第16話




◆◆◆◆◆◆



 目が覚めた時、何故か身体が大きくなっていた。

 気を失っていた間、奇妙な夢を見ていたような気がする。


 誰かの記憶と、過去の記憶。


『……ニニィ?』


 ぼんやりと、未だ定まらぬ意識のまま、視線を落として彼女と顔をあわせた。


「セシル……?」


 彼女もまた、呆けた表情でこちらを見上げていた。


『ニニィ、あの子が僕を呼んでるんだ』

「は、はは……それなら、頼んだよ。私もすぐにこちらを片付けて、追い付こう」

『うん、行ってくる』


 身体から湧き上がる力が今までの比ではない。

 飛び立つ為に大きく羽を広げれば、壊れた建物の壁が羽に覆われて建物内が薄暗くなる。


「……駄目だ、巫女を取られるわけには……逃さない!」


 彼もまた咄嗟の判断だったのだろう。先程までニニィと切り結んでいた獣人族の忍者の男が、全速力で駆けながら刀を構えた。


 速い。だが、先程までとは違い彼の動きが見えている。

 対処するのは簡単だった。


「オオォ……オオオヲヲオヲォォオォヲヲォォ!」

「ぬぅ!?ぎい、あがあっ!」


 頭を男の方に向け、ガパリと口を大きく開いて圧縮した水流を発射する。凄まじい勢いで吐き出された水流は彼の身体を押し戻し、そして握っていた刀を水圧のみでへし折った。


 咄嗟の判断ゆえ、技を使わなかったが為に激しい水流に耐えきれず、吹き飛ばされる獣人族の男。フロアに設置されていた椅子やテーブルを巻き込みながら吹っ飛んでいった彼だが、柱の一つに激突して止まる。

 彼は武器を破壊されたものの、少しぐったりとした様子ですぐに立ち上がり、魔法を唱えて簡易的な刀をその場で生成した。さすがにニニィと一対一で渡り合うだけの事はある。だが、そんな相手にすら有効な攻撃を行えるようになったこの身体が少し恐ろしく感じた。


「『飛翔連斬』!」

『わっ、何だ!?』


 突如として凝縮されたエネルギーの刃が十数ほど飛来した。咄嗟にその方向へと腕を叩きつけながら氷の波を創り出して防御するが、全てを防ぎ切る事は出来ずに3つほどの刃を受けてしまい、体表に僅かに傷が出来て鮮血が散った。


「なに、私の攻撃が通じぬだと……!?」


 声がした方を見れば、黒い鎧を纏った見知らぬ騎士と、以前に一度戦った騎士がいた。あの騎士はともかく、今エネルギーの刃を放ってきた騎士の方はヤバい。今の攻撃はともかく、彼が全力を出してきたら自分もただで済むかわからない。


『あの騎士は……【個体検査ルオーラ】』




オルキス・トラヴァース 34歳 ♂

 種族:人間

 体長:188

 状態:健康

 生命力 26000

 魔力 17006

 筋力 4523

 防御 4800

 速度 3154

 魔術 12360

 技能:身体強化、個体検査、炎魔法系統合、風魔法系統合、土魔法系統合、光魔法系統合、魔剣、図鑑魔法



『やっぱり、強い……!』


 おそらくは話に聞いていた六大聖天という騎士の一人のなのだろう。底の見えない強さを見せてきたニニィに迫る力を持っている事が、【個体検査】の魔法によって明らかとなり、緊張からか身体がぶるりと僅かに震えた。


「オルキス殿、私が!」

「そうか、お前の事は忘れないぞギーソン」

「有難き幸せで御座います」


 更に、以前戦ったあの騎士も妙な様子。

 彼はおもむろに懐からブローチを取り出して、空へと向けて掲げた。


「賢者マギよ、今ひととき、この命全てを糧に闇を打ち払う力を与え給え!」


 そして、彼が叫んだ瞬間にブローチは真っ赤な血のような光を放ち始めた。


「まさか、あれを引っ張り出してきたのか……!? セシル、行け!急いでセレスを助けてくれ!」


 なにかに気づいたニニィが叫ぶ。

 それと同時に僕は羽を羽ばたかせて舞い上がった。羽を羽ばたかせる度に凄まじい風が起こり、周囲のものを吹き飛ばしていく。


 そのままの勢いで空高くまで急上昇し、そして見つけた。


『あれは……何だ?』


 北に見える森に、無数の光の槍が見えた。それは次々に森へと降り注ぎ、またたく間に白い森を赤茶けた焦土へと変えていく。


 そこにセレスの気配を感じた。


『あの男は、何をしている』


 何かに利用するために彼女を攫ったのだろうが、何か起きたのか彼女を危険に晒している。それが無性に腹立たしく、ふつふつと怒りが胸の奥で燃え上がった。


 全身を包む藍色の鱗が、玉虫色に変色するスピードが速くなる。感情の高まりに呼応して、見た目にも変化が現れているのだ。


「オオォヲヲォロロロォォオオァァアア゛アァ゛アァァ!」


 おおよそ生物のものとは思えない奇妙な咆哮が街に響き渡る。

 僕はセレスを救うべく、森へと一直線に飛んでいった。






◆◆◆◆




「ハハハ、ハ……中々やるなあ」

「何故まだ生きている……」


 アルヴィの額を汗が伝う。

 第五聖天ボリス・ディアントへと向けて放った魔法【貫く流星の雨ステラ・テウルギア】は一帯をまとめて焦土へと変えた。だと言うのに、ボリス・ディアントは全身に数多のかすり傷や切り傷を作りながらも、まだその二本の足でしっかりと地に立っていた。


「今のは凄かったぞ。あれほどの魔法、中々お目にかかれない」

「どうやって避けた?貴様が回避する余裕など、私は与えなかったはずだ」

「そんなもの簡単だ。できる限りで斬り落とせば良し!師にもそう教わったからな」

「チッ、脳筋が。私の最も嫌いな部類の人間だ」

「そりゃあ悪かったな。だが、ちょっとまずいことになった」

「……なに?」


 ボリスの顔に焦りが見えた。

 その視線はアルヴィの背後の空へと向いていた。


 はっとして、戦闘中だというのにアルヴィが振り返ると、街の方から巨大な影がこちらへと迫ってきていた。

 玉虫色の輝きと、青く不気味な蛍光色の輝きを放つその影は、大気を震わせる咆哮をあげながら、確かに真っ直ぐとこちらを見据えていた。


「る……【個体検査ルオーラ】」


 恐る恐る、その呪文を唱えたアルヴィの脳内に、恐ろしい情報が流れ込んでくる。



セシル 4ヶ月 ♂

 種族:溟渤龍イドラ・ヴァーグ

 体長:2700

 状態:健康

 生命力 550000

 魔力 35600

 筋力 15506

 防御 9900

 速度 8365

 魔術 33360

 技能:身体強化、個体検査、炎魔法系統合、水魔法系統合、風魔法系統合、闇魔法系統合、毒液



 あまりにも圧倒的過ぎる、能力値の暴力。

 アルヴィは信じられなかった。龍神の紛い物が、こんな力を手に入れることなど不可能なはず。

 小さく弱い【水竜イリノア】からの、急激な異常成長。確かにイノリ系統の魔物の進化としては正しいが、あの系統の魔物はそもそも進化する事自体がほとんど無い。明らかに外部から力を吸収して進化している。考えられる理由は、すぐそばに見つかった。


「りゅうの、巫女………何をした、貴様ぁぁっ!」


 アルヴィは怒り狂っていた。

 本来であれば龍神の巫女を拐ってすぐにイヴリースに帰還するはずだったというのに、六大聖天の一人による襲撃を受け、そして今度は恐ろしく強いドラゴンに追撃されている。


「ひっ……!」

「なにか、したのだろう!お前が!」

「せれす、なにもしてない!……たすけてって、おねがいして」

「そんな、事で……? 嘘だ、馬鹿な」


 アルヴィは恐怖から後ずさる。

 彼の後方では、第五聖天のボリスも苦笑いしながらこの場を離脱しようとしていた。


「ムジカ様は確かに、あれは紛い物だと。ブラフの為の偽物を創り出したと。だが、巫女が助けを呼んだだけで、こんな怪物になるドラゴンが他にいるか……? は、はは、あれこそがそのものではないか」


 思わず乾いた笑いが口から漏れる。

 そんな彼を嘲笑うかのように、巨大なドラゴンは気味の悪い鳴き声をあげながら、ゆったりとした動きで龍神の巫女を閉じ込めていた檻のそばに舞い降りる。


「かみさま……!」


 ドラゴンを見上げて龍神の巫女はそう呟いた。


 玉虫色輝きを放つドラゴンはその大きな口を器用に使い、少女が傷つかないように優しく檻を壊し、少女を救い出す。


「だ、駄目だ、私では、あいつを倒すことは」


「参ったな……こんな化け物に出張られては戦いようが無いではないか。しかし、邪なる龍神か。確かに不気味だが、そうは見えんなあ」


 冷や汗を流しながら、ボリスは一連の出来事を見守っていた。


 拐われた少女を助けに現れたドラゴン。

 ドラゴンを慕う獣人族の少女。

 檻から救い出された彼女がドラゴンの足に抱き着く光景は、まるで一枚の絵画のようでもあった。



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