を煌々と燃やす。


『マギステアの大地には………龍脈という、魔力の、塊が流れている。それには、亜人を、聖獣もどきへと、変えてしまう力が、あるのだ』

『……まさか、彼の、姿は』

『そう、だ。あれが、龍脈の力。俺たちが、マギステアに入ってきた、亜人を、殺すのは……それを、秘匿する、ためだ』

『どうして……そんな、そこまでする、こと――』

『ある、とも。マギステアの、土地が手に入れば、亜人を簡単に、兵器にできる。使い道なら、いくらでも、ある。それに、亜人が、全員化け物になる可能性を、持っていると知られれば、彼らの立場は、危うくなる』


 聖堂騎士団がマギステアに入ってきた亜人を殺す理由。

 それは、龍脈による亜人の聖獣もどき化の情報を隠し、亜人の兵器利用を防ぐためであり、亜人への差別感情を産ませないようにするため。


 マギステア聖国で亜人差別が根強いのは、聖堂騎士団の行いを咎められないようにするためであり、全てを知った者はその地獄に耐えながら殺しを続けている、と。


『だから、自業自得だと、言ったのだ……』

『わからない、よ……だからって、殺すことまで』

『わからなくて、いい。考えなんて、人、それぞれなのだろう。受け入れる必要は、ない。ただ、理解して、くれれば………』


 ふと、アルトは言葉を切り、そして静かになった。


 夜の波打ち際では寄せて返す波音だけがやけにうるさく響き、そして月の光が二匹の魔物を照らす。


『………アルト、さん?』

『…………』


 話し掛けても、返事はない。


 セシルの見ている前で、アルトの身体から小さなブローチがころりと砂浜に転がった。


 アルトの命は、完全に尽きたのだ。



『…………あると、さん』


 やっと、話し合えると思ったのに。

 敵ではなくなれると、思ったのに。


『寂しいよ……ニニィ、セレス……イリス』


 一匹だけ、生き残ってしまったドラゴンは、星空を見上げて涙を流した。




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