第15話





◆◆◆◆◆◆◆


―――この記憶は、誰のものだろう


 意識の暗闇の中を揺蕩っていた僕の頭に、奇妙なビジョンが流れ込んでくる。


 平和に人々が暮らしていた街の遥か頭上に、突如として穴が空いた。そして、その穴から溢れ出す不気味な生き物の群れ。

 青髪のシスターの少女と銀髪の魔導師を連れた黒髪の男が、光り輝く剣を握り締めてそれを見上げていた。



―――これは、僕の記憶?


 場面は切り替わり、鏡に映るのは、顔色の悪い男。

 長い黒髪を一纏めにして、真っ黒なスーツに身を包んでいた。

 写真に手を合わせ、家を出たところでふと空を見上げた。


 見たことのない小さな飛行機が、空を飛んでいた。



『たすけて、せしる!』


―――セレス?……今、助けに。


 一瞬だけセレスの声が聞こえて、しかしすぐに記憶の波間に消えてゆく。



 次の瞬間には、真っ黒に染まった空と破壊され尽くした街だったものが現れた。雷や流星群が降り注ぐ廃墟の街で、三つ首のドラゴンと黒髪の男、白く神々しいドラゴンに似た獣が激しい争いを繰り広げている。

 先程、黒髪の男と共にいた魔導師の男が、瓦礫の上で膝をつき戦いを見守っていた。



―――もしかして……あなたが、英雄セシル?


 ちらりと、黒髪の彼がこちらに視線を向けたような気がした。

 見覚えのある顔。だけど、それは前世の自分の顔ではない。貴方は、誰だ?



 次の瞬間、場面は写真に手を合わせて家を出た所まで巻き戻る。カッと眩しい光が視界の全てを塞ぎ、身体が一瞬で蒸発した。痛みすらも感じる前に、命だったもの全てが消え失せる。



 最後のこれは、の記憶だ。




◆◆◆◆◆◆



「全隊進めーーっ!」


 セレシアが剣を高く掲げて叫ぶ。

 彼女の声をその背に受けて、聖堂騎士団の騎士たちはオラクルの飛空艇港へと雪崩込んだ。


 飛空艇港の搭乗口エリアで起きた戦闘により、既に混乱していた飛空艇港の建物内は、聖堂騎士団の突入によって更なる混乱を起こした。

 怒号と叫び声、子供の泣く声とで飛空艇港は滅茶苦茶になり、スタッフ達による混乱の収集も追い付かない。


 だが、一人の男により混乱は一瞬にして収束した。


「静まれぃっ!」


 漆黒の鎧を身に纏った騎士、オルキス・トラヴァースが歩みを進めながら力強く声を上げた。混乱していた人々は、彼の全身から放たれた威圧感オーラにあてられて、かえって落ち着きを取り戻す。


「セレシア殿、急かせる必要はない」

「し、しかし……上階で戦闘が起きているとの報告もあり」

「ニニィ・エレオノーラは無駄な戦いはしない。彼女が本当に戦っていると言うのなら、我々も警戒すべきだ」

「邪なる龍神が、目覚めた可能性は……」

「あれが目覚めたならとうにこの街は消えている。あれはそういうものだ」

「そうでしたか……申し訳ありませんオルキス様。全隊、二手に別れて進め。ニニィと水竜を見つけても攻撃はするな。距離を取って様子を伺うまでに留めるように」


 セレシアが再度命令をすると、騎士達は二手に別れてぞろぞろと建物の奥へと進んでいく。

 搭乗口の方面からは激しい戦闘音が響いてくる。おそらくは魔法による爆発音や、ガラスの割れる音に、甲高い金属音。


「準備は出来ているな、ギーソン殿」

「勿論です。命を捨てる覚悟は出来ています」


 オルキスが隣を歩く一人の騎士にそう話し掛けると、彼はブローチを静かに握り締める。そのブローチでは、虹色の宝石が妖しい輝きを放っていた。


 そうしてオルキス達も搭乗口へと向かおうとした、その時だった。


 大地が、揺れる。

 建物が軋み、罅割れた天井から建材の破片がボロボロと崩れ落ちてくる。

 窓の外に見えた景色からは、上階から凄まじい光が発せられているのが見えた。


「これは……しまった!全隊、戻れ!近付けば死ぬぞ!」

「早い判断で結構だセレシア殿!ゆくぞギーソン殿、目覚めた龍神を仕留めに!」

「はっ!」


 先行していた騎士達が、オルキスとギーソンが通れるように道を開けていく。


 飛空艇の搭乗口エリアに辿り着いたオルキスとギーソンが見たのは、呆然と立ち尽くすニニィ・エレオノーラと獣人族の男。そして――



「オオォ……ポポポ、ヲヲオオォォォォォオ!!」



 腹の奥に響くような不気味な咆哮が響く。

 眩しく光る魔力の渦から現れた、巨大なドラゴン。


 藍色の鱗は波打つように玉虫色に輝き、青い瞳は蛍光色の光りを放つ。頭部からは左右に向けて一本ずつ平たく大きな角が生えており、背から生えた翼は分厚く、空を飛ぶ為の機能を有しながらも泳ぎにも最適化されている。4本の脚はそれぞれが丸太のように太く、全体的に少しずんぐりとした印象を与えた。


「なんだ、このドラゴンは」


 ギーソンの口からそんな言葉が漏れる。

 それもそのはず。これはドラゴンとしてもかなり特異な姿をしているものであり、また希少さゆえにその存在を知っているものも少ない。


「『溟渤龍イドラ・ヴァーグ』……」


 奇妙な神々しさを纏ったそのドラゴンを見上げ、オルキスはぽつりとその名を呟いていた。



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